後始末
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浮遊感のある薄弱な意識から立ち戻り、最初に気付いたのは背中に走る激痛、次いで殴られた顔の痛みの順に体に刺激が駆け抜けた。
さっきまでは能力による補正と、アドレナリンが大量に分泌されていた事で痛みを忘れていた。その分のフィードバックが纏めて降りかかっているのだ。
特に筋肉で一時的に塞がりかけていた背中の傷は、弛緩により止まっていた傷口が開いて血が流れ出していた。
頭の中を針で少しずつ力を加えながら差し込まれていくような、ジンジンとした感触がずっと残っていて、刺された背部が燃えるように熱い。
痛みでボーッとしてしまう状況で、俺はあの時の言葉を思い出していた。
『能力を貰う…』
頭の中で聞いた声は確かにそう言っていた。
貰うとは誰の能力の事なのか……考えてみると必然的にあの男の持っていた能力の事か。
だが、そんな事が本当に出来るのか?
誰かの能力を奪い自分のモノとする。
俺は初めて使った能力を覚えている。エレナを救う為に発動した白狼の力を使う能力、最初はそれだけだと思っていた。
しかし、アンナさんとの腕試しの歳にスコーファロの力も発動している。理由は分からないが俺の体は一つだけの能力を持っているのではなく、二つ以上の能力を持っているのかもしれない……そう予想していた。
その矢先、こんな言葉を聞いてしまったら試してみるしかない……俺は傷口に意識を集中し、同じ要領で傷の再生をイメージした。
「……治ってる……傷跡も残ってないし」
力を込めて意識すると、傷周りの肌が一瞬だけムズムズして、何かが塞がっていく感触があった。
そして手を回して直に触ってみると、痛々しかった程に深かった傷口が滑らかな素肌に戻っているではないか。
顔の方の怪我についても、口の中が切れていた部分を同じくやってみると、これまた不思議に治ってしまう。
自身の傷の治療ができる能力。明らかに人の枠を超えて破格の能力なのは確かだ。
傷が治る度に他の能力とは比較にならない程の倦怠感が体を襲い、立ち眩みで足元が覚束なくなる。
どうやら、この力は他の白狼等の能力による疲労よりも燃費が悪いらしく、連続しての使用は避けた方が良さそうだ。
「俺が三人を守る為には……強くなるしかない」
無くなった傷口から手を離すと、野盗から聞いた話をふと、思い出していた。
理由は分からないが、俺とエレナとミハルとポーシャの四人は何者かに命を狙われている。
敵の素性等は一切分からず、知り得た情報は顔に奇妙な模様が入っている黒衣に身を包んだ人物だという事だけ。これだけじゃあ情報不足も良いところだが、これでも知っているのは俺だけで、彼女達を守れるのも自分だけ。
危険を承知で続けなければならない旅と言うのは中々リスキーだが、それでも俺はやり抜くしか道が残されていない。
湧き上がる高揚感と不安心を感じながらも俺は体中に付いた血を近くの川で洗い流し、体裁を整えるとエレナ達のいるテントへと戻った。
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疲れ切った体で無理をしながらも元来た道を引き返し、俺はやっとの思いでテントに灯る赤い光を視認した。
時間にして俺が居なくなった時間は、大体三十分……大丈夫、怪しまれる程の長居はしていない。
自分に何度もそう言い聞かせ、三人とチビがいるであろう焚き火へと向かった。
「……ただいま」
「おー! 良い感じに帰ってきたんだねー! こっちも良い感じに盛り付けが終わってレイが帰ってこないかなー? って思ってたところだったんだよー! 」
「お勤めご苦労様です! 探索では何か見つけましたかー? 」
「いや、特に目を見張るものは無かったから、適当に辺りを彷徨いている害獣をパパッと倒してきた」
「怪我はしませんでしたか? 」
「心配ありがとう、特に問題なく倒せたから大丈夫だったよ」
本当を言うとかなり深い傷は作っていたのだが、わざわざ伝える事もないだろう。
エレナから見慣れた食事の盛り付けられた皿を受け取り、一番端に空いていた丸太に腰掛けた。
丸太を使った椅子の横には、俺と同じく護衛の仕事を終えたチビがご飯を今か今かと待ち望み、尻尾を振りながらキチンとお座りをして待っていた。
「ギィ! 」
「そっちもご苦労さん」
仕事終わりの中年みたいな挨拶を済ませ、軽くチビの頭を撫でてやると、チビはさも嬉しそうに顔を綻ばせる。
ご飯を置いてもらうと、チビはもう我慢が出来ないと仕切りにこちらに目配せをしてくるので、それを受け取りつつも食べそうになるのを制止し、全員が揃ってから声を合わせーー
「「「いただきまーす! 」」」
「ギィ! 」
「どうぞ、召し上がれ! 」
色々と考えさせられる事は山積みだけれど、何はともあれ今は空腹で目の前に食べ慣れたご飯が盛り付けられている……とくればやる事は一つ。
食べる。疲れた体を癒す為にも、英気を養う為にも先ずはお腹いっぱい食べるのだ。
卸したてで手に馴染んでいない食器を掴み、よそってあったご飯を口一杯に含んでよく咀嚼して……飲み込んだ。
上手い、なんだかんだ言ってこの味はエレナにしか出せない不思議な味で、体に力が戻っていくのを感じていた。
「……美味しい……なんでですか!? 」
「あの破天荒な作り方でどうしてこんな……良ければ秘訣を教えてもらえないですか? 」
「ふっふー、それはねー、料理はその場のインスピレーションが大事だからなんだよ! すなわち、よく分からないけど美味しい料理は作れちゃうの! 」
「「……全くよく分からない……」」
「後は愛も大事だよ! 食べて欲しい人の事を考えて、美味しくなーれ・美味しくなーれって愛情を込めると、きっと料理は美味しくなるよ! 」
料理の工夫というかレシピ的な事は一切抜きの精神論を二人に披露し、先程まで訝しんでいたのに、今では舌鼓を打つ二人を見てエレナは満足げに胸を張っている。
その楽しそうで幸せそうな姿を見る度に俺は、自分に課せられた事の重大さを見に染みて感じていた。




