置き土産
✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎
「エレナさん? 大丈夫ですか? 」
「えへへ〜大丈夫〜、何だかふわふわしてるよ〜」
「だ、大丈夫じゃない……! 」
言葉通り、体がどこか重さを感じさせない足取りで、覚束ないエレナは手に持っていた物を地面に落とす。転がってくる小瓶を凝視すると、そこに刻まれていた文字は赤くて大きな五文字だけだった。
『激媚薬注意』
アウトー! ハイこれは絶対にアウトだろ。
び、媚薬って……そんなもの一体どこの誰が……。
結論を出すよりも先に、接近する気配にハッとなり顔を上げると、足元に立って見上げていた筈の彼女の顔が、目の前にまで迫ってきていた。
「う、うわぁ! ち、近い近い! 近いって! 」
「えへへ〜、そんなに嫌がらなくっても良いじゃんよ〜」
「ノリが四十代で酒癖が悪い酔っ払いモードじゃないか……目がおかしいし……」
「あーん? 私の目を見て喋れやぁ〜」
「そして怖いっ! いつもより強引! 」
「な〜にをごちゃごちゃ言ってんだゴラァ! 」
何がふわふわしてるだよ! 完璧に悪酔いみたく絡んでくるんですけど! 人の頭を無理やり掴んで引き寄せてからの目と目でアイコンタクトとか聞いたことないよ?
いつもよりも匂いも顔も瞳も唇も近い。それら全ての情報が五感を通して外部から内部へと地続きに伝わり、脳内がフルスクランブルで緊急対策に追われている。
こんな時に限ってエレナの纏っている匂いが変わっていて、シャンプーを変えたんだとか、睫毛が意外に長かったんだとか、要らないことに気付いてしまう自分が憎い。でも、気付いちゃうんだから仕方がない。
余計なことを考えてしまっている所為で、彼女は俺の反応が薄いと捉え、余計に過敏な反応で様子を見ようと試みてくる。
「……ヒック! レイはね〜、女の子に手を出し過ぎなの〜! マリアちゃんにアンナさんに……どうしてそんなに引っ切り無しに女の子に手を出すの!? 」
「んなっ!? 俺はそんなつもりは! 」
「な〜に〜? ま・さ・か、自覚のないままでジゴロしちゃってる訳〜!? ふ……っざけんなぁ! 」
必死に弁明をしようとするが、言葉が口から出る前に強烈なビンタが頬を赤く腫れ上がらせ、痛みで頭がクラクラしてしまう。
「私だって……私だって……体が熱いのにっ」
「うぉっ!? 」
続け様に俺の体に重さが加わったかと思うと、後方に勢いよく体が傾き、大きな音を立てて布団へ押し倒された。
夕日も完全に落ち、部屋は既に薄暗くなっている中で、二つの影が一つになって溶けて消えてゆく。
倒された衝撃と、俺をゼロ距離で見つめる彼女の顔を見ているだけで、心臓の鼓動がドクンと大きく跳ねるのを感じた。
「はあっ……はあっ……はあっ……」
「エ……レナ? 」
「ふふふ……良いもん……私が……貰うから……」
一際大きな瞳が俺を捉え、恥辱に耐えられずに視線を逸らそうとするが、顔が石化でもしてしまっているみたいにピクリともしない。瞬き一つできない状態で俺も見つめ返していた。
夜目に切り替わっていない分もあり、代わりに鋭敏化した聴覚と嗅覚が、彼女の存在を知らせていた。体の奥がムズムズする匂いと熱っぽさを帯びた荒々しい吐息。
性をここまで意識させる欲望の声音に、体の奥が麻痺してしまいそうで、思考もまともに動かない。
「動かれると面倒だから……はあっ……はあっ……ごめんね……痛くしないようにっと……はあっ……」
エレナは上から押さえつけられる形で、両手を両手で、腰の両脇に足を開いて跨り、俺の動きを封じようとしていた。
だが、たかが女性の腕力、振り解こうとすればいつでも振り解けた。でも、彼女の瞳を見続けていると抵抗する気力が湧かなかった。
「ふふふ……抵抗しないんだね……はあっ……という事はレイも……熱いんだよね……」
「なっ!? やめっ……」
「んちゅ……やめ……ないよっ……はあっ……」
言葉だけの抵抗も虚しく、首筋にいきなり柔らかな感触を感じたと思ったら、瑞々しい唇が押し当てられていた。
そこから伸びる扇情的なフォルムの舌先が、ネットリと人肌の上をまるで型抜きでもするかのように艶かしくなぞっていく。
同時に、女性特有の豊かに膨らんだ部分が、俺の腹部を通して人肌と体温の心地よい熱さと柔らかさを全身に伝えていた。
形を柔軟に変える”ソレ”は、自分とは別の鼓動を体に打ち付ける波のようにゆったりと動く。
「……っ!? ……う、あっ……」
「どうしたの……顔が……体が熱くなってるよ……? ふふ……冗談だよ……私、分かってるんだから……」
「な……にが!? 」
「ふふふふふ……初めからこうしておけばよかったんだよね……まどろっこしいことは抜きにしてさ……」
蠱惑的な動きは休むことなく続き、その度に体がピクピクと痙攣するみたいな反応を返す。それをみたエレナは喜んでまた続ける。じっくり……じっくり……時間をかけて楽しむかの様に……じっくりと。
ーーーーーーーーーーーー
そのサイクルがどれだけ続いたのだろうか。自我を保つのが精一杯な俺に、時間の感覚と言うものはとうに消え去っていた。暗い部屋で身動き一つできず、無様になされるがまま。
依然としてエレナは体を捩らせ、俺の体を自由に楽しんでいた。一方で俺は我慢の限界が近い。
パンパンに膨れた風船に、針をどんどん無遠慮に押し付け続けているみたいな状況だ。長くは持たないだろう。
「……ねぇ……今幸せ? 私はね……幸せだよ……」




