想い
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エレナを運んだ後に、俺は直ぐさまお店の入り口に掛けてあった『open』の札を『close』に掛け替えた。これで急なお客の対応に追われる心配はない。
叔父さんには後で説明をして謝れば何とかなるだろうし、お客さんについても誠心誠意謝ろう。
「これで……ヨシッと……! 」
目を覚まさないエレナを布団に寝かせ、昨日自分がしてもらった事と同じ要領で、氷水に浸したタオルを絞っていた。
彼女を運ぶ際に感じた熱を水で冷やし、水滴が出ない程度を見極めて額へと乗せる。
意識はまだ戻っていないのだが、乗せた瞬間にピクッと体が反応して硬直を見せていた。
振り返ってみると、彼女の眠っている姿を見るのはこれが初めてだったのだろうか。仕事中も家事もこなす間は絶対に居眠りをしない彼女が、今はこうしてスヤスヤと寝息を立てている。
毒を盛られた姫が、森の中で眠りから覚めないような、そんなシチュエーションではないのに、どうしてだろう、彼女の事を見続けてしまう。
美しいくらいに赤い髪は解け、整った顔立ちが布団の隙間から見え隠れしている。
手が届く距離にある『美』に、思わず視線が集まり、触れてみたくなる衝動に駆られる。
この部屋にいるのは俺とエレナの二人だけ。
ガラス細工みたいな、それでいて精巧な人形みたいな彼女の体に触れてみたい、触ってみたい、年頃の男性がこんなに魅力的な異性を前にしたら当然の様に湧き上がってくるのは、得体の知れぬ熱い感情。
布団から出ていた二本の腕の内の片方へと、自然に手が伸びようとしていた矢先、「……んん……」とエレナが首だけの寝返りを打ち、乗せていたタオルが横に落ちてしまう。
そこでもう一度冷静になってタオルをもう一度濡らして頭にかけてあげていると、ふと視線を感じてそちらを向いた。そこには目を開けたエレナがこちらをボーッと虚ろな瞳で見つめていた。
「レイ……? あー、冷たくて気持ち良い……」
「これ、冷やしたタオルだから。緩くなったら何時でも言って、でも驚いた、いきなりエレナが倒れるから慌ててお店も閉めちゃったし」
「……そっか……」
彼女の意識が段々と戻ってくるにつれてお互いの口数も少なくなり、終いには口を閉ざして静寂のみが部屋を包んだ。
「……」
エレナは顔の赤みが少しだけ薄らぎ、何を考えているのか、部屋の天井を一心に見つめていた。そして、俺はというと、そんな彼女の姿を何も考えずにただ呆然と見つめ返すだけだった。
「……ねぇ……レイは……さ、私のこと……どう思ってるの……? 」
「……え……? 」
「だから、私のことをどう思ってるの……教えて」
唐突な質問がエレナの口から飛んできた。俺がエレナのことをどう思っているか……。そんなの簡単じゃないか。
今まで思っていたことを今ここで伝えるんだ。
「エレナには……感謝してる……しても仕切れない位に……」
彼女を見つめ続けているとふと思う、考える、感じる。俺は彼女と出会えて幸せだったんだと。
こんな状況、二人っきりでゆったりとした時間を過ごしているからこそ分かることもある。
記憶を無くしてから時間が結構経つけど、未だに取り戻すきっかけすら掴めないでいる根無し草の自分に、住む場所をくれ、存在する理由をくれた彼女。
「俺は……君に出会えて良かった。この想いは本物だ」
「……私もレイと出会えて良かった……でも、私は違うことを考えてる……ねぇ……目を閉じて」
言われたままに目を閉じると、布団から体を起こした音が聞こえ、俺の頬に両手が添えられて優しい力に引き寄せられるままに俺は顔を近付けた。
「これが私の気持ち……そして精一杯だから」
頬に伝わる柔らかな感触、弾ける甘い香り。
頭が熱くなって熱くなって熱くなった。
俺は今……エレナに何をされた?
頭が上手く回らない、停止しかけのボロボロな脳味噌はオーバーヒートを起こして完全に働くことを止めた。そして目を開けると彼女は恥ずかしい感情を隠しきれない表情で笑っていた。




