雨降る帰り道
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しとしとと、雨が降りやまぬ帰り道。
店を出た俺達の手には大きな包みが一つずつ。
中にはぎゅうぎゅうに詰め込まれたパンが入っていて、袋の口から少しずつ雨の匂いに混じって香りが昇ってきていた。
雨は何とか帰れるくらいには弱まったものの、傘を無くすと一発でビショ濡れ小僧に早変わりしてしまうレベルの雨模様。
二人は店の傘立てから手持ちの傘を掴み取り、大きく広げて帰ろうとしていた。
「雨は強いけど、早く帰らないとお父さんが心配しちゃうよねー」
「叔父さんも流石に雨が降ってることには気付いているだろうし、そこまでじゃないのか? 」
「いやいやー、こう見えて私は一応、ルシルフル家の一人娘だからね? 」
「なるほど……親としては心配性にもなる……か」
「そゆこと」
一人娘を持つ父親の気持ち……。俺は子供を持ったことがないのでイマイチな感情だが、実際の所はどうなのだろうか。
よくよく考えてみると、子が彼女の様な美人な一人娘なら、親の心配の度合いもまた違ってくるのかも。
などと考えながら、雨脚が強くなる前に来た道を引き返して歩き続けた。
「でもね……」
横で肩を並べて歩いていた彼女がこちらを向いた。
「私は、頼れるボディガードがいるから心強いっすよ」
肩を軽くぶつけられて、思わず顔が熱くなる。
何も言い返さずに歩き続けていたが、男としては、やはり女性に頼られるというのは嬉しいものだったりして。
自分の存在意義を肯定してくれる存在がいるだけで、人生は、人の心はとてもゆとりのあるものに変わる。
「キャッ! 」
「うわっ! 」
油断しかけていた時に横から打ち付けた突風。体ごと飛ばされそうになって足元に力を入れて踏ん張る。
幸い、彼女の方から風が吹いていたので、体を丸ごと預けられる形で彼女を抱き留めた。
彼女の後頭部が胸にすっぽりと収まり、改めて自分の方が男として大きいということを実感した。
預けられた体重の重さと、確かな柔らかさ、それら全てがモヤモヤしていた頭の中を払拭していく。
「怪我はない? 」
「ご、ごめん……//」
「仕方がないって、あんな風が突然吹くなんて誰にも分からないよ」
「ありがとうね、早速ボディガードとしての仕事が来ましたね」
「エレナの体は軽いから飛ばされない様に注意しておかないとな」
「てゆーか、いつまでも抱きしめられてると恥ずかしいんだけど……//」
「ご、ごめん!//」
顔が紅潮し、慌てて支えていた体を離して後ろに下がる。
「あ……傘が無い……」
「さっきの風か……」
エレナの手にあったはずの女の子用の傘が見当たらない。周りを見回しても影も形も残っておらず、雨の音だけがその場に響いていた。
「雨宿りできることろは……無さそうだ」
「走ればそこまで濡れずに帰れるし大丈夫大丈夫! ……クシュッ! 」
「無理するなよ」
彼女の体は正直者なので、自然とくしゃみが出てきてしまう。
「ほら、これ使っていいよ」
「駄目だよ、これはレイのだし……」
「元はと言えばこの傘もエレナの家の物を借りてるだけだからここで返すよ」
「あ! ちょっと待ってよ! 」
強引に彼女の手を掴み、サッサと傘を渡して歩き出した。
パンの袋は予め二重に袋を重ねてあり、口の部分も水は通さない様には包装されていたので何の問題も無い。
ちょっとだけ肌寒さを感じるものの、家に帰る分には余裕があるので何とかなりそうだ。
「もう……風邪引いても知らないよ? 」
「俺は頑丈だから大丈夫だよ、それよりもエレナが風邪を引く方が俺的には嫌だし……」
「変な所で強情っぱりだよね、レイって……」
「俺がそうしいんだからいいだろ別に? 」
後ろから追いかけて来たエレナに対して、俺はそう言い返す。
言っていることは本音で、彼女の辛い姿は見たく無いのだ。
「じゃあさ……えい! 」
「な、何してんの?// それじゃあエレナが濡れちゃうだろ! 」
「良いの! 私がそうしたいんだから! 」
だが、俺の思いとは裏腹に、彼女は体を俺に出来る限り密着させて、手に持っていた傘を俺の体と自分の体の間に立てようとしていた。
俗に言う『相合い傘』というモノと全く同じなのである。
「え、エレナは……恥ずかしく無いのか?//」
「恥ずかしいに決まってるじゃん!// ……でも……レイがずぶ濡れになるよりは遥かにマシだよ……」
俺の方が背が高いので、彼女は少しだけ背伸びをして傘を伸ばしてくれていた。それを見ているだけで心の奥が熱くなってきて堪らなくなる。
傘を彼女の手から取り返して、代わりに二人の間に傘を立てた。
「これで良いんだろ? 」
「何だかなぁ……ちょっとこっちに傘を向け過ぎじゃない? 」
「そんなこと無いよ? 気の所為さ」
「……そんな優しさも嫌いじゃ無いけど……」
「何か言いました? 」
「別にー? 何も言ってませんよー! 」
俺の顔を中心として、右側は雨による攻撃で全滅必死。それもその筈、傘を彼女体がスッポリと入る様に傾けていたからだ。
それでも、彼女と触れ合っている左側は右側の惨状以上の幸福感に満たされていて、心も体も暖かかった。
雨の日の帰り道、濡れるには濡れてしまっていたが、それ以上に彼女との距離は縮まった気がする。
これだから俺は雨の日が好きなんだ。
雨の日は、いつもと違うことが起きるから。
それから二人は一言も話すことなく家まで帰った。
その間を繋ぐのは一本の傘と降り続く雨。雨は降れども、二人の心は晴れやかだった。




