出発
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荷物を全て包み終え、肩から鞄を下げた俺は、開け放っている扉から外に出た。日がまだ登ったばかりで空気が澄み渡っている。
人気の少ない朝の道を三人で歩き、外壁にある門の所まで静かに歩く、前を行く二人は不安そうな顔を浮かべながらも期待に胸を高鳴らせていた。
歩くこと数分、見えてくるのは数日ぶりに見る頑強なバリケードと白レンガの巨壁。そして加えて人の出入りを管理する為の城門。
そこで初めて気づくのだが、都市の中に人気が全く感じられなかった理由がそこには広がっていた。
視界を埋め尽くす程の沢山の人、人、人。
見渡す限りが人だらけで、都市中の人間が挙ってこの場に集まり、観衆は波となって俺達を迎え入れる。
まるでお祭り騒ぎ、それほど注目度が高い催しの一つなのだろうかと思案にふけっていると、二人の男性がこちらへと向かって来ていた。
その内の一人は見覚えがあった。屈強な肉体に負けず劣らずの黒鎧、兜の隙間から覗くのは野性味の溢れる顔つきの隊長さんだ。
都市の門の管理及び警備を任されているこの人がこの場にいても、何の違和感もない。だが、その表情はどこか緊張を感じさせるものがあった。
その原因として考えられるのは、隣を悠然と歩いていた一人の男性。叔父さんよりもやや歳をとっていて顔に蓄えた立派な髭に、体中のそこかしこに纏わせた絢爛な宝石がその身分の高さを物語っている。
「やあやあ、ルシルフルさん! 待っていました待っていました! こちらへどうぞ二人ともお待ちですので」
「これはこれは……ヴェニスさん、貴方が来るなんて珍しいですね! 」
「まあ、娘の晴れ舞台ですからね、流石に私も予定を繰り上げてでも来る価値はありますよ」
両手を大にして広げ、こちらへと好意を見せ付けるヴェニスと呼ばれる男性は叔父さんに熱く抱擁をした。絵面からしても暑苦しいので、直ぐに視線を背けてしまう。
「おぉー! 君がエレナちゃんだね!? お噂はお父君や噂で聞きしに及んでいるよ! うーん、噂よりも数段美人でおまけに気立ても良さそうだ! 」
「ど、どうも……ありがとうございます」
いきなり抱擁を止めて、エレナに向かって手を差し伸べるヴェニスさん。驚いたエレナが恐る恐る手を握り返すと、大きなスイングで振り回されていた。
「君とポーシャは同い年だから仲良くしてあげてほしい……っと、んんー??? 君は……そうか! 君がレイ君か! 私は君に一番会いたかったんだ! 」
「お、俺ですか? 」
エレナを強く握っていた手が不意に離れ、代わりに有無を言わせぬ早業で俺の手はヴェニスさんに握り締められていた。これでは抜け出しようがない。
「レイ君も娘と同じ位の歳だし、滅法腕が立つとこのジェノヴァでも君は評判なんだ! 男は君一人しかいなくて大変な事も沢山あるだろうが、三人のレディ達をしっかりとエスコートしてくれたまえ! 」
「は、はぁ……」
「そうだよ? 君の仕事はエレナ達を無事に連れて帰ってくる事だ。男だけで辛い事もあるけど君だけが頼りなんだからね」
「……分かってます。絶対に守り通しますよ」
「その意気だ! 男の子はやはり、これ位は言ってもらわないと! 」
「そうですとも! レイ君はとても良く働いてくれますし……ああ、そうだ。レイ君……他の女の子に手を出しちゃいけないよ? 」
「出しません!!!! 」
バシバシと背中を叩かれ、出会ったばかりの中年男性に背を叩かれて檄を入れられる。何とも不思議な光景である。
会話の内容はアレだが、楽しそうに歓談をする二人の中年を他所に、俺とエレナは黒鎧の隊長さんに連れられて門の手前まで連れられていた。
隊長さんが来てくれていたのは、人の波に二人が攫われない様にと気を回しての警備で、波を真っ二つに割る聖者の如く、その背中にピッタリとくっ付いていた。今、逸れると色んな人から声を掛けられて引っ切り無しに対応していたら日が沈みそうなのだ。
聞けば、警ら隊の方々も、今は半数がこちらの人の対応に人手を割かれているみたいで、少しだけ後ろめたい気分で歩いていると、門の手前にまた二人の人影が俺達を待ち構えていた。
一人は腕組みをして、一人はプーっと顔を膨らませてそれぞれに憤慨の表情を見せている。
「あー! やっと来ましたねー! もう、来るのが遅すぎるから待ちくたびれました! 」
「これで四人全員揃いましたか……一人の方は男性と聞いていましたが何だか頼りなさそうです……」
「……………………」
何だこの二人? ……会って早々いちゃもん付けられたんだけど大丈夫か?
待ちくたびれたと頬を膨らませている小動物みたいな女の子は、小さな背に見合うショートボブをしており、歳は俺達より二、三は下に見える。
そしてもう一人、出会い頭に人を貶してくれた彼女は、珍しい水色の髪の色をした女性で、掛けた四角縁のメガネからか理知的な印象を受けた。
「と、とりあえず! 自己紹介は後にするとして、このままいると他の方々の迷惑になるから、出発してから話し合おうよ! 」
エレナがその場の空気を察知して早めに助け舟を出してくれたお陰で、何とか事なきを得る。
「簡単な顔合わせは済んだかい? 今年は例外的に人数が少ない分、力を合わせて乗り越えるんだよ? 」
「そうだぞ? お前達なら大丈夫だとは思うが、くれぐれも油断だけはしないように」
「分かっています……父様もお元気で」
「……痛たたた……心配してたら胃が痛くなってきた……」
「もう! そんなに心配しなくても出来るって! お父さん達の方こそ元気でやるんだよ? 」
「……頑張りなさい」
「……うん」
「……」
それぞれに挨拶を済ませて、四人は足並みを揃えて門の前へ。俺は横目でチラリと見やると、楽しそうな表情を浮かべていたり、いつも通りな表情だったり、別れを惜しんで悲しそうだったりと、三人ともそれぞれ違った顔付きをしていた。
重い城門が開いていく音とともに、取り囲んでいた周りの歓声も最大級に大きくなる。そして、同時にこれから始まる四人の旅が始まった音でもあった。




