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覚醒の兆し

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 盗賊という言葉とモンスターという言葉。

 その言葉を聞いたエレナの表情を見るだけで事態の深刻さを悟った。



 恐怖に心を縛られて、不安が顔に出ている。

 人の根源的な感情の力はとても大きい。どんな人間でも、一度恐怖を感じれば心細くなるものである。



「今は村の大人達ができるだけ時間を稼ごうとしている! 今の内に荷物を纏めて出発するよ!」

「どれくらい持つの!?」

「良くて……数分……」

「分かった……レイ! 手伝って!」



 エレナは言うや否や部屋に戻り、俺もそのまま大急ぎで荷物の運搬を手伝った。その間の数分間は、頭の中をアラームが鳴りっぱなしで恐怖心が心を覆い尽くしていた。



 荷物を全て荷馬車に移し終え、俺とエレナは荷台に乗り込んだ。この時のエレナの表情は固く固まって、ヒビの入ったガラス細工のように憂いている。



「大丈夫だよね……?」

「大丈夫さ……俺もいる」

「……うん」


 こんな言葉しか俺には言えなかった。



 それでも、彼女はそんな一言で安心した表情を見せてくれた。



 このまま、何事もなく済めばいいのだが……。



 叔父さんが馬の手綱を握りしめ、勢い良く振り下ろす。



 打たれた馬は大きく嘶き、強靭な足腰を駆動して町の外へ向けて走り出す。初めに村に来た時の反対側から出るのは、恐らく、逆側から盗賊達が押し寄せているからに違いない。



 村の入り口を抜け、ホッと一息ついた時、事件は起こった。



 荷物を確認していたエレナが、突然焦った声を上げたのだ。



「ない……ぬいぐるみが……ない!」

「それってお母さんの形見の……?」

「……あ! ベッドの上に忘れてた……」



 あまりの急な作業でベッドの上にまで注意が向かなかったことで、大切なぬいぐるみが取り残されている。



「……取りに帰らなきゃ……」

「嘘だろ……? 村には盗賊がいるんだぞ!」

「でも……あれは……お母さんの唯一の名残なの!」



 制止を振り切り、エレナは手綱を握って必死に馬を走らせていた叔父さんを止めようとする。



 いきなり後ろから手綱を奪われ、馬は驚いてその場で動くのを止める。その隙に、彼女は今来た村へと走り出していった。



「エレナ! 止めるんだ! 帰って来なさい!」



 父の言葉にも耳を傾けず、彼女は闇の中へと消えていく。そして、少ししてから村の方から火の手が上がるのが見えた。



「何てことだ……エレナ……」

「俺が行きます……エレナを無事に連れて戻ってきます……」

「レイ君!? ……いいのかい?」



 俺にできるのはこんなことしかない。

 せめてエレナが無事にここまで戻ってこられるように協力するのがせめてもの恩返しになるだろう。



「命に代えても彼女は俺が守ります……」

「分かった……エレナを頼むよ……私も荷物を林に隠したら直ぐに向かう」

「お気を付けて……」



 荷台から唯一の武器である護身用の鉄剣を引き抜き、俺は荷馬車から飛び出してエレナの後を追った。



 暗闇の道をひた走り、エレナの影が見えないか目を凝らす。



 何も見えない……。 村から上がる炎の明かりをもってしても、エレナの姿は映ることはない。それだけ本気で走っているのだ。



 村の入り口を走り抜けると、そこは炎に包まれた村が地獄に様変わりしていた。

 村の建物は焼け落ち、象徴だった巨大な風車は、羽根の部分が燃えながら回り続けていた。



(酷い……酷すぎる……これが人のやることなのか?)



 吐き気がする匂いの中、目的地であるエレナの家へ向かう。その途中にも、様々な家が壊され、何人かの逃げ遅れた人達の亡骸が見えた。



 見るに堪えない情景に、胸がざわつく。悪への憎悪と、心に芽生える恐怖が入り混じって、頭の中がグチャグチャになりそうだ。



「エレナ! どこにいるんだ!」



 家の戸を開けると、つい先ほどまで笑い合っていたリビングや、台所が全て火の海に変わっていて、中へ進めない。



「……レイ!」



 奥から俺を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 多分、エレナはまだ中にいる。



 行くしかない。この日の海の中を渡って彼女を救い出す。



 入り口に溜めてあったバケツの水を頭から被り、そのまま火の海へと突っ込んだ。



 劫火と煙が部屋を埋め尽くし、視界に映るもの全てが赤色に染まっている。エレナは恐らく部屋にいるに違いない。



 熱い、目がまともに開けられない……息も……上手くできない……。なるべく煙を吸わない様、姿勢を低くして服で口を覆いながら進む。



(彼女の部屋は確か……一番端にあったな)



 燃え盛る火の粉を手で払いのけ、エレナの部屋へ辿り着いた。



「エレナ! そこに居るのか返事をしてくれ!」

「……レイ? レイなの!? ……中から木が邪魔で開けられないの!」

「今そこを破るから、ドアの前から退けろ!」



 部屋の入り口に大きな木材が突き刺さっていて、それが脱出の障害になってる。



 一度深呼吸して、力を込めて鉄剣を振るった。



 焼けた木材を縦に両断してから、ドアの戸ごと蹴破って中に躍り出る。



 中にはぬいぐるみが焼けてしまわないように、しっかりと胸に抱きしめたエレナが煤こけて座っている。

そのエレナの手を強引に握り、家から飛び出した。



 新しい空気を求めて体が過呼吸になり、酸素の足りない四肢の動きが鈍い……。

 だけど今は何よりも、エレナを連れてここから逃げることが最優先される。自分の体のことなど二の次だ。



「エレナ、今からまた走るけど大丈夫だな?」



 エレナは俺よりも長い間中にいた所為で、喉の呼吸器官が麻痺して、口は動くが言葉が出てこない。



 だが、言葉は伝わらなくとも、意思は伝わった。再びエレナの手を握り、家から走り出すと、後ろの方で建物の崩れる音が響いていた。




ーーーーーーーー





 燃える家を避けながら、叔父さんの待つ所まで行くのは至難の技で、迂回路を余儀なくされる。彼女の手を離さない様に、しっかりと握り締め直した。



 村の出口が見えて、そこに希望を見出し始めた時、現実の無残さを知る。




「ここから先へは進めないよー」

「……盗賊!」



 出口との間に立ち塞がる1人の影。

頭にターバンを巻き、腰には血濡れた剣を刺したままの人間。体から出る悪のオーラは、人を何人も殺めたであろう証拠に他ならない。



「惜しかったねー! あと少しで脱出できたかもしれないのに、でも残念。 この村に残ってる生き残りはもう君たちしかいないんだ」

「他の人達はどうしたの!?」

「んー? そんなこと分かりきっているだろう? みんな死んだよ! 逃げた数人は知らないけどね」

「この……悪魔……」



 男はさも楽しそうに語る。

 おもちゃを見つけた時の子供の様に。

 エレナは怒りに震え、恐怖に身が竦んでいた。そんな彼女を俺は後ろに覆い隠す。



「でもさー、この村は本当に何もないね! 金目の物も食料もほとんど無いしさ、とんだ無駄骨だよ」

「なら、さっさと何処かへ行ってくれ、俺達は何も持っていないだろ!」



 事実、今の俺達は何も持っておらず、全ての荷物は叔父さんのに場所の中だ。このまま消えてくれれば、少なくとも、エレナの身だけは安全を保障できる。

それが今できる最善策だったり



「えー? ダメに決まってるでしょ? 僕は人を殺すのが好きなんだ! 何たって死ぬ時は綺麗な声で鳴くからね! だから、君達はここから生きては出さない」



 盗賊が口笛を吹くと、どこからともなく三頭の若い狼が現れて、側に座った。三頭とも、大の大人よりも巨躯で、口から出た鋭い牙と、何でも裂いてしまいそうな強靭な爪には赤い血糊がべっとりとこびり付いている。



「可愛いだろー? この子達は強いぞー? 何でも食べるし、何でも殺しちゃうから」

「どうして人間に山狼が懐いているの!?」



 愛らしい物を愛でる様に、盗賊は狼の毛並みを撫でる。狼も、触られることに身じろぎせず、大人しく体勢を崩さない。



「僕は小さい頃から動物と心を通わせることができてね、まあ、通わせられる生き物は山狼だけなんだけどさ。 それでも、彼らのことは自由に操れる」

「貴方……まさか能力者なの!?」

「そうだよー! 生まれてくる人間の中で、ほんの数パーセントだけが生まれつき持っている特別な力、僕は選ばれた人間なのさ!」



 事態が上手く飲み込めないが、アイツはあの凶暴な狼を操れて、俺とエレナの脅威になっていることは確かだ。これで、更に脱出と逃走の難易度が上がってしまった。



「これから君達はこの子達に食べられる訳だけど……んー? 後ろの女の子はよく見ると可愛いねー! よし決めた! 君は生かしておいてやろう! こっちにおいで!」

「誰が貴方なんかに……死んでもごめんよ!」

「……僕の言うことが聞けないのか……? いいさ、そんなに死にたいなら一息に死なせてやるよ」



 盗賊が口笛を二度ほど吹き、手前に座っていた一番大きな一頭が立ち上がった。体は他の二頭よりも逞しく、毛の色が他と違って白銀に輝いていた。



「この子は今日はまだ何も食べてなくてね、このままだと綺麗な毛並みが保てないから、美味しいご飯を食べさせてあげないといけないんだ」



 だから、と言いかけて止まる。



「エレナ……俺から離れるな」

「うん……分かった」



 剣を鞘から抜き放ち、歩み出る一頭に向けて構えた。焔の光が刀身に反射して、汚い笑みを浮かべる男の顔を映し出していた。



「死んでくれよ」



 最後の一笛が鳴るのと同時に、白狼が走り出す。

 距離にして数十メートル。

このままではあっという間に距離を詰められて終わりだ。だが、逃げようにも、相手の方が足が速いし、こっちにはエレナがいる。



 ならば、立ち向かうしかない、この殺意の塊と。足は竦み、歯がガチガチと震える。だが、後ろにいる存在のことを考えると、不思議と恐怖はしなかった。



 守りたい、この人だけは何があっても。その思いを力に変えて、振りかぶった剣を白狼に叩きつけた。



 硬い牙と打ち合う剣。

 両者の硬度は互いに譲らず、勢いの勝る白狼が俺の体を吹き飛ばす。弾かれる寸前、相手の瞳が合った。

捕食者の目、圧倒的な殺意の目が俺を見据えていた。



「レイ!」



 俺の体は宙を舞い、瓦解した家の破片に激突して止まった。体から逃げていく戦意と酸素。頭がクラクラして思考がブレる。



 エレナの声が遠くに聞こえ、何とか頭を振って意識を取り戻した。白狼の位置を探すと、白狼は狙いを近くのエレナに変え、今にも牙を突き立てようとしている。彼女の柔らかな肉に、その牙が。



「おい! お前の相手は俺だろ!」



 張り裂けんばかりの怒声で白狼を呼んだ。

 狼の聴覚はそれを捉え、あわやという所で俺の方に向き直る。そうだ、それでいい、殺るなら俺を先に殺れ。



「おら、早く俺を殺してみろよ! 出来ないのか? この犬っころが!」



 狼に感情があるのか俺は知らない。だが、今回に限っては確かなことが分かる。奴は俺を最優先に仕留めに来ると。



「ガルルルァ!」



 耳を覆いたくなる遠吠え、本気の怒気が体から滲み出ていた。再び走り出し、俺を襲うまで残り数秒。

何か手を打たなければ……。



 辺りを見回して、使えそうな物を必死で目で探す。

……あった、これを使えばどうにかできるかもしれない。



 距離があっという間に詰まり、白狼の立てる鋭い牙が首元を捉える寸前、俺は足元に転がっていた火の点いたままの木材で白狼を打ち据えた。



 獣は本来は火を嫌う。その性質は変わらない。目の前で打たれた熱の攻撃に、白狼の体は硬直していた。



「今だ! これでも喰らえ!」



 柔らかい何かを突き刺した感触と、遅れてくる衝撃。俺はまたも白狼によって、壁に激突するまで吹き飛ばされたが、これでいい。



 俺よりも奴の方が傷は深いのだから。



 まともに攻撃をしても、あの巨体だ、効果は薄いかもしれない。だから俺は、生き物共通の急所に剣を突き立てたのだ。



 右目に深々と突き刺さった鉄剣が、眼球を抉って脳幹にまで達していた。脳髄を切断された白狼は、事切れたように地に崩れ落ちた。



「やった……やったぞ……」

「そんな……馬鹿な……ただの人間相手に山狼が負けただと……?」

「レイ! 大丈夫!?」



 駆け寄ってくるエレナが見える。俺も早く立ち上がらないと、次の山狼がまだ後二体も残っている。



 体に力を入れて立ち上がろうとすると、腹部に激痛が走り視界がグラつく。言葉も出ない痛みの元を手で探ると、触った手が鮮血に塗れていた。

 さっきの衝撃で壁にあった木片が腹部に深々と突き刺さっていたのである。



「クッソ……痛ぇ……」



 引き抜こうにも、止めどなく流れる血液が、少しずつ体から力を奪っていき、抜く力もない。

 終いには、抜こうとする思考すら不安定で握った手も解けて落ちる。



 エレナが何か話しながら必死に傷口を触っているが、もう触られているという感覚も遠のいていた。



 地面が赤い……血溜まりが壁を境に半円状に広がっていく。頭が熱い、体も熱い。



「ごめん……エレナ……逃げてくれ……」

「ーーーー!」



 せめてエレナだけでも……。

 俺を置いて一人で逃げ延びて欲しい。



 思いは時として届かない。

 最後に見えたのは、彼女が泣きながら俺のことを抱きしめている姿。優しい腕に包まれながら俺は意識を閉じた。






























『それでいいの? もう終わり?』





ーーーードクン。

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