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運否天賦

✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎







 地面に蹲ったままで、ピクリとも動く気配が無い人を余所目に、机の上には大きなパーティー用のクジ引き箱が置かれている。




 黒い箱の外装には、天使と悪魔が互いに笑い合うように手を取り合ってクジを持つ格好をしていて、皮肉にしか見えてこない。




 公正を期す為に、一人につき一つずつ名前を書いたクジを中に入れて、引いた時に書いてある人のパンを食べようと言うルールで始まった。




「私のパンは”特に”腕によりをかけたから、みんな楽しみにしててね! 」

「楽しみです! 」

「姉御のパン、どんな味がするんだろー? 」

「た、楽しみだなー……」




 のっけから、この温度差である。




 無邪気で疑うことを知らない子供達は、まさかニックのお母さんがこれから楽しみにしているパンを食べて所為で倒れてしまったとは思いもよらないだろう。




 だが、俺だけは知っていた。エレナの料理が今回に限っては見た目だけでなく中身も相応に伴ってしまっていたことを。




 だが、一つだけ懸念があるとすれば、どうしてエレナの作ったパンが不発弾として錬金されてしまったのか。




 エレナの料理は、正直に言って見た目は悪い。お世辞にも美味しそうには見えないと言うのが本音のところ。しかし、彼女の料理は食べてみて初めて分かることなのだが味は美味しい。




 今まで食べ続けてきたけれど、一度だって料理の味に関しては問題無く、食中りや食中毒にもかかったことはない。




 目を瞑って食べてみれば何のことはない、少し感触がファンタジックな料理だったりする。




 それだけに、今回の事件がどれだけ危険さを孕んでいるかが予想出来ず、俺は身の危険に震え上がってしまって血の気が引いているんだ。




「先ずは、みんなの書いた名前のクジを入れてっと……まぜまぜしまーす」

「「まぜまぜー! 」」




 子どもの扱いが天才的に上手いエレナ指導の下、教育番組チックなコーナーが幕を開けていた。




「今日は何のクジ引きをするんだったかなー? 」

「「パン交換会! 」」




 流石に子供達は楽しそうに参加しているな。隣で胃をキリキリさせている俺を置いて場の盛り上がりは右肩上がり。




「これでもう、どれが誰のクジかは分かりません。では、ここで算数の問題です、自分のクジが当たる確率は? 」

「え、えーっと……」

「僕達が今はここ四人いて……クジも四本だから……」




 四分の一、四分の一で最悪のクジを引いてしまう。

 当たる確率は低そうに見えても、当たらない確率は四分の三しかない。




「四分の一です! 」

「おぉ! 正解です、やるねぇ」

「えへへへ//」




 子供は褒められて伸びる、普通に見ている分にはとても微笑ましい光景なのだけれど……。




「それじゃ、それぞれにクジを持ってくださいね」

「「はーい! 」」

「……はい」




 ゲーム内容が全然全く微笑ましくないって所が最悪だった。






ーーーーーーーーーー






「みんなクジを引いたところで、一人ずつ開けていきましょー! 」

「「イェー! 」」

「先ずは言い出しっぺの私からだね……よいしょ」




 エレナが手に握り込んでいた紙をゆっくりと開くと、黒く滲んだインクで太い名前が書いてあった。




「あ、それは僕のです! 」

「という事は私はニックのパンが当たったんだね」

「あ、あぁ……三分の一に……」




 これで当たりを引く確率が跳ね上がり、それが意味するのは死への階段を一歩上がったということ。




 自分の顔から血色が悪くなるのを感じながらも、心臓の音は次第に大きくなる。




「これが僕の作ったパンです、お母さんと同じになっちゃったけど味は大丈夫だと思います! 」

「どれどれ……ニックの作ってくれたパンはお店のと同じで綺麗に出来てる出来てる! 味も……うん、美味しいよ! 」




 ニックが差し出した如何にも涎が出そうな位のパンは、エレナが食べて頬っぺたが落ちそうなリアクションに違わぬ完璧な焼き上がり。




 デコレーションは、簡単なクリームだけだと言うのに、生地は柔らかそうでモチモチとしている。




 美味しそうなパンを美味しそうに食べてるエレナが、モグモグと顔を綻ばせて食べ進めていて、とても愛らしい。




 い、いいなぁ……。




「次は俺が姉御のパンを当ててみせます! 」

「お、ヒカリちゃんはやる気満々だね! 」




 パンを食べ終わるのを待ち切れず、直ぐさまクジを開封したのはヒカリ。




 周りの期待と同じく、俺もヒカリに当たって欲しいと切に願っている、いや本当に。




 願いを込め続ける俺を置いて、そこに書かれていたのは、見慣れた自分の文字が黒いインクに刻まれていた。




「やった! 姉御のパンじゃないけどアニキのパンだった! アニキ、一体どんなパンなんですか!? 」

「に、二分の一……」




 茫然自失の俺は、魂の抜ける音を喉の奥から掠れる様に出し、四肢に力の入らない状態で自分のパンをヒカリに渡した。




 これで二分の一、二回に一回は引いてしまう計算。

 目の前に敷かれたレールの右か左を選べば、そのどちらかかが地獄へと続いているといっても過言ではない。




 もしも、神という存在がいるのなら、今頃俺の表情を見て笑い転げているんだろうか。




「うわぁー、可愛いウサギのパンだぁ! 」

「凄い……レイってこんな才能あったんだ」

「アニキはやっぱり凄いです! 」




 ヒカリは年相応の女の子みたいな可愛らしい反応を示し、残りの二人もそれなりに好評の反応を示してくれた。




 デコレーションで、チョコを使って耳を描いたり、頬の部分は赤いジャムソースで色付けをしたりと、やってみると意外と楽し過ぎて、作業がノってしまってのだ。




 自分から贔屓目に見ても中々の出来で、ヒカリの口に食べられる際はちょっとだけ胸が痛かったり。




「それじゃあ、残るはエレナの姉御の分とヒカリが作った分ですね」

「そ、そうだな……」




 感傷的だった所を嫌な一言で現実へと引き戻される。




 そうだ、俺にとってはここからが本当の勝負になるんだから、気を抜くことは決して許されない。




 残るクジはあと二つ、一つは俺が持っていて、もう一つはニックが握りしめている。このくじの結果次第では、俺が今日を生きるか死ぬかがハッキリと分かれてしまうだろう。




 ヒカリの方はニックが監修していてのパン作り、本人の腕前を見ても見逃しなど無いだろうし、きっと普通以上の美味しいパンが待っているに違い無い。




「引くんだ……俺の力で引き寄せてやる……! 」

「アニキ……、何だか分からないけど凄い迫力だ……」

「そこまでして、姉御の作った手作りパンが食べたいっていうのか……流石だぜ……」




 逆だ、二人の言っていることの逆なんだと声を大して言ってやりたいが、そんな事は口が裂けても言えはしない。




 二人の言葉を胸に残して、俺は二つに折られた紙に指をかけ深呼吸をする。




 大丈夫だ、自分を信じろ。




 俺ならきっと引ける筈、明るい未来をこの手で掴み取ったんだと証明するんだ。




 己を信じ、恐怖に立ち向かう物を人は勇者と呼び、周りは褒め称えるものだ。今の俺が丁度それに違い。




「それでは、せーので一緒に開けましょう」




 コクリ……、俺は無言で頷いた。




 二分の一が何だって言うんだ、二つに一つは大丈夫な物があるんだから、それをただ漫然と引いてやれば良いだけの話。何を怖がることがあろうか。




 行け、飛べ、俺ならこの状況も引っ繰り返せる。




「行きますよー? ……せーのっ! 」




 汗でジットリとした紙の端を勢い良く開いた。








 




「レイ、おめでとう」




 悪意の無い笑顔が、神が俺にどんな現実を突き付けたのかを悟らせるには充分だった。

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