お触りタッチ
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「チビー? 来ちゃったのは仕方ないからいいけど、大人しくしとくのよ? 二人は大丈夫? 」
「ギィ? 」
「まあまあ、チビちゃん? ……もまだ子供ですし、ボディガードが増えたと思えば楽しいですよ。ね? ポーシャさん」
「そ、そうですね……私は別に……」
「だってさ、良かったねー! 」
「ギギィ! 」
旅のお供に加わったチビは、二人からの評価も悪くなく、頭を撫でられて気持ちよさそうに猫撫で声を出し、尻尾を左右にゆっくりと振る。
エレナのリュックに乗ったり、俺の頭に乗ったりと、忙しなく動く様は見ていて愛らしくはあるのだが、やはり成長期か、日を追うごとに段々と重くなっている感じがする。
「お前を乗せておけるのもいつまで何だろうなあ」
「ギギィ? 」
「その内にお前はチビって名前の割に図体がでかくなって、名前勝ちが過ぎるようになるんだ。だからさ、今の内からダイエットとかした方がいいぞ? 」
なんて、冗談をドラゴンに言ってみるけど、話の内容をさっぱり理解できていない子ドラゴンは楽しそうに俺の髪をワシャワシャしていて、ちょっと笑ってしまう。
無邪気に遊ぶ様に反比例する成長過程に少しばかり焦りを覚えつつあった時、ふと横を見やるとさっきまで無表情で無反応だったポーシャがこちらを見つめていた。
正確には俺の頭の上に乗って遊んでいる”チビ”を見つめていた。
俺の視線に気づき、慌てて目線を逸らすも、何となく物憂げて、しきりにチラチラとこちらを見ようとしているのが丸分かりである。
そんな羨望の眼差しを受けている当の本人は、他人の目線など何処へやら、まるで気にならないといった風に周りをキョロキョロと見回して何か面白い物がないか探している。
あ、今チビとポーシャの目が合ってる……。
蛇に睨まれたカエルの如く体の動きが止まり、目は大きく広がった状態で顔がプルプルと震えている。
「う……うぅ……//」
「ギィ? 」
流石に自分と目が合ったのだ、チビもポーシャがこちらを見続けていることを不思議に思い、小首を傾げながらジッと獲物を狩るハンターの様に見据えていた。
だが、それも束の間。チビは何もしてこない事に興味を失ったしまったのか、ポーシャからプイッと視線を逸らしてまた一人遊びへと興じる。
「あぁ……」
物足りなさそうに下を向いて俯く彼女。ここまで感情が露骨に出るタイプには見えなかったのだが、これはこれで可愛いと思う。不謹慎だけど。
だが、思いの外にショックは大きかったようで、次第に彼女の歩幅が小さくなって歩くスピードも落ちつつある。
「んー? ポーシャさん、どうされましたか? 」
「い、いえ……何でもないです……」
「それにしては顔色が悪いよー? 体の調子が優れないならそろそろ時間だし休憩とかするけど」
「別に体は問題ありませんから……大丈夫です……」
「そう……? なら、もう少し頑張ろっ! 」
「……はい」
”体は”ねぇ……。隠そうとしても本心が無意識の内にダダ漏れしちゃってますよポーシャさん。
出会って早々に俺に対して頼りないと罵倒をしてきた無表情な彼女の意外な一面。それが見れただけでも今回は良しとするか。
ガールズトークで盛り上がるエレナ達の後ろをひっそりと通り、俺はポーシャの横へとスライドして言った。
「あのさ……ポーシャ……さん? 」
「……ポーシャでいいです。……何のようですか」
うわっ、今スゴイ露骨に嫌な顔してる。やっぱりチビにそっぽ向かれたのがそんなに嫌だったのか。
「あの、用……って程ではないんだけど……さっきさ、ずっとコイツ……じゃなくて、チビのこと見てたよね? 」
「み、みみ、見てません! 」
「とか言いつつも、今も見てるよね……? 」
「そ、それはっ! ……偶々です……」
まだ言い張るか……なら……
核心を突こう。
「触らないの? 」
「さ、触る!? な、な、なな何に? 」
「そりゃ、チビだけど? ずっと触りたかったんでしょ? 」
「……別に私は……」
「隠さなくても良いから、筒抜けだから」
「つっ! 筒抜け!? 」
「もうね……体から触りたい撫でたいオーラが迸ってた……」
「……………………」
長い沈黙、その間は彼女は静かに下を向いて黙っていた。そして俺もそれを待ち続けていた。
「実は……私の家ではペットを飼うことが禁止されていて……ずっと夢だったんです……こうして触れ合える距離に動物がいるのが……でも、いざとなると触るのが怖いんです……」
「そっか……じゃあ、ポーシャの左手貸して? 」
「左手……ですか? へ、変なことしないでくださいね! 」
「しないよ! 俺はそこまで節操無い人間じゃないから! ただ貸して欲しいだけ」
「わ、分かりました……少しだけですよ? 」
「ありがとう……すぐに済むから」
「えっ!? 」
緊張で強張る左手を優しく握り、俺は手早くチビの体表に彼女の手の平を当てがった。
チビは急に初めての人に撫でられて一瞬驚くが、敵意が無いことを悟るとまた惰眠を貪ろうと頭を俺の髪に埋める。
反対に、夢にまで見ていたと言う動物を直に触るという目標を強引に果たしたポーシャの手は、どんどんカチコチと氷のように動きを止めていた。
「どう? これで触れるようになったでしょ? 」
「……は、はい……いきなり過ぎてビックリしました……けど、暖かい……」
「はは、チビは体温が高いからずっとこんな感じだよ。それに……他の動物もこんな感じ」
「そうだったんですか……不思議な触り心地……。ずっと撫でていたい……」
「チビが怒らなければ何時でも触って良いんじゃないかな? エレナなんてしょっちゅう触ってるし」
「……あり……がとう……ございます……」
「良いって、俺が何かしたわけじゃないしさ」
「……少しは見直しました……」
「何か言った? 」
「……いいえ何も」
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それから数時間、俺は自分の言ったことに責任を感じてしまっていた。
「ギィ! 」
「ウフフフフ……気持ち良い……」
「ポーシャ? そ、そろそろ止めた方が……」
「大丈夫です。チビちゃんは私に触られて喜んでいるのですから」
「ギギィ! グルルルル! 」
「いや、これは明らかに違うと思うんですけど……」
「そんな事はありません! チビちゃんは私の撫で撫でが気持ちよくて猫撫で声を出しているのです! 」
「ギィ! ギィ! 」
「そんなに喜ばなくても幾らでも撫でてあげますから……ウフッ……フフフ」
「……」
頑なに嫌がるチビを頑なに撫で続けるポーシャ。
一度慣れてしまえば歯止めがきかない性格らしく、ずーっとずーっとチビの体を隈無く撫で回している。
この一件から、ポーシャはチビの中で初めて生まれた第一級危険人物として、末長く警戒され続けるのだが、当の本人が気にしていないようなのでそれはそれで幸せなのか。
だが、ポーシャの事がこれで少し分かったし、前よりも少しだけ柔らかな表情をするようになり、今の方が出会った時よりも断然素敵だ。




