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森の異変

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「本当に良かったのですか? 」

「……何がですか? 」

「あの三人の側に付いていなくて……その……我々なら十分対処できるでしょうし、今ならまだ……」

「いえ、エレナは一度言ったら聞いてくれませんし……それに、嫌われたくないんですよ俺」

「そうですか……」




 森は外界とは世界がまるで違っていて、外が暖かかったのが嘘みたいに冷えた空気の中に俺達はいる。

 一つ一つの木々が文字通り聳え立ちながら、森の中へ光が差し込まないよう互いの葉で庇い合っているみたいでより一層鬱蒼としていた。




 光がまともに届かぬ暗い森の中はとても歩き辛く、草葉の積み重なって出来ている湿った地面が歩を進めるごとに汚い音を立てて軋んでいる。




「そう言えば……俺は二人のことを何と呼べば? 」

「私はカプリオと呼んでください。歳も貴方より下ですし気楽に話して構いません。……次いでにコレについてはお好きに呼んでいただいて構いませんので」

「コレ? コレって俺の事を今指差して言わなかった? チノちゃんそれは俺様も流石に傷付くんだが……」

「あらそうでしたか? 上官相手に名前呼びとは随分と気安い方かと存じてましたのでお好きに呼んで良いのかと」

「す、すんませんっしたぁ!! ……まあ、俺様の名前は好きに呼んでくれて構わないぜ、どうせその内この大陸で皆が呼ぶことになる名前だ、ここらで度量の大きさを示すのもビッグな俺様には当たり前だし」

「じゃあ、カプリオにマサムネって呼ばせてもらうかな」

「お前は確か……レイだったか? 」

「ああ、こちらも呼び捨てでレイでいい」




 互いの名前の紹介を終えた所で、地面の踏み具合が変わっていることに三人は気付き、その場で歩みを止めた。




「これは……何だ?? 」

「これは恐らくですが哺乳類の……牛馬などの家畜の死骸です。今回の討伐目的に襲われた……と言ったところでしょう」

「それにしちゃあ所々に糸や皮が付いてるけど、これは何で何だ? 」

「これは蜘蛛の捕食方法の一つです。巷では生き血を吸うという風にもいわれてますが実際には消化液を獲物の体内に注入して、液体にして飲み込む(体外消化)ので、中身だけがなくなってこんな風に外枠だけが

残ってしまうんですよ」

「ミイラみたいだな……」




 自分達とは全く違った生き物の生態を目の当たりにして、不思議な感覚を覚えると同時に、自分の立場になって考えてみると不気味だった。




 生きたまま捉えられて糸で雁字搦め、それでいて暴れることすら出来ずに体に消化液を流し込まれて中身だけ吸われる。一体どんな感覚で死へと向かっていくのだろうか。




「気付いたか? この森の可笑しさに」

「……さっきからずっと動物の姿が無い」

「ご名答、粗方食べ尽くされてるみたいだな。だからこそ人の住む牧場が襲われたに違いない」




 動物の姿どころか、この森に入ってからまだ一度も気配すら察知できない。

 閑散とした森の中には俺達三人だけの躍動する音しか聞こえていないのだから。




「そろそろ目的地に着きます、二人とも気を抜かないように」

「チノちゃん、誰にモノを言ってるんだ? 俺様は常に万全を期しているのだから油断も何も無いだろうに」

「あーそうですか、レイさんは大丈夫ですか? 」




 言葉の代わりに頷きを返し、それぞれに持ち得る武器を構えた。俺は勿論使い慣れたショートソード。マサムネは先程見た何の変哲も無い刀。遊びの波紋が一切無く、切れ味と丈夫さがウリなのだろうか。

 カプリオは背中に背負っていた自分の背丈と変わらぬ弩弓を取り出して矢を番えている。




「レイはヤバかったら何時でも下がってくれたらいいぜ、その分俺の討伐数が増えて万々歳だからな! うーん、久し振りに手応えのある奴が出てくるといいなぁ〜!! 」

「お前こそ、調子乗ってて転けたらダサいぜ? 」

「お、いうねー! じゃあ、勝負でもするか? 討伐数が少ない方が勝った方の言うことを一つ聞くってのでどうよ? 」

「乗った、その方が身が入っていい」




 首をコキコキと鳴らしながら無邪気に笑うマサムネ、余程の自信があるのか待ちきれない、といった表情がありありと満ちていて、好戦的な事が伺えた。




 カプリオの言葉通り、木々の群れを潜り抜けると次第に見えてくるのは白い糸が至る所に張り付いて、巨大な迷路にも似た構造物。試しに触ろうとすると真剣な顔をしたカプリオに止められた。




「止めたほうがいいです。この場合だと、ここら辺一帯は既に敵の巣で察知範囲に入っていると考えた方が良いでしょう」

「つまり、触ると敵に接近を気付かれると? 」

「はい、ですから不用意に辺り構わず触れて回るのは止しましょう。その方が奇襲ができて楽になりますからね」




 流石は戦闘のスペシャリスト集団。俺の考えられない様な所まで考えて行動しているのがこの一連でも痛い程に分かる。俺は浅はかだった。




 戦いとなると頭が戦闘仕様になってしまっていけないな、これは反省反省。










「うわぁ……何だこれ……すっげーねちょねちょする……」

「「……はい? 」」

「臭いは……しないのか、じゃあ味は……っぺ! にっが!! ワハハ!! これは食えたものじゃないな!! 二人も舐めてみるか? 不味いぞこれ!! 」




 二人の隣で堂々とやってのける男がいて、触れられた糸は振動が伝わって奥へと揺れに揺れていく。

 流石に驚きを隠せなかった。湧き上がってくるこの感情は如何ともし難いものだった。




「こんの……馬鹿っ!!!!!! 」




 上手く言葉にできないカプリオは、話すよりも先に拳を限りなく強打でマサムネの頭上から打ち込み、俺は直様神経を尖らせた。




 振動の伝わった先から聞こえる音、カサカサと気持ち悪い音は一つだけが聞こえるのではなく、沢山の音が重なり合ってこちらへ向けてどんどん大きくなっている。




 馬鹿の説教は後だ。来たものは仕方がない、此方からも出向いて精一杯もてなしてやらんとな。

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