紹介
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「それじゃあ、いきなりだけど自己紹介から始めよっか! 」
ジェノヴァを出てから少し経ち、遠目にも都市の面影が薄まって見えなくなり始めた頃、不意にエレナが会話の皮切りを入れた。
四人は舗装のされた大通りを横並びで歩き、何かあっても良いようにと、俺は端っこでエレナの横に並んでいた。そうすることで俺の側、丁度左手に見える深い森から何かが現れても直ぐに対応ができる。
反対側には広々とした高原が広がっているだけなので、何かあっても口頭で伝えてくれれば事足りるし。とにかく、常に周りに警戒だけはしておかなければ。
「先ずは言い出しっぺの私からするね! 私はエレナ・ルシルフルです。歳はこっちのレイ……と同じで十六です! 好きなものは甘いもの! ……取り敢えずはこれ位かな? じゃあ、次をどうぞ! 」
本当に簡素な自己紹介を終えたエレナは、俺の反対サイドの隣にいるショートボブの女の子に話を振った。すると、彼女はクルクルとサーカスのピエロの様に回りながら前恵と進み出る。
洒落た貴婦人のような素振りで、エレナよりも短めのスカートの端を持って一礼をする。見えそうで見えない絶対領域が男心をくすぐった。
柔らかな表情で回り続けるその姿は、見ていて楽しくなりそうな、そんな心が温かくなる印象を受けた。
快活という言葉がこれほどまでに似合いそうな女性はそうそういないだろう。
「ミハル……じゃなかった、私はミハル・ジェシカです! 今をときめく十四歳で、ミハルって呼んでくださいね! 今は絶賛彼氏募集中ですー! 」
などと言いながらこちらを向いてウインクを一つ投げかけて来る。正直ちょっと嬉しいとは思っていたがそんな事にうつつを抜かす前に横から滲み出る邪悪なオーラに気圧されて落ち着いた。
「……次は私ですね。私はポーシャ・ヴェニスです。歳はお二人と同じで、好きなものや嫌いなものは特にありません。今回は自分の力を高める為に尽力していく所存です」
お、お堅い……これは破滅的な程にお堅いぞ。
真面目というか、愚直というか。何というかもう、他人との間に壁を何重にも作っていそうなタイプの女の子だ。それも同い年で、エレナ達と仲良くやっていけそうか心配なんだけど。
でも、笑えば可愛いと思うんだけどなー。
「最後は俺か……俺はレイです。名前の他には何も覚えていません。記憶喪失ってヤツらしくて、今はエレナの所に身を置かせてもらってます。趣味は……読書とか結構好きで、特技はそこそこ腕が立ちます」
「ふぇ〜、記憶喪失ですかー? 初めて見ましたけどお兄さんは名前しか本当に覚えてないんですか? 」
「お、お兄さん!? それって俺のこと? 」
「やだなー、お兄さんと言ったらこの場にお兄さんしかいないでしょ? ふふふ、お兄さんってばおもしろーい! 」
独特のノリと距離感で、そこそこにボディタッチを測ってるミハルは、男の相手は手慣れている様子があり、いきなり慣れない呼ばれ方をするとドギマギしてしまう。
「あんまりヘラヘラしないのっ! 」
「い、痛いって! 何だよ急に……」
「あって早々、年下の女の子に鼻の下伸ばしちゃって……知らない! 」
別にヘラヘラしたつもりなどないのだけれど、エレナは俺とミハルの会話を聞いて御立腹のようで、旅行用の厚底のブーツが俺の足に刺さっていた。
「あらあらー、お姉さんヤキモチですかー? 」
「ち、違うから! 別にそんなんじゃないし……」
「ふふ、そうですか……じゃあ……えいっ! 」
「うわっ! いきなり抱きついて何のつもり!? 」
「えへへー、ただのスキンシップですよースキンシップー! 」
何を思いついたのか、ミハルは俺とエレナの間に割って入るや否や俺の右手に体の絡め、少しばかり発達の良い肉体を押し付けてくる。
まさに禁断の果実。年下のまだまだ発展途上中のボディを一身に受ける右腕は、神経を集中させた神経回路として完成してしまい、エレナとはまた違う女性の香りにクラクラしそうだ。
「お兄さんって、見かけによらず筋肉質なんですねー? あっ、腹筋とか凄ーい! ぽこぽこしてる〜! 」
「……ど、どこ触ってるの! レ、レイも何時までベタベタ触らせてるのよ! 不健全です離れなさい! 」
「そ、そんな事を言われたって……は、離れてくれない? 」
「嫌ですよーだ♩ 」
段々とエスカレートしていく露骨なボディタッチ。最初は腕を絡めてくるだけだったのに、今では服の外から腹筋や二の腕を撫でるように優しく触ってきている。
エレナの言う通りミハルの行動は度を超えている。だが、かと言って強引に引き離すことなど俺にはできない。加減が分からないのだ。
「も……もう我慢できない! いい加減に離れなさい! 」
「ぶぅー! 別に良いじゃないですか、お兄さんはお姉さんの彼氏じゃないんでしょ? なら別に私がアプローチしたって関係ないじゃないですか! 」
「うっ……そ、それは確かにそうだけど……でもっ! 」
「彼女じゃないんだったら口出ししないで下さいよ。嫌ならお姉さんだって同じようにアプローチすれば良いんですし」
「……うぅ……レィー……? 」
エレナの泣き出しそうな声。今回はミハルに軍配が上がってしまったようだ。だが、俺は……。
「こら、良い加減に離れろ」
「きゃっ! もう……分かりましたよー! 離れれば良いんですよね? 今回は大人しく離れますよー……」
俺はミハルの顔を見つめ、少し怒気を込めて叱ると、従順素直に彼女は従い、直様俺の体から離れて元の隊列へと戻る。どうやら、単にエレナをからかいたかっただけのようだ。
「そう言えば、さっき触っていて気が付いたんですけど、お兄さんのカバンの中が動いていたんですけど? 」
「動いていた? カバンが? 」
「はい、ゴソゴソと音とか鳴ってましたけど気が付かなかったんですか? 鈍感だなー」
急いでカバンの中を調べると、確かに中でタオル一枚挟んだ見えない奥側が動いている。これは生き物だ。
恐る恐るそのタオルを掴み、えいやと引っ張り出すと、そこに見慣れた奴が息を殺して潜んでいた。
「……チビかよ……何で? 」
「チビー! 道理で朝出かける時に見当たらないと思っていたら……こんな所に入っていたなんて」
「ドラゴンですか? とても珍しいですね」
硬いイメージのポーシャが口を開いたと思ったら、全員が俺のカバンに視線を集め、集められた張本人は何も気づいておらずスヤスヤと寝息を立てていた。
これで判明したことがある。今回の旅は四人ではなく、四人と一匹によるものなのだと。




