治癒
✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎
「俺の力を貰うー? 冗談も休み休み言え」
「冗談? 俺はいつだって本気さ。お前の力は中々優秀だから俺様が使ってやるって言ってるんだ」
「バカな事を言い出したかと思ったら、今度はもう俺に勝てる気でいるのか? 現状を見てみろ、お前の攻撃は俺に効かない、正確には”効いても治る”だが、お前は俺にどうやって勝つつもりだ? 」
馬鹿かコイツ? それを言っちゃお終いだろうが。まあ、やる事はいつだってシンプルな方が良い。
正面切ってブッ殺す、それで奴の力を奪う。
”俺”と違って”アイツ”は忘れているみたいだし、俺がエレナを守れるだけの力を身に付けるんだ。
じゃないと、今のままでは大事なものを守り通せるだけの力が足りないかもしれない。アイツも薄々気付いてはいるが限界は直ぐそこまで来てる。
もっともっと力を求めよ、飽くなき力を求めた先に俺は掴みたいものを得る事ができるのだから。
だからこそ、今の俺はあの力が欲しい、だからこそ……殺す。
どんな手を使ってでも勝つんだ。ここは出し惜しみをしている場合じゃない。
俺は能力を限界まで使い、体がミシミシと音を立てて細胞組織の一つ一つが生まれ変わっていく。
爪は鋭利なナイフの如く鋭く尖って光り輝き、口から覗くは肥大化した犬歯、細いながらに筋肉の内包量が増えて人の頭蓋を果物みたいに割る事ができる。
加えて、左腕には攻撃を遮る為の盾が作り出されており、これなら頭目の重い一撃にも軽々と耐える事が出来そうだ。
あの日以来の本気の姿、湧き起こる力を制御せず、力の導きに従って好き放題に暴れるだけの存在。
全てが脆く見え、そして捕食本能が抑えられなくなる程に思考のリミッターを外している。
「う、嘘だろ……? こんな能力聞いた事がない」
どうやら頭目も、ここまで変わり果てた姿の人間は見た事がないらしく、思わず一歩後退りしてやがる。
でも、もう遅い、遅すぎるんだ。今の俺から逃げられる程お前は強くない。
それにしても、やっぱり好き勝手に使える暴力は気持ちが良い……ナニモカンガエナクテスムカラ。
タベヨウ、早くナニカおなかに入れタイ。
まあ落ち着けよ、早くしろと言わんばかりの本能の部分が俺を駆り立てる様に急かし、俺も期待に応えて男を見据えて体に力を込めた。
ほんの一瞬、軽く力を入れて大地を踏み込むと、俺は世界も時間も距離も置いてきぼり、視界から急に消えたもんだから男は俺を見失っている。
その無警戒な首筋、筋肉の鎧の合間にできた少ない隙間に指をスルリと滑り込ませるとナイフよりも鋭利な爪が奥深くへと侵入した。
気付いた男が腕を横薙ぎにして俺を打ち据えるが、俺は残っている腕で難なくその太い幹にも似た片腕を掴んだ。
「つーかまえた! 」
捕まえた腕を力の限り握り締め、首筋を根っこから引っ張ると二箇所から赤い血が溢れて出てきた。
腕は肉が握力と爪でボロボロになり、首筋に至っては、頭と胴を繋ぐ間の役目のある首に肉が残っていない。
「いただきまーす♬ うわー……なんか筋っぽい……」
「俺の……肉を食べてるのか!? 」
さっきまで人の体に付いていた新鮮な肉を、鮮度が落ちない内にナマでオイシク食べると口一杯に肉の旨さが広がっていく。
食べたいという衝動に対して、決して逆らおうとはせずに従順でいる今の自分はとても清々しい気分で、血の一滴一滴が体に漲ってきて新しい自分の一部になっていた。
しかし、深手を負ったのもつかの間、気付けばあっという間に男の瀕死級の怪我は全て元通りに。痛みは感じているだろうが、それを置いても強力な力である。
「モット……タベサセロ……」
「この野郎……だったらこれでも喰らいやがれ! 」
お返しとばかりに有り余るパワーを前面に出した剛腕が俺目掛けて唸る。俺はその動きを先読みして躱すと、さっきと同じ要領で大地を踏みしめ、目と鼻の先の距離にまで肉薄した。
手を伸ばせばなんだって届く距離、俺は男の胸に握手でもするみたいにスルリと手を伸ばし、何かを抜き取った。
赤い……それでいて少し黒ずんだ物体が俺の手の中でドクンドクンと脈打っている。
「生暖かい……ちょっとだけグロいけど」
「そ、それ……俺の……」
聞き慣れた音だが、実物をこの目で見るのは初めての経験、管が何本も垂れていて大きさは以外と普通。
次第に弱まってくる鼓動の音を聞いているとメトロノームの針に誰かが触れて、動きを止めてしまっている所だった。
「いやさー、これなら流石に死ぬんじゃないかと思って抜いてみたんだけどどうかな? 苦しい? 苦しかったらナニカイッテモイインダヨ? 」
「か……え……」
「嫌でーす♬ 」
音が消えるのも待たず、俺は赤い塊を握り潰した。
男の表情が絶望に歪んだ顔になるのを見て、俺の感情は最高にハイになり手から流れる血液はドロリと地面に汚く着地していった。
「う……あ……」
男は地面に伏し、依然として此方へと手を伸ばそうとしてくるが、ノロノロと緩慢な動きは見ていて滑稽で笑みが止まらない。
「あー、でもまだ死ぬか分からないんだよなー……っと、ふう……これなら大丈夫か」
言葉通りに、俺は奴の息の根を完全に止める為に首元に手を伸ばし、未だ動こうとしていた首を捩じ切る。赤い血流が草木を染め、胴体と分離してしまった首には、だらしなく舌を出した男の絶望した表情が固まっていた。
それでいて少し待ち、今度こそ体が再生していない事を確認すると俺は能力を解除した。体から疲れがドッと込み上げてきて、同時に持ち主が奥から返せとせがんでくる。
「まあ……久し振りに楽しめたし……今日はこれで良いか……」
俺は目を閉じ、瞳の奥で足を組んで座っていた男の手を引いた。紙みたいに軽い体重を立ち上がらせると、俺は目を見てこう言った。
「後は任せたぜ? 後始末はちゃんとやっておけよ」
意識の井戸の底にこの身を投げ出し、次の自分の出番を静かになった水底でジッと待ち続けた。




