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静止

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「この辺りって何もないんですかー? 」




 何を唐突にと、ミハルは退屈そうに伸びを一つしながら地図を持つエレナに話しかける。エレナはその問いに対して、難しそうに顔を歪ませていた。




「……うーんと、この辺は確か……牧場があると……思うんだけどなー」

「思うんだけどなーって、地図を見ても載ってないんですか? それに牧場って……特に見るものも無さそうですねー」

「この地図には書いてないんだけど、お父さんがくれたメモには確かにここら辺に牧場があるって書いてあるの。周りには他に何もないみたい」

「ぶーぶー! 早く街に着いて一休みしたいですよー! 無理なら今日は休みたーい! 」

「……まだ昼過ぎですけど? 明日の暮れまでには辿り着けますから、それまでは泣き言は無しで頑張りましょうか」

「そうだよ、お父さんのメモによるとその牧場で取れるミルクはここら一帯の中でも最高品質で味も飛び切り美味しいらしいし! 人も沢山集まって来てるだろうから我慢する分楽しみも増すって! 」

「もう! ポーシャさんも、エレナさんも! お姉さん達は揃って疲れ知らずですか!? 私はもう限界ですよ〜」




 健気さをアピールせんと二人の前で涙ながらに懇願するミハル、見ていて小動物を彷彿とさせ、きっと世の大衆の男には守りたいと思わせること受け売りだ。




 しかし、相手もさるものエレナとポーシャ、両者の性別は女性、したがって女性特有の大技健気さアピールは微塵も通じない。




 余程手慣れたこの仕掛けが通じないことが悔しいのか、はたまた単純に疲れているのか、歯嚙みするほど顔を顰めると二人に向けていた意識が不意に此方へと向く。




「ぐぬぬぬぬぬ、こうなったら……目標変更ですかね……」

「今しがた、サラッと恐ろしい事が聞こえてきたんだけど……」

「やだなーお兄さんったら! ミハルね……今日は歩き詰めでちょっと疲れちゃったんです。……だから少しだけ……休みませんか? お姉さん方に言っても聞いてくれないんですよ!? 」




 おい、止めろって。そんな顔して上目遣いとか威力高過ぎるから! んでもって、エレナ達がこっちみて睨んでくるから腕を組もうとするな! ……別に嫌じゃないんだけどさ……こう……悪くない。




 柔らかい感触が腕に当たってて、変に意識したらその瞬間にエレナ達からの視線で殺されてしまう。かといって無下に突き放すとミハルはヘソを曲げて口すら聞いてくれない……正に命掛けの綱渡りである。




「ミハルの言うことも分かるけどさ……お昼に休憩を入れてからまだ少ししか経ってないし、計画通りに着いておかないと予定が狂うかもしれないよ? 」

「それでもミハルは疲れたんです……お兄さんみたいに体も強くないし……でも、ここで置いていかれるのも辛いし……閃いた! 」

「……何が閃いたんだ? 」

「ふっふふー、何でもないです……じゃあミハルは戻りますね……」




 開いた片手にもう片方の拳を乗せると、彼女の表情は一気に明るくなり、いそいそと荷物をまとめ直して俺の背後へと旋回した。




 諦めたか……ふう、危ない危ない。




 あれ以上絡まれ続けると晩御飯の量が明らかに意図されて減らされてしまう可能性大だったからな。

 夜間の見張りの事もあるし、出来る限りの空腹は避けておきたいところ。




 ミハルの件も無事に終了したし、誰にも波風立たないように気を配った甲斐もあるというものだ。




「なーんてね! お兄さんの背中に乗ってしまえば早い話なんですよ! 」

「ちょ!? いきなり背後に乗られてる!? 」

「良いじゃないですか別に減るものでもないし……うわー、お兄さんの背中って意外と広いんですね! 」




 背中に押し付けられる二つの感覚と、荷物込みでの重量、二つの責め苦が瞬間的に俺にのしかかっていた。




 御丁寧に首元もしっかりホールドされており、外すのは容易な事ではない。髪先が首筋にチクチクと当たっていてむず痒く、自分の顔が赤面していくのが意識しているみたいでとても恥ずかしい。




「な、な、何してるのレイ!? ミハルちゃんも何でレイの背中に負ぶさってるの?? 」

「だって歩くの疲れるんですもーん! お兄さんはまだまだ余力ありそうでしたし……別に良いですよね♪ 」

「そんなこと……ダメに決まっているでしょう! あなたも分別のつく年頃だと言うのにあまつさえ男性の背に跨るなど……不健全です!! 」

「何デレデレして満更でもないって顔してるの? レイも早く降ろして! 」




 ヤバい……本格的に予想が現実のものになり兼ねないぞ……!




「お、おい! 早く降りろって! このままだと俺の晩御飯がいよいよ無くなるだろ! 」

「晩御飯? 何のことか分かりませんが、今日の夕飯はミハルが腕によりをかけて作るんですけど? 」

「えっマジで? なら……」

「「レイ!!!! 」」

「……って危ない! 流されかけた! ミハルが何と言おうとダメなものはダメだ! 降りろ! 」

「ちぇー……つまんないですねぇ。……分かりましたよぉ……」




 流石に味方がゼロでは対処しきれないと判断したのか、ミハルは観念してスルリと軽い身のこなしで地面へと着地、俺の背中には名残惜しい柔らかい感触と温もりが残っていた。




 べ、別にもう少しこのままでも良かったとか、前の時もそう感じたけど、見た目より意外と胸が有るんだなぁとか、そんなことは微塵も思って無いから!!




 誰に聞かせているのか分からない言葉を頭の中で繰り返し、何とか無心を作り自分の心を落ち着けていると、耳元に涼しげな風と共に何かが当たる。




 これは何だーーと、考えるよりも先に、人体を構成する固体の中でも最上位の柔を持つ部位が言葉を発した。




「でも、また今度疲れたらその時はお願いしますね? お・に・い・さ・ん」

「お、おまっ……//」




 これぐらいは何でも無いと言いたげな表情をした小悪魔は、ストレスを発散できて満足げな足取りで鼻歌交じりに歩き出した。




 やれやれ、歳下に翻弄されてしまう俺も俺だが、この旅の中で一番の難敵は実は他でもないミハルなのかもしれない、と、自分を含む三人は悪寒に背筋を震わせながらも再び歩みを始めた。



 




 ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎







「あれが牧場? 何だか思っていたのより少し寂れてますね……」

「人気が無い……ですね、確かに牧場はありますし、牛や羊や豚も居ますが……」

「兎に角、中に入ってみよう……」




 やっとの思いで見つけた牧場は、深い森の側にある平原に広がっていて、グルッと囲うように作られた柵の中には何種類かの家畜が伸び伸びと草木を食んでいた。




 そこで柵の源泉であり繋がっているお店件一軒家を覗いてみたのだが、どうにも人がいる気配も無く、ベルを鳴らしても誰も出てこない。




 中からお店の外を見渡しても、お客の姿が一人も見えず、どれだけ見てもいるのは家畜の姿だけ。飲食用に用意されていたテーブルは争った形跡も無く綺麗過ぎるほどに整頓されていた。




 唯一見つけられたものと言えば、椅子に掛けてあったボロボロの上着と、机の端に付着した白くネバネバとした液体だけ。




 だが、それがかえって昼過ぎの明るい牧場をやけに不気味に感じてしまう要因に。静寂すぎて不自然な点が多い、つまるところ事件の匂いしかしない。




「これは明らかにおかしいな……」

「だよね……ここにいる人達に何かあったのかな? 」

「分かりませんが、この場に留まることは得策ではない事だけは確かですね」

「うう……怖いです、早く離れましょうよぉ……」

「そうした方が良いかもしれない……三人とも俺から絶対に離れるな。チビ、お前は俺の反対側で警戒してろ」




 無言でその場から出ようと示し合わせた俺達は、ドアを静かに開けてお店を出ようとしたーー。




 が、俺達全員が出るより早く、ドア先の横から影がこちら目掛けて踊り出し、先頭を歩く俺に向かって突進していた。



 

 姿を視認する間も無く、一応いつでも対応できるように手を掛けていたショートソードの腹で攻撃を受けた。




 重くのしかかる攻撃は俺の体を数メートル引き下げ、腕には痺れがジンジンと伝わっていた。




「こいつは俺がやるからお前らは中に入って隠れてろ!! 」




 瞬時に警戒レベルを限界まで引き上げた俺は、怒号を三人に向かって飛ばし、チビを殿として三人は店の中へと隠れる。これで戦闘の余波が行くこともなく、安心して戦う事が出来る。




 俺は能力を発動して白狼の力をその身に纏い、改めて敵を視認した。




 多足でいて体は斑模様が広がるイエロー。口元が毒々しく蠢いて目元が人のそれを軽く凌駕する物量の生物。




 俺に突撃をかましてきた敵は、人よりもやや大き目の……蜘蛛だった。

 

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