馬鹿の底力
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糸を伝って獲物を捕らえんと姿を現したのは、夥しい数の蜘蛛。その総数は視界を軽く埋め尽くす物量で、まともに数も数えられない。
一体一体の力が先程の蜘蛛と同レベルならと思っていたが、流石に数が数だ、気を抜いてると一斉放火を浴びる可能性もある。だからこそ気は抜けない。
「とにかく、自分で蒔いた種ですから、 ほら、さっさと最前線で戦ってきなさいアマノ一等兵」
「おうよ! ここは俺様に任せてチノちゃんは後ろでゆっくり茶でも飲みながら休んでな! 」
またもや一番槍と言わんばかりに真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに敵の群れへと突貫をかけていく一人の男。その背中にはおくびにも恐怖という感情は出ていない。
一人で突っ込めとの指示を出したカプリオも中々に酷い、命令を受けた牧場犬は嬉々として獲物の姿目掛けて駆け抜ける。
「だから名前で呼ぶなと何度言ったら……ハア、言っても無駄ですね……死なない程度に暴れてきなさい」
「了解! レイもボケっとしてると置いてくぜ? 俺様は一足先に戦果を上げてくるからよ! んじゃ! 」
「……良いのか? あんなのを一人で突っ走らせて? 」
「良いんです、アレは放っておいても中々死にませんから。寧ろちょうど良いくらいです。武力にステータス全振りしてるような脳筋野郎なんです、何も考えさせずに体だけ動かさせた方がアレも幸せでしょう……だって……」
「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 」
一人で直進するマサムネは接敵した瞬間に抜き身の刀を大きく縦に振るった。
ただ、大きく縦に振る。それだけの動作で。
尋常じゃ無い数と密集のあまり、動き回る巨大な黒い塊に見えたモンスターの群れが、綺麗な縦一本線の如く割れた。鮮烈な衝撃と共に男は群れの中へと躍り出た。
「アレは下級兵の中では最強ですから」
斬撃が群れを引き裂き、吹き飛ばし、割れた直線上に位置していた敵は纏めて一掃されたのだ。その所為で、縦に一本線が描かれたように見えたのだ。
シンプル且つ豪胆な一撃、故に技量の云々よりも当人のポテンシャルが底知れない。決して剛腕にも見えない四肢も、実の所、極限まで鍛え抜かれた体なのかもしれない。
実力の全貌が明らかになっていないのにも関わらず、軽い挨拶程度に暴れ回る小規模の災害に等しいマサムネは戦闘狂なのか笑みが止まらない。
「ワハハハハハハハハ!! そこ退けそこ退け俺様通る!! 邪魔な奴らは薙ぎ倒す!! 」
再び塊が異物を排除せんと包んで囲い込み、マサムネの姿を見失いそうになるが、その度に中から強烈な衝撃音と空中に舞い飛ぶ蜘蛛の残骸が位置と無事を知らせ続けている。
「アレって……なんか可哀想だけど、信頼するくらいには強いな。なら俺も続くけど、ここは一人で任せても良いのか? 」
「ええ、援護は任せてください。後ろからは撃ちぬきはしませんので、安心して下さって結構です」
言いながらスコープを半目で覗き込み、遠く目掛けて弩弓の向きを調整すると引き金を引いた。
引き金を引く金属音と、遅れて耳のすぐ側を掠めるように空へと舞い上がる風切り音。カプリオの放った矢が頭スレスレを通って真上に潜んでいた蜘蛛の頭部に命中していた。
人の頭よりも大きなボルトが脳髄を撒き散らしながら体を完全に貫通し、飛沫が命中部からポタポタと垂れ流して絶命を知らせた。
そして次弾装填の為のモーションに入り、手際の良いというレベルを大きく逸脱した速さで張り直した弦に次の矢を装填する。一連の動きは美しいほど洗練されていて、練度が簡単に伺い知ることができる。
「早く行ってください!! ここは私一人で問題ありませんから」
決して傲慢や過剰で言っているのではない。本当に自信があるからこそ言ってのける言葉の重みがある。
「……第七独立戦闘部隊」
敵に向かって走り出しながら、ふと溢れてしまう言葉。
マサムネにカプリオ、この二人が新政府軍とやらの中でも生え抜きで選ばれたと言っていたのはどうやら本当らしい。
味方でいる内はいいが、敵に回すと厄介な事になるのではという疑念が湧く中で、俺は白狼のみの力を使い敵の群れに突っ込んでいく。
駆けるスピードが段違いに早く、いきなりトップギアに入った身体は重力や空気を置き去りにして群れの中を蹂躙した。
マサムネと離れすぎない位置取りで敵を屠り続け、自分に向かってくる敵をひたすら死の国へと送り届ける。
「これで……多分、百体目っと!! おっと、レイは何体目だ? 」
「俺はこれで……多分百二体目だっ!! まだまだ余裕だけどそっちは大丈夫か? 俺が後はやってやろうか? 」
「へん、抜かせ!! 俺様のステージだ、輝くべき存在は俺様!! 討伐数勝負は俺が貰うからな!! 」
互いに姿は見えずとも、声を聞くだけでお互いの余裕や安否を知り、それがまた原動力となり力を奮い起こす。
弱い、群れで迫ってくるがその全ての動きが並以下だ。数分後、結局傷一つ追うことなく先遣隊は壊滅した。
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「余裕だったな……三人だとあっという間に片付いちまったし……ああーつまんねーの」
「結局、最後の辺りで二人が同時にかち合って、数も分からなくなったしな」
「絶対俺の方が多かったって!! なんせ俺様だぜ? 超強い天上天下唯我独尊の俺様が負けるわけがない」
「はいはい、分かりました」
「へへへ、最初から負けを認めてりゃ良いのによ♫ 」
「二人とも……話してないで先に進みますよ」
使い終わった弩弓を背負い直し、髪についた糸を払いながらカプリオは話す。だが、俺とマサムネは猛然とカプリオに向かった走り出した。
「「危ないっ!! 」」
カプリオをマサムネが引くように抱き締め、俺が擦れ違いざまに背後に隠れ潜んでいた死にかけの蜘蛛の頭部を斬り飛ばす。
死んだと思っていた蜘蛛が死体の中で息を潜めて機会を伺っていたのだろう。それで終わったと一番先に油断したカプリオが背後から狙われたのだ。
もう一度辺り見渡して、今度はちゃんと安全が確保できたことで安心する。
抱き留められたカプリオはマサムネに抱かれたまま地面に引き倒されていて、小柄な体がマサムネの体にスッポリと包まれていた。
「け、怪我はないか!? 」
「す、すみません……苦しいです……」
「あぁっとすまん!! 俺様としたことが取り乱してしまった……」
「良いです……油断した私が悪いですから。それよりも終わったのなら先に行きましょう」
「お、おう……」
マサムネを引き離し、一人で先を行こうとするカプリオ。自分の失態を恥じているのか複雑な表情をしていた。
一方、マサムネはというと、珍しく真剣な表情でカプリオの後ろ姿を見つめていた。自分でも意識していないのか前までの明るさが嘘みたいな風変わりで、フリーズしている。
声を掛けてカプリオの後ろを追う寸前、マサムネの口から「……チヨ」と、微かにそんな単語が漏れていた。




