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パン作り教室その①

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 パン工房に足を踏み入れると、そこはパンの香り一色な世界が広がっていた。




 粉っぽく、何処か香ばしい、そんな良い匂い。

 まだ何もしていないのに、お腹の音が自然と聞こえてしまいそうで、慌てて考えを他のことにスライドチェンジした。





「そろそろ始めますけど、みなさん準備は良いですか? 」

「「はーい! 」」

「では、先ずは料理についての腕前を教えてもらいたいのですが、この中でパンを作った事がある経験者の方はいますか? 」

「……クッキーとかなら作ったりするんですけど……」





 実家であるニックは当然の事ながら手を挙げているが、残りの面子は誰一人として手を挙げない。

 唯一可能性がありそうなエレナも、パンとなると本格的すぎて手を出していないのか手を挙げれていない。




「クッキーですか……まぁ、お菓子なら材料の分量比の測り方や材料名は少し分かると思うので、大丈夫ですね」

「た、多少はですけど……」

「じゃあ、今回は二組にチームを分けてやりましょう。チーム分けはえーっと……」

「僕はヒカリと組むよ、その方が歳的にもバランス的にも良いと思うし」

「それもそうね、ニックなら大体の手順は分かるし、エレナちゃんも料理経験が豊富らしいから丁度良いわ」




 こうして、二チームによるパン作り作業が開始する。

 



「ニックとだったら大丈夫かな」

「アニキ達よりも美味しいの作ろうね! 」

「それじゃ、レイよろしく! 」

「料理経験者のエレナに頼らせてもらうから頼むな」

「まっかせといて! 絶対美味しいパンを作るんだから! 」

「おお! 凄く頼もしいじゃん、これなら安心して任せられるな」

「大船に乗ったつもりでいてね」




 俺はここで、最大のミスをしてしまったことにまだ気付いていない。

 本当に初歩的で平凡なミス、誰もが気付きそうなある事を俺はのほほんとしていて見逃していた。それも決定的なミスをだ。




 エレナの……エレナの料理過程の腕前を忘れていた。




「これから作るのは、簡単なちぎりパンです。材料は以下の物を使用するのでメモを取る方はどうぞ」




 ① 強力小麦粉 280g


 ② 砂糖 大さじ1


 ③ 塩 小さじ1


 ④ ドライイースト 小さじ1


 ⑤ ぬるま湯 180cc


 ⑥ バター 5g


 ⑦ デコレーションチョコソース 適量


 ⑧ チョコスプレー 適当


 ⑨ トッピング用シュガー




 ※ ⑤に関してはお好みでレモン汁やオレンジ果汁を足してみると、爽やかな味になります。




 ※ ⑦に関しては、デコレーションですので、お好みでクリームやソース系、中に混ぜるドライフルーツ等も入れてみると幅が広がって面白いです。




 ※ これはあくまで参考なので、ご自分で材料は調整して下さい。





 流石は女の子代表、俺とは違ってエレナとヒカリは進んでメモを真剣に取りながら話を聞いている。




「じゃあ、手順を一つずつ教えていくので真似をしながら見聞きしてください」




 ニックのお母さんがまず最初に取り出したのはボウル、それも少し大きめのサイズを使用していた。



 

 そのボウルの中に小麦粉、砂糖、塩、ドライイーストの順番にボウルに入れ、ぬるま湯を注ぎ手早くこねる。躊躇はせずに丁寧且つ大胆に。




 次に、生地の部分が、最初はベタベタと手に付いて気持ち悪く感じていたが、次第にまとまりが出来てきて、何となくパン作りをしている気分で楽しい。




 だが、そのすぐ横では忘れかけてた大惨事が巻き起こっていた。




「あぁぁ! ド、ドライイースト入れてなかった! ……っと思ったら今度はお湯の分量違ってたぁ……」




「だ、大丈夫ですか? 」

「だ、大丈夫です! ご心配なさらず続けてください! 」




 思わずニックのお母さんがヘルプに入ろうとするが、なまじ料理人としてのプライドが邪魔をするのか、一人の女として負ける気になるのが嫌なのか、受け入れを断固として拒否するエレナ。




 跳ね返った粉が髪に付いたり、ベチャベチャのペースト状生地が顔に付いたりと、まあ大惨事。




 流石は料理の過程に一波乱起こすことで定評のあるエレナさんだ。ちょっと跳ねたクリームとか生地がエロスに繋がってるところが堪らない。




 だが、このままだとパン作りの雲行きが怪しくなるので俺が助け舟役を買って出ることにした。




「エレナ、俺の方もあんまり進んでないから一緒に一つのボウルを使わないか? その方が多分上手にできると思うんだが……どうかな? 」

「しょ、しょうがないなぁ……レイは初心者だから私が手伝ってあげないとダメダメだからね」

「ダメダメですみませんね……」




 周りからの無言のアイコンタクト、言わなくても想いは通じていた。




『良くやった……』と。




 二人で一つのボウルを使い、二人分の量を俺が入れて押さえたボウルをエレナがかき混ぜる。勿論、今度ばかりは滞りなく作業は進んだ。




 この作戦は、周りとのペースを合わせ、確実にパン作りを成功させる他にも、俺にとってのラッキーイベントが存在していた。

 二人での作業をするという事で、俺はエレナととても近い距離で料理をすることができ、そのお陰で自然と会話も増えて親近感が増す。




「こうして私とレイで一緒に料理をするって、何気に初めてのことだよね……何だか嬉しいな//」

「俺はいつもエレナに任せっきりだったからな、その……今まで色々とありがとう//」

「これからは、偶にパンとか一緒に作れると良いね」

「叔父さんにも教えて三人で作ったりとか楽しそうだけど」

「そ、それも良いけど……二人でも作りたいな……なんて……//」

「そ、それもそうだな……//」




 エレナも何処となく楽しそうで、弱々しいながらも懸命に生地をこねていて、その姿が見ていて微笑ましい。

 力を入れすぎて、時折ぶつかってしまう手と手。

 腕の全神経が当たった部分に瞬時に集約して、心臓の音を高ぶらせていく。




「あ、ごめんね//」

「べ、別に大丈夫だから気にしないでいい……//」




 触れた部分が柔らかくて軟らかくて、水も弾く弾力性も兼ね備えた無敵の肌に意識が吸い込まれそうになる。

 既のところで自尊心を奮い起こし、何とか本能を押さえ付けてから理性の縄で雁字搦めにしていた。





 幸せな時間は短く感じてしまうものだが、今だけは神に一つだけ願いを叶えて欲しい。




 こんな幸せがいつまでも続きますように。









 あぁ、雨の日……万歳。




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