不必要
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数時間前と全く変わらない状況に、俺はただ困惑するしかなかった。
違いがあるとすれば、妹が姉に変わった他には周りを取り囲む空気の質が少し前より余所余所しい。
「あ、あのー、何だか二人が帰った所為で、部屋が広く感じますねー! 」
「だ、だよねー! 二人っきりでいるには広すぎるよねこの部屋はー! 」
「「……」」
か、会話が続かない……!
原因としては幾つもの可能性があるのだが、一番に挙げられる要因としてはこの場に二人きりでいるからだろう。
実を言うと、俺とアンナさんがちゃんと二人っきりで密室にいるのはこれで二回目だったりする。
一度目は言わずと知れたあのお風呂場事件……。
あれからアンナさんとは普通に接していた筈なのに、二人だけの空間にいるだけでこの場の雰囲気が甘ったるくて仕方がない。
その気に当てられたのか、あのアンナさんですらさっきからソワソワとして長い髪の先を弄ってモジモジしている。
いつもはかなりラフな感じで俺をおちょくってくるアンナさんが、今日は嫌に大人しいのが余計に拍車をかけていた。
姉妹でも、元から内向的なマリアとは違う外交的権化のアンナさんがこうなっていることが、かえってギャップ効果を発生させてしまっている。
「わ、私もそろそろ帰ろっかなー……? 」
「……もう帰るんですか? ……あ」
この場の耐えがたい雰囲気に耐え切れず、先に根を上げたアンナさんの言葉に俺はつい反応を取ってしまった。
これじゃ、俺がアンナさんが帰ってしまうのを残念がって引き止めているみたいじゃないか。
いや、強ち間違いでもないんだけどさ。
「じゃ、じゃ……もう少しだけここにいる……//」
立ち上がりかけた御御足が再び床へと戻り、ペタン、と女性らしい座り方に。
更に追い討ちをかけるように、俺の服の裾の端をアンナさんは掴み、俺の動悸は殊更に加速する。
「「……//」」
居た堪れなくなった俺は、この何とも言い難い状況を打破する為に会話を試みた。
「そ、そう言えば! 三人が持って来てくれた物って何なんですか? 暇だから見てもいいですか? 」
「私のは……大したものじゃないけど、二人のは私も知らないから……見てみる? 」
「是非! よろしくお願いします! 」
力を感じていた裾から脱力を感じ、代わりに部屋の隅へと歩いていく足音が部屋に木霊した。
一名の病人を覗いてこの部屋には足音の持ち主しか居ないので、部屋の奥から手前に戻ってくる音が良く聞こえる。
その音に二つ足されているのは、袋の中で何かがガサガサと揺れている音だ。
二人の袋の内、一つは物凄く大き目の袋になっていて、残りの一つは逆にこれでもかも言う位に掌サイズの大きさ。極端過ぎる二つの包みは俺の心をざわつかせていた。
「これ……が、ミコトさんのお見舞いの品なんだけど、ここまで小さいとなると……薬か何かかな? 」
「俺は今、力が入らないんで袋の口を開けてくれませんか? アンナさんになら見てもらって構わないんで」
「分かった……ん……っしょ……と」
厳重にテープで封をされていたのをアンナさんは手早い動作でパパッと開けてしまう。
中身を俺が見てしまう前に袋の口から見えた何かが、アンナさんの視界に入り込んだ。
「こ、これは駄目! 絶対に見せらんない!//」
「な、何が入ったんですか!? 」
「い、言えない! これはお姉さんが責任を持って回収します! ……ったく、何てものを渡そうとしてるのあの人は……//」
「そ、そんなぁ……」
中に入っていたものが何か確認することもできず、口の開いていた袋を俺から隠す為にアンナさんは反対の方向をクルッと向いて、ゴソゴソした後にポケットにその何かを仕舞い込んでしまった。
あの反応……とても気になります。
「あのオッサン……後でキッチリ問いたださなきゃ……半殺しもやむを得ないわ……」
「な、何か言いましたか……? 」
「いいえ? 何も言ってないわよ? 」
「そ、そうですか……」
断片的にだけでも聞き出そうとしたのだが、アンナさんの目の色が明らかに戦闘時のモードになっていたので、止めておくことにしよう。
笑顔な筈なのに、体から溢れ出す殺気がこの後起こり得るであろう惨劇を予想させてしまう辺りが空恐ろしい。……殺すとか聞こえてたし……。
「そんなことより、ミズキ姉さんのを見てみない? 」
「そ、そうですね……」
素敵なまでの笑顔と目力で強引に会話を逸らすアンナさんに何も言えず、俺は先程の一件を忘れる事にした。要は気を取り直してってことだ。
「まぁ、ミズキ姉さんならどこかのボンクラみたいな物は入れてないとは思うけど……何コレ、奥に引っ掛かってて取れないな……」
アンナさんはゴソゴソと大きな包みに手を伸ばし、中に入っていた物を無理くり力づくで引っ張り出す。
強すぎる力は引っ掛かりを軽く外して、それ以上に有り余るパワーが袋の外へと中の物を広げていった。
バサッと大きく宙に浮き上がった物は、その正体を二人の前に晒し出し、その光景に息を飲んだ。
目の前に姿を現したのは、黒と白と青の布地だった。
「……これは……服? 」
「みたいね……あ、手紙も入ってた」
「俺宛にですか? 」
「みたいだけど……見る? 」
見ます。そう軽い気持ちで言ってしまったのだが、この時に俺はもっと事態の深刻さを考えるべきだった。
あの時に二人がしていた下卑たる笑みの訳、それがここに全て書かれてあったのだから。
アンナさんはハイッと手紙の中身だけを俺に投げ寄越し、女性独特の丸文字が数行書かれた文章に俺は目を通した。
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『レイ君へ……この手紙を読んでいるということは、恐らくその場に私はいないのでしょうね、この服は私とスーが苦心して選んだオススメの一品なの。もし良かったらその場に残ってるであろうローズちゃんに着てもらいなさい、きっと気に入ると思うわ』
『P・S スーが持ってきてる薬を食後に飲むと、より面白い事になるから、是非飲むと良いわよ♡』
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よし、取り敢えずミコトさんの件については、これ以上触れてはいけない事だけは確実に分かった。
この文面から察するに、面白い事とは即ち俺が何かしらの目に遭うということなのだから。
「……何で書いてあったの? 」
「ミズキさんが、この服をアンナさんに着てもらえって書いてました……」
「これを私が? うーん、どーしよっかなー……」
迷うアンナさんを見ていて気の毒に思うのだが、正直に言うと俺もどんな服が入っていたのか、それをアンナさんがどんな風に着こなすのか見てみたい。
ミズキさんとミコトさんが選んだというのがネックなのだが、それでも好奇心の方が勝ってしまい、俺も心の声は止められない。
「レイは見たい……?//」
「見たい……です」
「そっか……じゃあ着替えてくるから少し待ってて//」
「ですよね、すみませんでした……ってえ? 」
俺はてっきり断られるかと思っていたのに、俺の言葉を聞かずにアンナさんは服らしき物を抱えて扉から出て行ってしまった。
何故だろう、その時の顔は少しだけ嬉しそうな顔だった気がした。
それから数分後、彼女は装いを新たに、扉開け放って姿を現した。




