察知
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「今日はここら辺で休もっかー! 」
「はーい! じゃあ、ミハルは近くで燃えるものでも探してきますー! 」
「あ、じゃあ私も行きます」
「……まさかここで野宿するの? 」
「「「そうだけど? 」」」
「あー、なるほど……忘れてた……」
誰一人文句を言うことなく一日歩き続け、俺達はかなりの距離を進めていた。
エレナの話では残り数日で最初の目的に辿り着くそうだが、それまでに立ち寄れる場所は勿論無い。
ならばどうするか、答えは自ずと見えてくる。
野宿をするしか無い。
何をすれば良いのか理解している三人は、俺を置いてテキパキと作業を進めていこうとしていた。対して俺は、少しの間棒立ちで三人を見つめている。
大通りから少し脇道に入った場所で、背の高くない木が周りをぐるっと取り囲むように視界から隠してくれる場所に四人は居て、夜を過ごすための準備をしている。視界が著しく遮られる夜間に動き回るのは得策ではないからだ。
ジェノヴァに行くまでは、休む場所として馬車があったし、同性では叔父さんがいた。
しかし、この場において男は俺とチビだけで、チビは元から論外であり数字には数えられない。なので、今現在はちょっとしたハーレムっぽい状態なのである。
周りから見て、美人と称されるであろう三人と共に夜を過ごすのはやはり不味い、かなり不味い。具体的に何が不味いって寝る場所に問題がある。
「寝る場所はどうするんだ? 見た所、テントとかは持ってきてないみたいだけど……」
「貼るタイプのテントはいざという時に片付けが出来なくて素早く動けないですし、今時ナンセンスですよお兄さん? 」
「そ、そうなの? 」
「なので、最近はこういった手軽な寝具がマストアイテムなんです」
「じゃじゃーん! ちゃんとレイの分もお父さんから預かってるから安心だよ! 」
三人の中で一番大きなリュックを背負っていたエレナがゴソゴソとリュックの中を漁り、中から取り出したのは何やら布を何重にも折ったような丸い塊。
色は赤色と青色の物が一つずつ。
「これはねー、旅をする人は大抵持ち合わせているアイテムなんだけど、少し離れて見てて」
一見、何の変哲もない丸い布の塊をエレナが地面に向かって放り投げると、地面に当たった瞬間に驚くべき反応を示した。
固まっていた丸が地面に触れると周りに一気に広がり、布の絨毯が一瞬にして周りを蹂躙する。
そして次に起こったのは、布の生地から棒状の様なものが垂直に持ち上がり、布を大きく広げて立体的な空間を作り出す。
投げて地面に接触してから僅か数秒、それだけの間でなんと簡易ではあるが人が数人は入れるだけの大きさのテントが完成していた。
それをもう一つ、色違いで一回り小さなテントを少し離れた場所に設置するとエレナは笑って言った。
「流石に男の子は別々のテントにしてもらったけど、何かあったら直ぐに来てもらえる様にあんまり中で荷物は広げないでね? 」
「お兄さん、ミハルは別にお兄さんと一緒でも良いですよー? 」
「「な、なにを!? 」」
「ブフッ! 何言ってんだ! 」
あまりに破天荒過ぎるミハルの発言に、女子二人はミハルを睨み付け、俺に至っては衝撃で飲みかけていた水を吹き出してしまった。
「ふ、不健全です! そんなっ! 男性と同じテントで晩を過ごすなんて! 」
「もー、お姉さん達はウブなんですねー! かーわいー! 」
「ぜ、絶対ダメだからね! 幾らレイでも……ダメだから! 」
「いや……ダメも何も、俺も無理だから……」
「えー! お兄さん男の癖にビビってるんですか? もっと肉食系にならないとモテないですよー? 」
会話がいちいち生々し過ぎる! エレナやポーシャよりも年齢が低い筈なのに、人間としての経験値でミハルの方が手慣れて見えるのは何故なのか。
指を口に咥えるポージングで上目遣いをして見せるミハルはあざとい、もうなんか凄いあざとい。
「でもー、よくよく考えてみてくださいよー。一つ屋根……じゃなかった、テントの下でハーレムですよ? キャッキャウフフな展開ですよ! 」
「キャッキャウフフ……」
「あー! お兄さんは今妄想をしましたね!?
「し、してない! 」
「隠さなくてもバレバレですよ? もう、お兄さんはえっちぃですね」
「に、荷物を広げてくるから! 」
「あー、逃げちゃって……ふふ、可愛いんだから……」
これ以上あの場にいたら、ミハルの良いおもちゃになってしまう。そう判断した俺は逃げる様に自分用のテントに避難した。
テントの中は見た目よりもやや広く、自分一人なら寝返りを楽に打てる位のスペースはある。
取り敢えず荷物を下に置き深呼吸、落ちつけ、落ち着くんだ、ひっひっふー、ひっひっふー。
自己流の精神安定法で落ち着きをなんとか取り戻し、必要最低限の荷物だけを中から取り出していると、外から何やら騒がしい声が聞こえてくる。
気になって入り口のシートを捲ると、三人が焚き火用に集めた資材の辺りで何かをしていた。
「……何をしてんの? 」
聞くところによると、今日の夕飯を誰だ作るかという点で話し合いをしていたらしく、結局当番制が採用されて今夜の夕食担当はエレナがするらしい……のだが、彼女の料理については二人は何も知らないのだ。
エレナは、よく分からない感じの食材をよく分からな感じの調理過程でよく分からないけど不思議と美味しい料理へと昇華させる才能がある。
だが、それはあくまで食べてから分かること、それまでの過程を見るだけではエレナの料理スキルを疑ってしまうのも無理もない。
「こ、これは料理なんでしょうか……? 」
「ミ、ミハルにも分かりません……」
「ひっどーい! 食べたら案外美味しいんだからね! ねぇ、レイ? 」
「……まあ、騙されたと思って食べてみて……美味しいから」
「「本当ですか!? 」」
「本当ったら本当なんですー! 失礼ちゃうなー」
どんな料理を作り出すのか興味が湧いてきた二人を置いて、俺は近くの丸太に腰掛けて様子を見ることに。
一息ついていると、ガサガサと近くの草葉が動き、一瞬だけ警戒した後に中から現れた存在を確認すると安堵が漏れた。
「ギィ! 」
「おーチビか、何かあったのか? 」
「ギ……ギュゥ……! 」
同じく暇を持て余すチビが頭の上に飛び乗ると、その重さで頭がグラグラと揺れる。
チビはさっきまで辺りを散策しに一人で散歩に出掛けていた。その中にはポーシャに文字通り死ぬ程触られるのを嫌がってというのも含まれていたのだが。
どうしてだか、チビの出す声音がいつもと違い、俺の髪を盛んに引っ張ってくる。何かを伝えたいみたいに。
「チビ、何か見つけたのか? 」
「ギィ! ギィ! 」
言葉が伝わらなくても意思は伝わった様で、嬉しそうに尻尾を振る姿はまさに忠犬。俺は白狼の能力を発動して感覚を鋭敏にする。
嗅覚と聴覚が人間の枠を超え、人ならざる者として辺り一帯の状況が湧いてくる水の如く頭に染み込んできた。
日は落ちているので姿は捉えられないが、北東の方角に少し離れた場所、そこに三人の人間の気配がする。足音からするにやや早歩きでこちらへと真っ直ぐ向かってきていて、この分だと数時間で野宿をしているここへと辿り着くだろう。
それだけならまだいい、同じ旅をする人かも知れないのだから。問題なのはその三人はエレナ達のような普通の人間の匂いではなく、人の血液やモンスターの血液の入り混じった殺戮者の匂いが放たれていたのだ。明らかにこちらに対して敵意を持っている。
「チビ、お手軽だぞ」
「ギィ♫ 」
チビの頭を何度か優しく撫でて俺は立ち上がり、テントへ戻ってショートソードを背負うと料理中のエレナ達に声を掛けた。
「ちょっと辺りを探索してくるからここで大人しくしててくれる? ここにはチビを置いておくから心配は無いと思うけど……いいかな? 」
「いいけど……すぐに帰って来ないと料理が冷めちゃうよ? 」
「なら、出来るだけ早く帰ってくるから。心配しないで」
三人に対して出来るだけ悟られない様に自分が離れることを話しておき、チビにこの場を死守する旨を伝えて俺はその場を離れた。
敵影は依然として歩みを止めることなくこちらへと突き進んでいる。出会うのは時間の問題だ。
だが、こちらも大人しくしておく訳がない。露払いは俺の役目だ。俺は叔父さん達に言われた言葉を思い出しながら闇夜を駆け抜けた。




