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あやし

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 鬱陶しかった森を疲れた足取りで抜け、光眩しい平原に戻った時には日が沈みかけていた。




 一応の備えとして三人は地下室に隠れさせていて、チビをボディーガードとして置いてきたのだ。

 見れば、家の外には何体かの消し炭になった蜘蛛達の亡骸が其処彼処に転がっている。ボディガードは仕事を見事に冠水した模様で、辺りは静かさだけがのっそりと徘徊していた。




「ギィ!! 」




 家の向こう側にいたドラゴンの子供が自分の持ち得る力を存分に発揮していたようで、一際大きな蜘蛛の足を食べながら尻尾を振っている。




 小さくても王者の血族、自己よりも大きな動物ですら容易く葬り捕食対象として見ているのだ。




「エレナ達は中にいるのか? 」




 何も言わずに、見てくれと尻尾を振る強さを強めながら倒した首級を見せつけてくる。仕方がないので頭を軽く撫でて褒めると、体をゾワリと震わせて喜び舞い踊っている。




 チビは一時的に気が済むと、今度は服の裾を噛んで店内へと案内し、厨房にある隠し扉の前でチョコンとお座りをする。何を言いたいのかは分かった。チビは言いつけ通りにここを守り抜いた事を労って欲しいのだ。




「はいはい、また遊んでやるよ」

「ギィ!! 」

「本当に従順なんだな、そのドラゴン」

「従順って言うよりは、ただ構ってもらいたくて頑張るんだよコイツは」

「俺様もついぞこれまで見た事は無かったが、隊長曰く、ドラゴンは理知的だがとても縄張り意識が強くて、同族でも同じグループでなければ攻撃するんだって聞いたんだけどな……それにしては人懐っこいし」

「チビは生まれた時に初めて見たのが生き物がエレナで、それからすっかりエレナの事を母親だと思い込んでいるんだ」

「刷り込みというものですね、ある種の生き物は最初に見た生き物を親だと認識して愛情を振り撒きます。鳥の雛等が取り分けて顕著です」

「さっすがチノちゃん! 俺様よりも博識だぜ!! 」

「別に……こんなの常識ですよ、常識」




 とか言いながら満更でもないらしく、褒められた事でえっへんと胸を張りそうで、でも少し気恥ずかしいみたいな反応が見て取れた。




 不思議そうにチビを観察している二人を置いて、俺は重く閉ざされていた扉を開いた。力を込めると鈍い金属音が大きくなり響き、次第に薄暗い中の様子が明らかになっていった。




 食料貯蔵庫らしい部屋の中には、ありとあらゆる肉製品や発酵している乳製品が数多く棚に並び、その中から少しずつ減っていっている。

 



 減る道を辿っていくと、奥にもう一枚扉があって、木製で軽そうな扉を開くと中に大勢の人が、それぞれ鋤や鍬を構えてこちらを見ていた。




「すみません、俺はモンスターの討伐を行っていた者ですが……武器を下ろして頂けませんか? 」




最初は不審がるように手を拱いて見ていたのだが、遅れて入ってきたカプリオの姿を見るや否や農具を手放して拍手喝采が巻き起こる。




「「「救世主様達のお帰りだぁ!! 」」」

「威嚇してしまい誠に申し訳ない、さぁさぁ此方へどうぞお入りくださいませ! 」

「新政府軍の兵隊さんは若いのに立派ですなぁ! 」

「どうぞどうぞ! 」

「中に入ってくださいな!! 」

「三人とも中でお待ちしてますよ」




 引き摺り込む、と言い表した方がいいのかと思う位に各々の差し出す手が俺達を蔵の奥へと導き、人の波を掻き分けた先には三人が座っていた。




 アルコールが少し匂うこの場所は酒蔵だろうか、部屋の隅には幾つかの酒樽が置かれていた。




 中央に構えた小さめの一つしかないテーブルに座りこちらを見つけると、三人は席を立って駆け寄ってくる。




「レイ!! 大丈夫? 怪我は無かった? 」

「時間が長くて不安だったんですよー!? 」

「見た感じ、怪我は無さそうで良かったです」

「三人で蝋燭を灯りに身を寄せ合ってたらチビがこの人達を連れてきて、それまでの経緯を聞いたりして、怖がってる子供達を落ち着けてたの」




 三人の側には腕を掴んで離さない子供達の姿がチラホラと見え、少しだけ不安気にエレナ達を見つめている。




「ほら、私が言っていた頼りになるお兄さんが帰ってきたんだよ。みんなもう大丈夫だからね」

「ほ……本当に? 」

「ああ、辺りにいたモンスターは全て片付けたし、もうここが奴等に襲われる事はないよ」

「良かったね! お兄さんは私達の強〜い味方だからみんな倒しちゃったってさ! 」

「これでまた安心して外で遊べますよ」

「ありがとうお兄ちゃん! 」




 不安が顔に張り付いていた子供達も、脅威が去った事が分かると自然に笑顔が戻ってきた。子供達が、牧場の人達が無事で本当に良かったと思える瞬間だ。




「そこにいるお姉さん達も助けてくれたの? 」

「え、ええ、私達は新政府軍の……」

「軍の人なんだ!! すごーい! カッコいいなぁ」

「そ、そうでもないですよ……当たり前のことですから」

「でもモンスターって強いんでしょ? 」

「そうだぜ! そんな強い奴等を俺様が一番倒したんだ! つまり俺様が一番目立っていたんだ! 」

「じゃあ、僕達よりもうーんと強いの? 」

「あったり前だ! 後で凄いもの見せてやるから俺様と遊ぼうぜ! 」

「うん! お外に早く出たい!! 」

「分かった!! こっちで遊ぼ! 」

「おいおい、あんまり引っ張らなくても遊んでやるから待て待てーー」




 蔵から嵐の如く去っていった子供達と朗らかに連れられるマサムネを見ながら俺は溜息を吐いた。

 まだあれだけ体力に余裕があるのか、と。




 激戦を戦い抜いた立役者なのに、子供達の前で疲れる素振りは一切見せず手を引かれている。




「……子供の相手は苦手です」

「……俺は体力が残ってない」

「アレはアレで目線が子供と同レベルですから……昔から子供相手には滅法強いんですよ」

「昔から? マサムネって昔からの幼馴染みなのか? 」

「な、何でもありません……忘れてください」

「取り敢えず、みんな行ったから俺達も行くか」




 子供が苦手だと言うカプリオから何やら聞かれたくない事を聞いてしまったみたいだ。二人に何かありそうなのは明らかだったがそれ以上は聞かずに俺達も薄暗い蔵から外へと出た。




 外は既に日が沈み、暗闇の中に煌びやかな星々が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。




「宴だ! 飲むぞ騒ぐぞ!! 」

「今日は救世主様達の御もてなしだぁ! 朝まで飲むぞ! 」




 そんな綺麗な夜空の下では、どうやらこれから宴が始まるらしい。

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