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不敵

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 背中に突き刺さる匕首を力任せに抜き取ると、赤い鮮血が噴き出した。流石に背中に刃物が刺さったのだ、痛みに顔が一瞬だけ歪んでしまうが、動けない程の傷でも無かった。




 血だらけで掴んだままの匕首を歯の根元からヘシ折り、真っ二つに分かれた刀身は武器としての価値を失う。




 急所である心臓を狙っていたのだろう。横に避けた事で致命傷は免れた。背部の傷口から流れる血も、白狼の能力の補正からか止血が行われようとしていた。




「しっかし……これでもまだまだ平気そうとは、驚いたぞ」

「何で……お前は死んだ筈じゃ……」

「言ったろ? 俺は頑丈なんだって」

「頑丈なだけで傷口……というより怪我が丸ごと治るもんかよ! 」

「おっとあぶねぇ……! 」

 



 傷口を庇いながら剣を振るい、手ぶらで何も持ち合わせていない男に切り掛かる。その一閃は辛うじて浅く胸元を切り裂いただけで男はまたしても躱した。




 先程の両腕の件といい……能力か?




 誰の目にも能力であるという事は明らかなのだが、何の断定は出来ない……自分で能力について簡単に決め兼ねていると違った時に足元を掬われる。




「いきなり反撃とか……お前……聞いていたより血の気が多いんだな」

「黒衣の人物からか……? 」

「どうやら子分達から聞き出したみたいだな……彼奴らがそう簡単に口を割る筈がねぇ……何をした? 」

「何も? ちょっと優しく聞いてみたら簡単に教えてくれたぜ? 」

「血の気が多い癖に、減らず口な野郎だぜテメェはよ……」

「お前こそ、脳筋な見た目してる割に、子分が殺されても案外冷静なのな」

「いいや、腸は煮えくり返ってるぜ……でもな、それだけじゃお前に負ける……そう感じただけだ」

「野生の勘ってやつか? 」

「こちとら、長いことこの商売をやってるんでねぇ、時には逸る気持ちを抑えてでもやらにゃならん事もあるのよ……」



 ここに来て明らかに男の纏う雰囲気が変わっている。時間が経つたびに此方の出方がバレていくような……。




「来ないのか? ならこっちから行かせてもらうぞ! 」

「素手で来るのか!? 」

「へっ! 俺の本当の武器はこの体一つ! 子分達の借りを返すのも体で返さねぇと気が済まん! 」




 屈強な男の拳が俺へと迫る、その拳速は確かに中々に早い。ーーだが、丸腰で武装した相手に向かうには些か軽率ではないか。




 向かってくる進行方向に向けて刃を向けて力を込めるだけ、それだけで相手の拳は吸い込まれる様に切れ味抜群の刃物向けて一目散。




 ビンゴ……! 幾ら自慢の肉体だって、生身の状態で刃物相手に勝てる訳が無いだろ。




 ショートソードに肉が食い込み、男の拳が丁度真ん中で止まっていた。俺は今度こそこの男に致命傷を与えたのをこの目で視認している。




「それがどうした! 下手な小細工は俺には効かないんだって言ってんだろ! 」

「グハッ!!!! 」

「……これで一発……ふん! 」




 見落とした訳でもなく、準備をしていなかった訳でもない。だが、気付けば大振りなもう一つの拳が俺の顔面を捉えていた。




 豪快な一撃はシンプルなだけに頭が揺れる、中に入っていた柔らかな物体も入れ物ごとシェイクされてしまえば防御の意味を成さない。




 地面と空が交わって、グラグラと足元が覚束なくなるのを感じつつ、俺は何が起こったかを脳裏で瞬間的に整理した。


 


 自身の負傷した痛みに全く怯まない頭目は、残る腕での攻撃に全て力を注ぎ込んでいた。




 避けられる。それでもう一撃入れられれば今度こそおしまいだ。やるなら心臓部か頭部を一撃だ。




 無理に防ぐ必要もない。躱してしまえばそれでーー。




 軌道を読み切り、必要最低限の回避で攻撃を躱そうとしていた俺の体が手元から引き寄せられた。

 そして……勝手に動く体は拳の軌道上に戻り、俺は何も出来ないままに手痛いパンチを受けたのだ。




「でも……その手じゃ何も出来ない」




 肉を切らせて骨を断つ。言葉は知ってはいるが、これは流石にハイリスクハイリターン過ぎる戦法だぜ。

 奴さんの片腕は俺の剣で今度こそ完膚なきまでにボロボロだ。処置をしないだけでも致命傷な程の傷、如何あってもこれで決まりだ。




 骨まで達した傷口は、無理に俺を振り回した際の衝撃で更に奥深くまで症状を悪化させていて、熟れた果物が地面に落ちて割れた時の状態とよく似ている。




「それはどうだろうな? 」

「な……傷口が……! 」

「俺が無茶を出来るのもコイツのお陰よ……」

「傷口が……塞がっている……だと? 」




 痛々しい程に裂けていた筈の傷口が何事も無かったかのように塞がりつつあった。それも傷口に唾でもつけていて待つようなチンケな自然治癒なんかじゃない。




 時間にして数秒、瞬間的に治る訳ではないが、それでも少ない刻で傷口が傷跡すら残さぬ勢いで回復をして見せたことに俺は驚きを隠せないでいた。




「どうしたんだ? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして? 」

「そんか人間離れした光景を見せられちゃ、誰だってこんな顔位するさ……お前、能力者だろ。それも自分の体を治す治癒系の」

「流石にバレるか……御名答、俺は能力者だ……だが、それを知ったところでお前はじきに死ぬ……何の問題もない」




 正直に言うと手強い。そこら辺の雑魚と比べると段違いに強い相手だ。




 経験値の差から考えても、コイツを倒すのはかなり苦労するだろうし、危険も伴う。




 ーーだが、同時に俺の胸は高鳴っていた。




 何故だか分かるか? 分からないのなら教えてやる。




「その力……俺が貰うからなぁ♫ 」




 命のやり取りをしているというのに、俺の顔からはつい、不敵な笑みが溢れてしまった。

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