見落とし
✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎
天気が目紛しく変化していて、今度は雨の代わりに風が強くなり始め、急いでお店へと飛び込んだ。
店の外の傘立てに傘を畳んで放り込み、服についた少しの水滴を弾きながら二人で一緒に入店した。
「ごめんくださーい! 」
「いらっしゃいませ……ってアニキ!? 」
「ニック、元気にしてたか? 」
「はい! 最近やっとお母さんも元気になってきて、今ではパンも毎日焼いてますし、手伝いもやってます! 」
彼の表情を見るだけで、病床に臥せっていた母の容態が心配ないのだと悟り、胸を撫で下ろす。
前に訪れた時はニックのお母さんはベッドで療養中で、叔父さんに頼まれていた郵便物がその病の特効薬となる薬草だったことで事無きを得たのだ。
「ニック、このパンを売り場に置いといてちょうだい! 」
「お母さん! アニキが来てるんだよ、こっちこっち! 」
焼き立てのパンの芳ばしい匂いを連れて、ニックのお母さんが工房から顔を出すと、ニックはそれ今とばかりに手を引っ付かんで俺達の前に引きずり出した。
「あらあら、誰かと思ったらレイ君! どうぞごゆっくりしていってください」
「そうだよ、アニキは俺の師匠なんだから、何だって安くしてもいいよね! 」
「そうね、お好きな物を持って行ってください。それでも恩は返すに返しきれないですけど、あの節は本当に助かりました」
生真面目に頭を下げて礼を尽くすニックのお母さんに態度が改まって、背筋がピンと直ってしまう。
「でも、本当に良いんですか? こんなに良い物をタダで頂くわけには……」
「あの……こちらの方は……? 」
「こちらはあの手紙の差出人の娘です」
「まぁ……では、ルシルフルさんの娘さんですか? 」
目をパチクリさせて驚きを隠せないニックのお母さん。エレナと同じで感情が表情に出やすい……というかそのまんま出てしまうタイプ。
「そういう事になりますね。あの時に貴方が父を助けて頂かなかったら、私はここに居なかったかもしれません、父を救って頂きありがとうございました」
「それはお互い様です。私は代わりにルシルフルさんに昨今助けて頂いたばかり、世の中持ちつ持たれつとはよく言ったものね」
「そうですね、ふふ」
「でも、ルシルフルさんの娘さんがこんなに綺麗だったなんて……えっと……」
「エレナです、エレナ・ルシルフル」
「そうですか、なら、余計に持って行ってらしてください。決して上等な物ではありませんが、味に関しては自信があるので」
「ではお言葉に甘えて……」
共通の知り合いの話題から始まった二人の会話に入れず、男二人で店内を見て回る事にしていた。
「アニキ、あの人すっごく美人だけど、アニキのコレ? 」
「ち、違うよ! 確かにエレナは美人だけど……まだそんな……てか、小指立てなんか何処で覚えた……」
「あの人、綺麗だし優しそうだし、アニキにピッタリだと思うよ」
「お前、見ない内に随分とマセたな……」
「これ位普通だよー」
最近の子供は進んでるなぁ……。
「じゃあ、ニックにもガールフレンドとかいたりするの? 」
年頃の男子には核心を突く一言。
居たらいたでかなりショックを受けてしまうのだが、聞きたい衝動は止められない。
「ぼ、僕は……別にいないよぉ? 」
「その顔と声……本当にお母さんにそっくりなんだな」
遺伝とは恐ろしい、逆に聞いてみるだけで、まさか目の開き方や声の出し方まで、何から何まで母親とそっくりで、心を読んでくださいと言っているようなものだ。
「誰だー? 俺はお前のアニキだから、子分の色恋沙汰については知っておかないといけないんだから、教えろよー」
「幾らアニキでも言えるわけないよー! 僕だって一人前の男なんだから」
「へぇー、言うようになったじゃん」
「まぁね、何たってアニキの第一の子分なんだから」
えっへんと小さいながら胸を張る姿は、見ていて微笑ましく、これからの成長が楽しみでもある。
「あのー、すいませーん! ニック居ますかー? ……ってアニキ!?」
「同日二回目となると慣れてくるな」
「この子は……確か前に来てたヒカリだっけ? 」
「そうです、家が隣だから遊びに来たアニキの第二の子分です! 」
前と同じくキャップ帽を深く被った男の子で、些細なすれ違いからニックと揉めていた張本人。今は互いの蟠りも解けて、仲良く遊んでいるみたいだ。
その証拠として、雨の日だと言うのにわざわざ遊びに来るくらいの仲にまで復旧しているのだから。
「アニキはここで何をしてたんですか? 」
「俺か? 俺はここに買い物にだな……」
「アニキってば美人の彼女と一緒に来てるんだよー! 」
「本当!? アニキって案外モテるんだ」
「案外は余計だし、付き合ってもいません! 」
「本当かなー? 」
「二人してニヤニヤしてんじゃねーよ……」
「何々ー、何話してるのー? 」
「ベ、ベツニナンデモナイデスヨー? 」
「「アニキも大概分かりやすい人ですね……」」
よ、余計なお世話だ! いきなり会話の本人が出てきたりしたら誰でもこうなるに決まってる!
こう、息がふうっと耳元にかかる位の距離感で、後ろから話しかけられてみろ、誰だって惚れ……じゃなかった、ビックリしちゃうだろ!
いつの間に話を終えたのか、ニックのお母さんは店の奥に消えていて、エレナは暇潰しとばかりに俺達の会話に入ってきたのだった。
にしても、もう少し気配を出すとか分かりやすく登場してくれませんかね? このステルス性のドッキリは心臓に半端ない負荷がかかるんだから。
「それで、三人で何をしてたの? 何だか楽しそうな雰囲気だったけど……? 」
「べっつにぃ!? 何も話してなんか無かったよな? 」
「さっきまでアニキの……「何も話してなんか無かったよな? 」
「……はい、何も話してません」
「怪しい……凄く怪しいんだけど……」
「ま、まぁ何でもないから早く買い物済ませちゃわないか? これ以上長居してると雨が強くなるかもだし」
「……それもそだね」
危ない危ない、間一髪の所で何とか情報の漏洩を防ぐ事に成功したぞ。
下手に勘繰られれば、子供達からポロっと根も葉もない噂が出てきそうで、それが原因で俺に被害が来るのは御免だからな。
それに……エレナには変に誤解されたくないし。
ヒカリとニックに茶化される前に、二人で適当に叔父さんの好きそうなパンと自分達の分のパンを見繕い、ニックのお母さんに袋に詰めてもらって店を出ようとした。
……が、時すでに遅し。
店のドアを開けようとすると、隙間から吹き荒ぶ突風と激烈な雨が体を銃弾のように打ち付けた。
僅か数秒、ドアを開け切る間もなく開けていた部分から自分の体が縦一直線にズブ濡れになる。
「これは……ダメですね」
「みたいですねー……」
二人して声を揃えて落胆の溜息。
本格的な見落としその一、帰るタイミングを見落とした。
「あのさ、だったら僕達と一緒にパンでも作らない? どうせ外は雨が強くて弱まるまでここにいるんでしょ? 」
「それ良いな! 俺も元々今日はニックと一緒にニックのお母さんにパンの作り方を教えてもらいたくて来たんだ、だからアニキ達もついでにやって行こうよ! 」
「でも……それは流石に……ねぇ? 」
「其方さんに迷惑じゃない? 」
「いえいえ、寧ろ大歓迎です。子供二人の面倒を見ながら仕事をするのも大変なので、出来れば一緒にやって頂けると安全に出来るので助かります」
「……うーん、どうする? 」
「どうするったって……なぁ? 」
「悩む位ならやるしかないよ! ほら、早く着替えた着替えた! 」
「お姉さんはこっちに来てねー」
子供達の行動力は凄まじく、手を引かれて無理矢理に更衣室に押し込められた。それもバラバラの更衣室に。
ん? バラバラの更衣室に? 変だぞ?
「あのさ、ヒカリがエレナを引っ張って一緒に女子更衣室に入って行ったけど、いくら子供でも男が入っちゃマズいだろ! 」
「何言ってるの、ヒカリは女の子だよ? 」
見落としその二、今の今までずっと男と思っていた人物が実は女の子だった。
やはり、雨の日は何かが違う。




