蜘蛛の荒絹
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「ほい、返すぜ」
「おう」
無造作に投げられる剣を受け取り、その状態を確かめた。剣は刃紋の所々に傷が生まれていて、刃毀れの一歩手前まで消耗していた。
今までどんな物を斬っても消耗が少なかった刀身がここまで擦切れるのだ、あの攻撃の苛烈から見れば当然と言えるが恐ろしい。
あれだけの攻撃をする方もする方なら、二刀と腕力だけで防ぎきる方も人外、あの腕にどれだけの筋密度があるのだろうか。
マサムネは不敵に笑っている、眼前の敵を見据えて。
俺はボロボロに磨耗した剣を鞘にしまい、能力を更に発現させる。
剣よりも薄く、数の多い刃が指先から更に伸びた。
「それがお前の本当の能力って訳か……中々かっこいいじゃないか。でも、爪なんかで本当に切れるのか? 」
「試してみるか? お前の肉なんか一秒で細切れに出来るんだが」
「冗談だ、能力者が仲間なら心強いって思っただけさ! 」
互いに言わなくても分かっていた。目配せ一つで同時に動き出し、それぞれに反対側から敵に向かって挟撃を繰り出した。
アラクネは間反対に同時に動くこちらに付いていけていない、体はまるで反応できてない上に動揺で体が強張ってるのが筒抜けだ。
俺は必殺の一撃を見舞わんと、柔らかそうな首筋に強靭な爪を振りかざし、横に大きく切り裂いた。
マサムネも体を寸断せんと胴体から袈裟斬りに刀を振るう。
獲った。首までは残り数センチ、何をどうしようがその時にはもう首は宙に飛んでいる。
ゆっくり、ゆっくりと、時間がスローモーションに流れ、爪が肉に届き、鋭い爪がズブっと食い込んだ
そこまでいって初めて気づいた。その異変に。
可笑しい。肉に食い込む爪に伝わる感触が今までの物と何か違った。
「馬鹿め」
声が聞こえた。目の前のアラクネからではない。
背後から聞こえた。気付いた時には俺は無意識に腕を顔の前で交差し、衝撃に備えていた。
寸分違わず顔の横から大きな重い鉛のような塊が襲い、正常だった意識を纏めて刈り取った。それが巨大な体による体当たりだと分かった時には既に時遅し。
体は衝撃に負け、壁際まで吹き飛ばされてやっと止まる。
アドレナリンの過剰分泌で痛みはあまり無い。だが殴打により脳が激しく揺れ、視界がグラついている。
追い討ちをかけるように天井から降りてくるのは残り残った化け蜘蛛達。牙をギラつかせて弱りかけの獲物に群がってきていた。
「大丈夫か!? 」
「あ、ああ……何とかな……何があったんだ」
視界の端から駆け寄るマサムネの姿が見える。
俺の前に仁王立ちし、刀で闇から迫り来る蜘蛛達の残党を斬り伏せていた。
「あの野郎……嵌められたぜ俺様達、あれも罠だ」
「なん……だって」
治癒の能力を総動員し、体の内部を平時の状態へと無理やり回復させる。多少の疲労感が体に伸し掛かるが視界のグラつきが止まるのなら御の字だった。
「レイと俺様の攻撃が当たった感触で分かった、俺様達が相手にしてたアラクネ本体がいつの間にか偽物に摩り替わってたんだよ! 」
「一体いつの間に変わったんだ? 」
「多分、俺様がミスった時だ、クソッ! 通りで反応が全く無いと思ってたんだ!! 言葉だって一言も喋って無かった」
最後の一体を斬り飛ばし、辺りを警戒するマサムネ。そうだ、まだアラクネの本体が残っている。
「何処に隠れたぁ!! さっきから汚い真似ばっかりしやがって……堂々と正面からカチ合えや!!!! 」
「中々しぶといのぉ……妾の三度に渡る罠に嵌りながらも生きていられる生物は初めてぞ」
プライドは高いのか、天井から糸を垂らしてスルスルと降りてくるのはアラクネ本体。
さっきの偽物と違って今度は喋ったりしっかりと四肢が動いている。
「なるほど、貴様らは獣並みの直感が備わっているのだろう。しかしな、一つだけ間違っておる。生き物なら自らの武器を生かして何が悪い? 引っかかる方が間抜けなのじゃ愚か者よ」
斬撃対策に糸を体に纏わせ、幾本もの手に伸縮自在の糸を握ったハンターがこちらを向き直る。
「妾はどんな手を使ってでも勝つ。最後に立っていられた者こそが勝者、それでいて晴れて生存競争に勝った強者たりえんのじゃ。だから騙し討ち、不意打ち、大いに結構、全ては勝つための手段に過ぎない」
フ、フフフ。
「……ハハハ」
「貴様、何が可笑しい」
「フハハハハハハ!! フーッハハハ!!!! 」
「会話が通じぬ程に阿呆じゃったか……ならば直ぐにでも死ね」
俺の前に立っていたマサムネに、アラクネは硬化させた糸を纏った足を突き出して頭部目掛けて串刺しを狙っていた。
対してマサムネはアラクネと反対に、先程のアラクネのように微動だにしなかった。
「マサムネ!! 」
直撃、それも顔面に伸びきった先が。
衝撃がマサムネの体を揺らし、ビクンと体が跳ねる。
「ハハハ、これが笑わずにいられるもんか。こんな小物に俺様は手間取ってたなんてな。笑い過ぎて腹が痛いぜ」
マサムネは口を開けて笑っていた。
アラクネの足先を咥え、噛み砕いて笑っていた。
硬化された糸で補強された頑強な足を粉々に。自慢の脚が無くなり、アラクネは声にならない痛みで顔を歪めている。
「それがお前の強い者の考え方か。それは間違いだ」
マサムネは口の中に残る異物を全て地面に吐き出し、深く深呼吸をする。
「本当の強者ってのはな……小細工なんかしなくても強いんだよ。……俺様みたいにな」
そこまで言うと、マサムネは悠然と歩く。アラクネの方へとゆっくりと歩みを進めていく。
何を考えているのか分からない。アラクネも同じだったようでマサムネへと糸の網を投げ掛ける。
粘り気のある糸はマサムネの体の自由を奪おうと迫る。だが、マサムネは意に介さない。
シュン、風を切る音がした。見ればマサムネが刀を振っていて網を両断していた。
薄い紙に刃を立てるように、綺麗な断面で両端に分かれていく糸の網を見るアラクネは戦慄していた。
後ろで見ている俺も見とれる。動きの質が明らかに段違いなのだ。余分な力が抜け、本来の動きになっているのか一歩一歩の挙動すら余韻を残さない。
「本物の強さをこれからお前に見せてやる」




