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奇襲

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 夕日が完全に落ちきった大地を一人で駆け抜ける影が一つ、彼の者の髪は白銀に染まり、悪魔の面をつけていた。




 初めて通る道すがらだと言うのに、全く迷う事なく一直線に目的へと迫るのには訳があった。




 一つは能力による補正。獣並みの嗅覚や聴覚に加えて今は夜、夜目が効くので辺りが昼間の様に明るく見えているので標的目指して迷わず進めるのは訳ない。




 もう一つはあまり時間を掛けられないからだ。

 エレナ達に心配を掛けず、尚且つ三人から目を離し過ぎるのも逆に何かあった時に対処できないという点で時間が少ない。なるべく手短に済ませるべき案件だろう。




 力を存分に発揮すべき時は今なのだ。そう感じた白銀の悪魔は、遮る物の無い闇の中を進む速さをさらに早めて闇夜に溶けた。






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「あのさー、まだターゲットまで辿り着かねーの? もう疲れて動けねーよ! 休む! 俺は休むぞ! 」

「はぁ? まだ何もしてねーだろーがボケぇ! さっさと仕事を済ませちまってから休めや! 」

「あん? お前さ、誰に向かってそんな舐めな口聞いてるの? また半殺しにされたいの? 」

「上等だ! 今度はお前をぶっ殺してやるから掛かって来いよ? 」




 熱り立つ二人の若い男性、人相の悪そうな二人は互いに仲があまり良くないらしく、今にも腰に付いている剣を抜き合って切り掛かりそうな程険悪な雰囲気。




 仲間意識というものを知らないのか、一触即発な状態を保つ二人の間に一際大きな肉体を持つ男が割って入る。




 醜悪な見た目にボロボロの布を纏っただけの簡素な服装、目立つ点といえば、腰には自分の得物がぶら下がっているだけだ。血で浅黒く染まったまま手入れのされていない得物は見るものに一層の戦慄を与える。




「お前らなぁ……喧嘩するのは後にしやがれ! 俺達のこの生業は遊びじゃねーんだ! もしもヘマでもしてみやがれ……お前らのクビが飛ぶことになるぞ」

「「へーい」」

「お前らは腕っ節は経つのに頭が良くない上に短気だからいけねえ……」

「へへへ、そこは兄貴が代わりに頭を使ってくれるし、俺達よりもよっぽど強いから俺達は安心してバカやれるんでさぁ! 」

「違いねぇ! 俺は兄貴の強さに惚れたからこうしてこんな気が合わねえ野郎と我慢してやってんだ」

「あぁ? もっぺん言ってみろや! 」

「あん? やるなら白黒つけるぞゴラァ! 」

「止めろっつってんだろ馬鹿どもが!!!! 」




 兄貴と呼ばれるリーダー格の男から目にも留まらぬ速さで繰り出される拳骨は二人の若者の頭上から降り注ぎ、痛みで頭の上に星が出てくる位には呻いていた。




「や、やめてくださいよぉ……兄貴のは特に痛いんですから……! 」

「だったらバカは止めやがれ! ……ったく、今日のターゲットは女三人に男一人で、全員まだ若いらしい……久しぶりの楽な狩りだからって油断するなよ? 」

「へへ、若い女が三人かあ……楽しみでさあ……」

「へっ、珍しく気が合うな……俺達の人数も丁度三人だし、殺す前にヤル事やっちまえるぜ……」

「男の方は最初にさっさと殺すぞ、そうすりゃ残りの三人も大人しくなって逃げ出そうともしないだろ」

「兄貴は何でもござれの大食漢だからなー、どんな女でも直ぐに壊しちまうから気をつけて下さいよ? 」




 むさ苦しい男達の下卑たる考えは似通っていて、緩んだ口元等は、一般的な人間なら誰しもが限りなく嫌悪感を抱く程の卑しさを含んでいる。




「まあ何にせよ、俺達のやることはいつもと変わらねぇ……奪って殺すだけだ」

「へへへ、違いねぇ」

「俺らは兄貴にどこまでも付いていきますよ」

「もうすぐ着くからいい加減気を引き締めろ……いいな? 」

「「……うっす」」




 陽気だった声がいつしかドスの効いた低い声に代わる。それに呼応して二人の雰囲気もガラリと変わり、顔付きは仕事仕様に。




 いつもと同じで、簡単に人の命を奪う。そして金目の物も奪う。そう、同じ事の繰り返し。




 三人は、縦列のままに歩くスピードを速めながら見晴らしの良い平原を足早に駆け抜けーーようとしていた……矢先。












 ーー先頭を歩く頭目の片手が切り落とされた。




「ん? 」

「あ、兄貴……て、手が……! 」

「手ぇ? 俺の手がどうしたってんだ……? 」

「片方……な、な、なな無い……! 兄貴の腕ガァ!!!! 」




 子分の言葉を最後に今度は反対の腕も地面に落ち、肉の中に詰まっていた流動体の何かが辺り一面に盛大に吹き出す。




「お、おい、誰か教えてくれ……さっきから手の先の感覚がねぇんだよ……誰か、誰か教えてくれぇえ!!!!!! 」




 男は自分の両腕が無い事に気付くと、顔面を蒼白させて地に崩れ、残った二人に血のシャワーが降り注ぎ続けていた。




 真っ赤に染まる草原には赤い水溜りができ、事態の深刻さを二人にまざまざと見せつけていた。




 そしてそこでようやく気付くのだ。自分達の尊敬する人物の目の前に一人の人間が立ってこちらを見据えている事に。




 男は面をつけていた。悪魔の如き形相の重々しく荒々しいデザインの面、その奥には闇夜に輝く赤い瞳が、地面の色と同じように存在していた。




 面の外には白銀の頭髪が靡き、自分達の身なりと比べて神々しさすら感じてしまう程に美しい。

 スラッとした身体に、得体の知れない太い線が一本通っている様な、明らかに格が違う相手が今もこちらをずっと見続けている。




「あ、ああ……」

「あに……兄貴……」

「手が……兄貴の手が無くなった……」




 放心状態の体は奥から震えが止まらず、血濡れたショートソードに反射する己の姿は、生まれたての雛や小鹿に見えた。




 恐ろしい……。ただ一点、それだけが男達の脳裏に刻まれていた。根源的な恐怖は人を支配し、思考を停止させる。

 そして、そんな二人に向かって悪魔の面を着けた人間は、この世のものとは思えない程に命に対して無機質な言葉を口から放つ。




「こんばんは、そしてさようなら」

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