雨しんしん
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心を暗くさせるどんよりした雨。
空は灰色で、隙間から吹き込むのは晴れ間ではなく雨と風のコンチェルト。
お店の窓ガラスの向こう側と、雨晒しの外とを一枚の壁が隔てて世界は隔絶されている。
少し耳を澄ませば、外から微かに聞こえるのはカエルの鳴き声がケロケロと。
雨で本調子の小さな合唱団は、テンポの揃った鳴き声と雨音でBGMを流してくれる。
入り口の近くに紫陽花が綺麗に咲いてて、青や紫の心落ち着ける彩りが店内からも覗けた。
「雨でお客さんが来ないねー」
「そりゃ、わざわざ雨の中で来る人は稀だろ」
「だよねー……はぁ、暇だなぁ……」
エレナは雨があまりお好きではないらしい。
雨脚が強くなる度に、こちらのお嬢さんの溜息を吐く回数も比例して増え、店内は店員である三人だけが暇を持て余していた。
「まぁ、こういう日もあるさ。ちょっと暇がある分、休養が取れるとでも思いなさい」
「でもー、暇だとする事がないしー嫌いだな」
「俺は好きだけどな、……雨」
「何で? 暗くてジメジメしてるじゃん」
理由……か、あんまり深く考えたことは無かったけど、何となく好きなんだよな……雨。
こう、スッと入ってくるっていうか、何というか表現し難い良さがあるんだよ。
「雨の日って、普段と違った何かが起きそうな予感がするんだ……感だけど」
「そういうもんですかねー? 」
「雨の日が憂鬱に感じてしまうのは、雨の日の過ごし方を歳をとるにつれて忘れていくからなんだ。事実、子供達は雨でも喜んで遊んだりして楽しんでいるだろう? 」
「お父さん……間接的に貶されてるよぉ……」
「おっとすまんすまん、だけどね、晴れには晴れの、雨には雨の良さがあるんだから趣を感じて過ごしなさい」
「うーん、難しいなあ……」
何も頭を抱えてまで考えなくっても……まぁ、エレナのそういう所が可愛かったりするんだけど。
「もう! 暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ! 何か楽しい事がしたいよー! 」
「エ、エレナがとうとう爆発してしまった……」
「暇だよー! お客さん来ないし! する事全部やっちゃったし! 」
店内は磨くところも無いくらいに清掃されていて、商品の棚は完璧な陳列、顧客との取引関係の書類も既にファイリングされていた。
エレナは基本的に仕事厨の気がある。
何時も働いていないと暇で死にそう、そん稀有なタイプなのだ。
休みの日も好きでしっかりと満喫するけど、勤務日にする事がない事が耐えられないそうで。
だから、仕事中は真面目だけれど、とても楽しそうにやっているし、その点がお客の中ではかなりの高評価を得ていることも事実。
梅雨の時期は、エレナにとっての死の苦しみの数週間であることに違いはない。
「そんなに暇なら、お使いでも頼んでいいかい? 」
「し、仕事ぉ!? やるやる! 」
即答、あまりの暇度にエレナ式仕事センサーが感度ビンビンでアンテナを張っていて電波を素早くキャッチ。因みに仕事は仕事でもお使いです、見境がなくなってしまうほどに飢えていたのか気づいていない。
「そろそろ家のパンのストックが切れる頃だったし、ちょっと雨の中だけどファーガソンさんのお店まで買ってきてくれないかな? 」
「うん、直ぐに買ってくるね! じゃあレイも一緒に行こ! 」
「良いんですか? お店が一人になっちゃいますけど……」
「どうせ今日はそこまでお客さんも来ないから大丈夫だよ」
「それに」と、叔父さんは俺の横でエレナに聞こえない音量で耳打ちをする。
「雨の日に、二人でお使いなんて乙じゃないか……頑張ってね……」
「はぁ……」
まーたこの叔父さんは変な気を回して……。
「お父さんの好きな菓子パン一杯買ってくるから! 」
「はいはいするありがとう。足元が濡れてるから、滑らないように気を付けてね」
「行ってきます! 」
一度家の方に戻って制服から私服に着替え、玄関で傘を二本持ちエレナを待つ。
「ごめーん、お待たせー! 」
「いや、そんなに待ってないから、今来たとこ」
「嘘ばっかり……」
「何か言った? ほい、傘ですぞ」
「んーん、何も言っておりませんぞ、ふぉふぉふぉ」
笑い飛ばされて玄関を抜け、雨色の弱まってきた外へと繰り出す。
多少雨は弱くなったものの、依然として雲間は切れずに太陽の眩しい光は差し込まない。
「そう言えばだけど、エレナがレギンス履くのって珍しいよな。似合ってるけど」
「き、気付いてたの!? い、意外に見てくれてるんだ……//」
「ま、まぁ……エレナの足ってスラッとしてるから嫌でも目に入っちゃうんだ……」
「今日は足元が寒いから……偶には気分転換でね? 」
「なーるほど」
気分転換も悪くない悪くない。
傘をクルクルと回しながら水溜りの上を器用に避けていく彼女の後ろ姿は、暗くてどんよりとした背景の中で唯一光を放つ。
何時もの見慣れた服にたった一つのアクセント、そしてそれを映えさせる周りの風景。気付けばほんの少しだが雲間からお日様が差し込んで、エレナの周りだけを不思議と照らし出していた。
さながら、ライトアップされたステージの上で異彩を放つスターみたいに、彼女の姿は映し出されていた。
「雨も案外悪くないかも」
「だろ? 雨は案外悪くないんだ」
俺が雨が好きな理由がもう一つ見つかった。
それは、彼女の瞳の色が雨の色と同じ綺麗な水色をしているからなのだ。




