気になるフリーマーケット
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今日で旅を始めてから六日目。村を飛び出してから計算すると、俺は寝ていた時間があるので実質は二日目といったところか。
何をするでもなく、エレナと叔父さんと道中を景色の話をしながら進んでいた。街道は地面が舗装されていて、行脚の人たちや鎧格好をして剣や槍で武装した物々しい大人達の行列が歩くのを見た。
取り立ててモンスターに襲われる事態にも見舞われず、安心安全快活快適に二日目を過ごしている。
リズムよくトコトコと歩く馬の足音と、荷馬車の中に時折吹き抜ける春の風が、数日前の惨状を嘘のようだとばかりに誇張している。
荷馬車の中で聞いた話では、エレナの家があった村落では、近くの街の『軍』が今回の襲撃を加味して、警ら隊を置くことにしてくれたそうだ。
俺にはそれが、どれ程の規模か分かった物ではないけれど、少なくとも、エレナ達の安堵した表情を見る限り信用に足るだけの力を持った組織らしい。
花の咲き乱れる長閑な道を通る際、甘く良い香りの中を泳いでいる感覚を覚えた。そう、エレナの匂いに良く似たとても良い匂い。本人に聞くと、ここら辺に生息する香草から抽出した薬用石鹸や、香水を女の子は好んで使うそうだ。『だから良い匂いなのか』って素直に感想を述べたら真っ赤になって離れられた。何でだろう、褒めただけなのに。
女心は難しい。
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「レイ君、エレナ、そろそろ今日の目玉のバザー会場に着くから、荷解きの為の準備をしておいてくれ」
「バザー会場ですか? 何があるんだろう……」
「何でもだよ! 本当に色んな珍しい物があるの! 」
興奮冷めやらぬエレナを尻目に、俺逹を乗せた馬車は何もない野っ原で行われている、人が集まって行われているバザー会場の中に入っていく。
まず目に入ったのは会場の外をぐるっと囲む木で作られた頑強な柵。外に向かって尖った杭が無数に埋められており、その周りには軽武装した男達が立ち並んで道を塞いでいた。そこを叔父さんが何事か話し合って許可証のような物を見せると、中の間取りの地図を渡して中へ入る為の荘厳な門を笑顔で開けてくれた。
中に入って見たのは……お祭りだった。
大小様々なテントや露店が立ち並び、何処もかしこも騒ぎ立てていて、色取り取りの風船や紙吹雪が舞い散る様は、賑わいを通り越して一種のパレード並みの盛り上がりを見せていた。見たこともない物でバザー会場は溢れかえり、荷台から見える景色だけでも、新しい発見がどんどん出てきて、興味関心の好奇心が抑えられない。
暫くして、荷馬車は何もない一角を見つけると、そこに停車してから、叔父さんの指示の元で会場用のテントの設営及び物品販売の準備を始めた。エレナ曰く、このバザー会場には何度か足を運んで商売をしたことがあるらしく、手慣れた手つきで設営は進んだ。
そして完成。中々にして悪くない出来だ。テントの出口を皮切りに四角い木箱で囲いを作り、その中央にエレナの髪と同じ色の赤い布の風呂敷を広げて商品を並べた。因みに、店名は『ルシルフル・エンポーリオ』と言い、扱っている商品種類分けは雑貨店に位置する。
「ヘイいらっしゃい! いらっしゃい! この店ならなんだって揃うよ! 安いよ、良い物沢山あるよ! 」
商売の基本は何か。と聞かれれば、まず第一に思い浮かぶのは、『お客さんがどれだけ店に入ってくれるか』という所に焦点が行くのは普通のことだろう。
幾ら良いお店でも、認知度や広告度が低くてお客さんが少ないとお金はお店に落ちていかない。ましてやここはバザー会場だ。隠れ家の店みたいなリピーターの存在はないし、そもそも要らない。
叔父さんの客引きにお客は興味を持ち、ちらほらと店内の物品を吟味し始めた。叔父さんはそこで敢えて客引きを止めて、静かにそのお客達を見守った。
「なあ、エレナ、叔父さんは何で客引きを止めたんだ? 」
「んー? それはね、お父さんはお客さんにゆっくりと落ち着いて商品を見てもらいたいからずっとそうしてるんだ。だってお客さんからしたら、商品を選んでいる時に近くで大声なんか出されちゃったら集中できないでしょ? 」
「なるほどな……ルシルフル流の商売術って訳か……」
「……まぁね♪ 」
そして、初めてのお客は、満足そうな笑みを浮かべて多くの商品を両手に提げて帰っていった。
その光景を目の当たりにするだけで、売れるのか売れないのか心配になってこっちの息が詰まりそうだった。
それから恙無く進む商売を見ながら、裏方の仕事をこなしていった。俺は裏方で荷物の整理と監視、物品の補充などを担当し、叔父さんが値段交渉や並べ立て、エレナが販売アシスタントとして商品説明の役に別れた。
特にエレナの商品説明は、男性客の心を鷲掴みにして、その屈託無い笑顔に心打たれた客の多くは、予定よりも多くの荷物を持って店から出て行った。
やっぱり、エレナは綺麗で可愛いからお客から見ても目を引くんだろうな……。なんて、納得してみたり。
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昼過ぎの事、テントの中で昼食をとって英気を養っていた俺の元に、エレナが現れた。
どうやら、今日のノルマが順調に達成できそうなので、二人で少しの間楽しんでこい、という事らしい。
「ねぇ、一緒に行くよね? 」
「そうだな……うん、行くよ」
「やった! 何処から見て回ろうかな……」
俺としては、もう少し商売のノウハウについて知りたいとも思う気持ちはあったけど、それ以上にエレナと二人で買い物に行けることの方が嬉しかった。
「じゃあ、ちょっと着替えてくるからここお願いね」
「分かった」
待つ時間を利用して、最後の手伝いを済ませておこう。そう思い、店先に出ると、叔父さんが最後のお客の相手を終えて一息ついたところだった。俺が手伝おうと荷物を持つと、叔父さんはその手を止めるように言う。
「レイ君、レイ君……ちょっとこっちに……」
「……何ですか? 」
「僕はさ、君なら……良いと思うんだよね……」
「俺の? 何が良いんですか? 」
「あんまり大きい声出さないの! ……だから、君とエレナの事だよ……」
何の事だ一体? 話が一向に読めてこない。それに、何かは知らないけど、叔父さんの顔がニヤけてちょっと気味が悪い。
「俺とエレナ? 特に何もありませんけど……」
「いや、エレナはもしかしたらレイ君の事……気になってるかもしれないよ? 」
「は? いやいや、それは無いですよ、だって俺ですよ? 素性の知れない男なのに……」
「僕も最初はそう思ってた……でもね、君は良く働いてくれるし気も効くいい子だ……それに」
「それに? 」
「君はエレナの事を命がけで守ってくれた。 出会って数日の相手をだ……それだけで理由は十分だよ」
「それは……偶々ですよ……」
「エレナだって、初めから君の事を良く話していたし、カッコいいところ見せられて惚れてると僕は見たね……」
「はぁ……」
「だからさ……今からのデートを頑張ってね、僕は応援するよ」
「デ、デートって! そんなっ「行った行った! 」
送り出されるように店の裏手から出ると、エレナも丁度のタイミングで荷馬車の中から着替えて出てきた。
それも、普段と違った格好で……。
ダメだ、今このタイミングで彼女の事を直視できない! 叔父さんの言葉が頭の中でグルグルと回り続けて俺を苛ませる。顔が熱くて火傷しそうだ。
「じゃーん! 見てーーって、どうしたの? 顔がすごく赤いけど……」
「な、何でもないから! ちょっと日当たりし過ぎただけだから! 」
「そっか、なら良かった」
叔父さんの言葉に惑わされちゃダメだ。普段どうりに接さないと、こっちが返って変に思われてしまう。今はあの言葉は忘れよう。忘れるんだ。忘れろ。
頭の中で必死に湧いてくる雑念を消していると、エレナは恥ずかしそうに言った。
「えへへー// どうかなこの格好、変じゃない? 」
「いや……とても似合ってるよ……嘘じゃない」
「そっか、そっか……うん、ありがと! 」
「ど、どういたしまして……」
今の彼女は、いつもの見慣れたロングスカートの格好ではなく、ショートパンツにロゴ入りのシャツを着て、上着にパーカーを覆っていた。そして、いつもの長さの髪を後ろはうなじが見える位にアップで結わえて、前髪のおでこにかかる部分は斜めに編み込まれてスッキリしている。
自分のことながら、男って単純なんだな、と思う。女性の服装のギャップに、簡単に心揺れてしまうのだから。
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「ほぁー! 色んな物で溢れてるねー」
「多過ぎて全部見きれないよな」
「だね、時間が幾らあっても足りないよ! 」
俺とエレナの二人は、人混みの一番賑わう大通りを歩いていた。人と人とが入り乱れていて、ほんの少し気を抜いてしまうと逸れそうになる。
人の波に飲み込まれない為に、外側の店の前をなるべく選んで進んでいく。
「しっかし、こうも人が多いと酔いそうになるな」
「へへん! 慣れたら意外と平気になったりするんだよ
そういう物なのか? 慣れってすごいな。
「でもさ、これだけ人が多いのは初めて。 何か凄い催しでもしているのかもしれないね」
「かもな」
「レイは何か見たい所とかあるの? 」
その横目反則すぎる……。聞かれたら何でも答えてしまいそうな円らな瞳に俺は苦笑する。
俺は多分、エレナに隠し事はできないタイプの人間なんだと思う。そんなに器用なタイプじゃないし。
「えっと……エレナの行きたい所に行きたいな……」
「そ、そっか……分かったじゃあ行こう//」
女性にエスコートさせるのも如何なものかとは思ったものの、実質俺には行きたい所などなかったのである。なぜなら、どこに行っても新しい発見に溢れているのでどこでも構わないからだ。
それに、エレナはそういった考えに無頓着で、自らの好きな所に行けることが嬉しそうだった。
考え事をしていると、横に居たはずのエレナの姿が消えている。しまった、目を離した隙に逸れたのか。
幸いな事に、まだ歩いて少しな事もあって叔父さんのいるテントまでの道筋はしっかりと覚えられていた。これなら一度帰ってエレナを待った方がいいかーー。
などと考えて踵を返した瞬間、後ろから誰かに右手を握られた。
いや、誰かに……という答えは可笑しいな、俺には分かる。この温もりはエレナのものだ。
振り返ると、エレナが膨れっ面で手を伸ばしていた。
「ほら、逸れるといけないから手……繋ご……」
「す、すまない……」
力は入れず、互いに軽く握り合っただけの握手。だが、その手繋ぎをしている二人のそれぞれの手は、本人達の顔の赤さと同じく紅葉していた。