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果実

 ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎




 バターが焼きたてのパンの上で溶ける様に、彼女の滑らかな素肌は俺の体の上で艶かしいダンスを踊り続けていた。




 敏感になり過ぎた体のセンサーはオーバーフローを起こし、最早何が何だか分からないほどに感覚が狂ってしまっている。




「や……めろ、こんなの間違ってる……! 」




 自我を失いそうになる中、彼女は俺の言葉に反応を示して動きをピタリと止めた。そして体の密着感が消えたと思ったら代わりの言葉が降り注ぐ。




「何で? だってこんなにも体が火照ってるのに、どうして止める必要があるの? 」




 エレナの息の荒さは緩和されたものの、代替して魅惑的な大人っぽさのある口調になっていた。




「これはびや……薬の所為なんだ……! だから、こんな事はエレナだってきっと望んでない! 」

「……ふーん……でも、別にそんな事は今更どうだっていいよ……だって今が最高に気持ち良いんだもん!

 レイだってほら……こんなに体が求めたがってる……ふふ……」

「……やめて……くれ」




 言葉を待たずに再び襲い来る強烈な密着感、そして細くか弱い指先が俺の体のラインを優しくなぞる。

 基本的に力が微弱すぎる故に、触れられているかどうかの感覚が曖昧で、時折織り交ぜられる強弱に吐息が漏れる。


 


 一体いつになったら媚薬の効果が切れるのか、それだけでも分かれば突破口も見えてくるかもしれないのに。




 エレナはそれから男子の象徴たる反り返った胸板に顔を埋め、満足そうな猫撫で声を上げている。

 体が無意識にその華奢な体を抱きしめたくなるが、理性という名の自制心が愚行を止めようと電気信号を体に送る。





「……私は……取られたくないの……」

「……何が……? 」




 頭のすぐ下、首元の辺りにある見えない唇から、悔しさ混じりの言葉が耳に届く。情緒が不安定になっているのか、コロコロと感情が移り変わっている。

 花が咲き、実をつけて枯れていくみたいに。



「……誰にも……負けたくない……私が初めてなのに……取られるのは……嫌だもん……」

「……エレナ……」

「……だから……貰うよ……」

「ちょ! 何を!? 」

「……ジッとしてて……」




 今までにない優しい微笑み、体の動きはその表情を見るだけで止まってしまっていた。




 吸い込まれそうな唇が此方へとゆっくり、またゆっくりと少しずつ近づいて来ていて、いつの間にかエレナは瞳を閉じていた。

 長く嫋やかな赤い髪が、彼女の頬の色と同じ色に見えて、その熱さがこちらにも伝わってくる。




 このまま、このままでいれば俺は……。

 陽が落ちた暗い部屋で二人は完全に一つになれる。

















 『それでいいのか? 』




 頭に鳴り響く自分の声、心の中の水面に疑問という名の小石が投げ込まれた。

 たった一言、小さな小石が起こした波紋は、何も遮ることのない空虚な水面を縦横無尽に蹂躙した。

 



「……違う……こんなのはダメだよな! 」




 触れ合う寸前、俺は彼女と自分の唇の間に指を挟み込み、エレナは驚きのあまり動きを止めた。




 凍りつく時間は一瞬だが、稼いだ時は十分な価値に値していた。




「……あれ? ……私……何を……ってええ!? 」

「……間に合ったぁ……」




 精気が抜けたような声と溜息を一つ出し、エレナは飛び退くように俺から離れた。

 激媚薬とやらの効き目が切れて、彼女が自我を取り戻したのだ。




「良かった、元に戻ったんだよな……? 」

「わ、わわ、わ、私ったら……あぁあぁぁ!!////」

「ど、どうした!? 」

「な、なんでもないれす! 気にしないで!//」

「どう見ても大丈夫じゃないだろ……」




 呂律の回らぬ彼女は明らかに普通ではない顔をしていて、さっきよりも血色が良い、と言うより良すぎる。




「さっきのこと……覚えてるか? 」

「……何のこと? 」

「……なら良いんだ……忘れてくれ」




 幸い、記憶は飛んでいるみたいなので、これ以上先程のことを聞くのは止しておこう。思い出されでもしたら恥ずかしくて死にたくなってしまう。




「わ、私ちょっと買い物に行ってくるから!//」

「い……行ってらっしゃい……」




 機関車みたいに蒸気が頭から漏れかけていたエレナは、あたあたと病人の俺よりも慌ただしく覚束ない足取りで部屋を飛び出していった。




 部屋にポツンと取り残された俺は、糸の切れた操り人形のように力尽き、頼れる布団に体を投げた。




「……これで良かったんだ……」




 



 ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎





「……はあっ……はあっ……」




 扉一枚を挟んだ外に、一人顔を赤らめる女性がいた。

 心臓の音が聞こえそうなのを両腕で抑え、自分で自分の体を抱きしめて顔をしかめている。




「……はあっ……やっちゃった……私……やっちゃったよぉ//」




 動悸が激しく、今の顔を誰にも、特に彼に見せることだけは絶対に出来ないといった表情で蹲ったままで、一人声を漏らしていた。




「……レイ// ……全部覚えてるよ//」




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