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エレナについての考察①

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「いらっしゃいませー! 」




 彼女の名前はエレナ・ルシルフル。




「本日はどう言ったご用件でしょうか? 」




 今回は、彼女について思い返してみる事にする。




「私ですか? 私はここの一人娘です」




 行商……いや、今は手広くやってはいるが、当時の事を思い出すと彼女は行商人の一人娘で、気立ての良い素敵な女性である。




 面倒見もよく、誰とでも話を合わせることが得意な生粋の商人魂まで持ったお人好し。




 一言で表すなら……美人だ。それもかなりの。




「へ? 何処かで会ったことがある? やだなー、ナンパですか?  ははは、古いですよーそれは」




 彼女と初めて会ったのは……世界地図でも端っこの、山際にある名も無き小さな村、その村から少し離れた場所に位置する水汲み場。そこで俺はエレナと出逢ったんだ。




 よく、恋愛の前の出逢いの始まりは唐突で衝撃的だとか人は言うらしいけど、ある意味で衝撃的ではあった。




「か弱い愛娘を口説いてるのがお父さんにバレたら、もしかしたらバラされるかもしれませんよ? ふふ、冗談です、驚きました? 」




 俺の記憶の始まりは彼女のくれた痛みだった。




 頬を強く叩かれて覚醒した後に、初めて目にしたものは、彼女の不思議そうにこちらを見つめる顔。




 長い髪が垂れてきて、匂うのは髪と素肌からとても男が出せないだろうと思われる甘い香り。




 澄んだ湖を連想される青い瞳に、紅い焔を彷彿とさせる長い髪、相反する二色が完璧な調和で整っている顔に向かって俺が放った言葉は未だに覚えている。




『……綺麗だ』




「褒めたって何も出ませんよー? ふふふ」




 本当に綺麗なものを見た時に、人は言葉を思わず言ってしまうと言われることがあるが、正に俺にはその時がタイミングだった。




 自分で言っておいて、自分で顔から火が出そうな位に恥ずかしがって赤くなって、絶対あの時に変や奴だと思われたに違いない。




 ファーストインプレッションは、林の中で転んで寝ている変質者……。その上記憶喪失ときて、出逢いとしては最悪で最高で最良の一日だった。




「こう見えて、私は料理が得意なんです! 丁度クッキーがあるんですけど食べてみますか? 」




 エレナは器用に見えて、案外不器用な所も結構ある。




 彼女が初めて手料理を振舞ってくれると言ってくれた際は、胸が躍って鼓動が高鳴った。




 女の子の手料理。言葉の響きだけでも美しい言葉だが、直ぐに別の意味での鼓動の高鳴りを覚える事になる。




 台所は女の戦場、とはよく言ったものだ。




 ドタバタと忙しい手付き手並みを拝見させていただいて、出てきた料理は料理に見えず、オマケに不気味な食感で不思議ワールド全開だった。




 唯一の救いは、見た目と食感はどうであれ、食べてみると不思議と美味しく食せるところ。これが無ければ今頃大惨事となっていても可笑しくはない。





「ここに来た訳? ……色々あったんですよ、色々ね……」




 俺がお世話になった事で、エレナのお父さんはここを発ち、商都ジェノヴァで店を構えることを決めた。




 俺はエレナの所で厄介になるので、仕事の事や、この世界の事を学んで少しずつ慣れていく。




 そんな変哲のない一日が、俺や彼女にとっての日常を変化させて一日になるとは、この時ばかりは思いもよらなかった。




 初めてエレナの部屋に入って、エレナのお母さんの事を聞いたり、外で聞けない本音の部分を聞けた気がした。




 母親の形見のウサギのぬいぐるみ、これがエレナにとっての一番大切な宝物であると同時に母親の事を忘れないでいられる私物だ。




 色褪せても、ボロボロになっていても大切に扱っていることだけは分かってしまうぬいぐるみ。




「あの時の事は偶に思い出したりするけど、一番感じたのは”恐怖”でした」




 その日の晩に村は盗賊に襲われ、あわやという所を逃げ出したが、エレナはぬいぐるみを忘れていた事に気付くと命の危険も顧みずに村へと戻ってしまう。




 後を追った俺は彼女を逃がす為に盗賊の操る山狼と死闘を繰り広げ、一度俺は死んだ。それも確実に




 薄れゆく意識を待ちながら、泣き崩れて抱き締めてくれる彼女の事だけをずっと考えて考えて考えていた。 




 この命を捨てても守りたいって。どんな事をしても。




 そして覚醒に至る。




「ウチで働いてる男の子がいるんですけど、彼に私は助けられました。……その時の事はあまり覚えてないんですけど、彼は命懸けで私を守ってくれてました」




 俺は生まれ変わった。人として何かを超越した存在に。




 それからは一方的な虐殺に次ぐ虐殺。俺は意識の底でもう一人の自分のする虐殺をただ黙って見ているだけ。




 力を持つ昂りと、好きに震える喜びと。その両方を満たしたがるもう一人の自分は一体何なのか。




 詳しいことは未だに分からないけれど、兎に角、あの時は彼女の事を守れたから俺に悔いは無いし、今でも考えは変わらない。




「彼が居なかったら……今頃私はどうなっていたか……本当に感謝してます」




 俺は彼女の事を守りたいんだ。如何なる悪からも、理不尽なこの世界の不条理からも。




 あの時に見せてくれた屈託ない笑顔を見続けたい。ただそれだけだから。




 それを邪魔したりする奴は誰であれ赦さない。




「ちょっと、変な話が多かったですかね……。すみません、毎度ありがとうございました! 」




 彼女は明るい。過去の辛い事もグッと胸の内に飲み込んで振る舞える強さを持っている。




 俺からしたら、その明るさは眩しすぎて手が届かない、自分はそうはなれないと自覚している。




 だかはその眩しさに俺は何度も惹かれていくんだ。これからも……ずっと。


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