綴織
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体二つに分かれたアラクネと共に地面へと向かう俺は、視界の隅に彼女を捉えていた。
緑の軍服に身を包み、前髪を切り揃えた女の子。
カプリオは弩弓を背に背負い直していた。最後の最後でアラクネの動きを封じ込めた一撃は彼女の正確無比な射撃によるものだったのは明白であり、お陰で何とか逃げられる前に倒し切る事ができた。
体液が体に付着してしまった顔を拭いながら、俺はずっと使用していた能力を解除する。
髪の色が元に戻り、ドッとくる疲労感に苛まれ、足取りが重く感じるがそれもこれでもう終わり。戦闘は完全に終了した。
「ナイスタイミングだぜチノちゃん! 」
「貴方はいい加減その呼び方を直せないのですか? 死にますか? 死にたいんですね? 」
「まあまあ、今日は無事に仕事が終わったんだし無礼講と行こうじゃねーか! なぁレイ? 」
「そうなのですか……? 」
「い、いやっ……俺は……しーらねっ! 」
「えっ、ちょ、チノちゃん? レイ助けっ……」
俺は何も見ていない。カプリオの強烈な平手打ちがマサムネの頬にクリーンヒットして、空中を三回転しながら吹っ飛んでいく様など見ていない。
おまけに起き上がりを狙ったタイキックが尻部を直撃、痛みにのたうち回るマサムネの姿を見ながら恍惚とした表情をしているカプリオなんて俺は見ていない。
……くわばらくわばら。
軽く現実逃避しながら死体の山を見上げ、部屋の隅に何やら見慣れぬ物が置かれている事に気付いた。
薄暗い部屋の中でもハッキリ見て取れる、四角い形とゴテゴテした装飾品の数々。
「何だこれ? 宝箱……? 」
「ふぉ……ふぁにふぁに……お宝かぁ……? 」
「うわっ、お前どんだけボロボロになってんだよ……顔がボロ雑巾みたいになってんじゃねーか……」
「ふあっふぇ……チノちゃんふぁ……」
「もう良い……喋らなくていいから……」
顔の腫れでまともに喋る事すら出来ないとは、流石にこれだけ痛めつけられていると不憫すぎて同情してしまうレベル。
「開けてみましょうか、何か掘り出し物があるかもしれませんしね」
「でも、どうやって開ける? 見た感じめっちゃ硬そうだけど鍵とか持ってないぞ? 」
「鍵は持ってないですけど、ここに錠前人間がいるので大丈夫です。ほら、開けなさいアマノ一等兵」
「う、うっす……ふん! 」
「ね? 鍵いらずでしょ? 」
「お、おう……」
「ぜぇ……俺様は……はぁ……力持ちだから……な」
ヒデェ……コイツはヒデェぜ……。
ボコられた上にボロボロの体を酷使して鍵開けをさせられるとか鬼かカプリオは。
重そうな錠前を丸ごとぶっ壊したパワーに目を見張る前にその人使いの荒さの方が注目を集めている。
「中には……タペストリー? 」
「これはまた見事な出来栄えですね。中央に亀裂の境目が縫いこまれていて、両端に七人ずつ色んな服装の男女が向かい合ってます」
「絵が全く分からない俺でもこいつは中々の一品だと思うぞ」
「ダンジョンやモンスターの巣窟では、こうやって偶に大切な物や貴重なアイテム等をモンスター達が隠していたり、作成していたりする場合があるので、今回のもその一種ですね」
宝箱の中に限りなく小さく綺麗に折り畳まれていたのは大きな大きなタペストリー。それも色鮮やかな色彩の糸で織り込まれた作品のようで、素人目三人で見てもその作品の力に思わず息を飲んでしまう。
この作品は恐らくだが、アラクネが作成した物に違いない。だからこそアラクネの座していた台座から近い場所に置いてあったことにも合点が行く。
作品自体が何を思い作られたのか知る由はない。だが、この作品には途轍もない価値が秘められているだろう。
「取り敢えずですが、このアイテムはレイさんが持っておくのが良いでしょう。素材の特性か畳めばかなり小さくなりますし」
「えっ、俺が持つの? 二人はいいのか? 」
「私は別にタペストリーには興味ありませんし……その、コレにこの様な貴重な物は扱えません……」
「あー、それは分かる」
「はっ? あれっ? この流れって俺が詰られてね? 」
「そうです、アマノ一等兵は粗雑な性格なのできっと破ります。確実に破ります。絶対に破ります」
「三回言った!? 三回言ったよね? 何その三段活用酷すぎる!! ……まぁ、その通りだけど……」
言いながらも自分で半ば納得してるのはどうなんでしょうか?
不思議な手触りのタペストリーを綴込み、かなりの小ささに折り畳めたのを確認して無造作にポケットに放り込む。
「そんじゃあ、これで依頼も無事終わったことだし、ここからさっさと出ようぜ、さっきから埃っぽくてかなわないんだよ! 」
「そう言えば、捕らえられていた人達はどうなったんだ? 」
「無事に解放しました。どうやら搾取される前に一度集めておいて弱らせる魂胆だったようで、番兵も途中から居なくなったので容易だったんです」
俺達の方がかなり暴れてたからなぁ……。
「それで、解放した人達は自分達で帰れるとのことだったので、先に帰して援護に向かったらアレですよ」
「「め、面目ない……」」
うだつの上がらないまま外へ出て、周囲に逃げ遅れた人が居ないか確認後、手強かった蜘蛛達の巣に火を放ち瓦解させた。
放置すればまたモンスター達の棲家になり、近隣に被害が出る。だからこそ原因となりうる場所を処分するのは当然の措置だ。
周りに火の手が回らない為に一々糸を切って回るのは骨が折れたが、何処かの体力馬鹿が殆どやってくれたので楽をしたのは内緒の話。




