逆飯テロ
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「これも積み込みよろしくね」
「分かりました」
手渡される荷物。受け取った四角い木箱をしっかりと両手で抱えた。相手の手を離れた箱は、その重さ全てを俺に委ね、足腰に力を入れて踏ん張りを効かせる。
「くっ、重っも……」
重量感のある積荷には少し慣れた。エレナの所に身を置いてから早二日。
一日目は覚えることが多過ぎて頭が回らずオーバーヒート仕掛けていたのが、二日目になり、少しだけ余裕が生まれている。
俺がこの場にいる目的はただ一つ。自分の無くした記憶を取り戻す為。その為にはこの世界のことをよく知り、生き抜かなければならない。
先ずは簡単な積み込みから覚えるのだが、それでも仕事は仕事、やるからには真剣にやらないと。
細心の注意を払って積荷を荷馬車の中に積み重ねる。一つの積荷を乗せるだけでも額から汗が何度も流れ、その度に首に巻いたタオルで拭き取った。
絞ると水が垂れそうな位、タオルは汗でビッショリ。
「そりゃ、これだけの仕事、男手も欲しくなるよな」
独り言を呟いて、気を紛らせた。
「おーい、仕事はちゃんとやっとるかねー」
後ろから声を掛けられ、振り返ろうとする。
その首の回転を半回転ほどで指先が止めた。
男の持つ指ではない。 柔らかさが段違いで、どこか懐かしい甘い匂いが香った。
(指ツンかよ……)
指先の持ち主は、悪戯っ子のような表情で笑っていた。
「言われなくてもちゃんとやってるよ……」
頰を指で押さえられていて、少し話し辛い。空気が口から出そうなんだ。
「そうかそうか、働き者は感心だねー」
うんうんと頷くのはやはりエレナ。頼むから指を早く離して欲しい。
「あの、まだ積み込みが終わってないからもう行っていいか?」
今日中に仕事を終わらせないと、怒られてしまう。自分でなんでもすると言った手前、その仕事を疎かにしてしまっては元の木阿弥なのだ。
「だーめ、父さんに昼の休憩にしていいって伝えてくれって言われてきたの」
「なら、この荷物だけでも置いてきていいよな?」
無言の肯定、俺は歩き出した。
「あのさ……もし良かったからお昼一緒に食べない? 昨日は一人で残り物食べてたし……」
「俺は居候の身だ、それだけでも十分有り難いけど」
「私が一緒に食べたいの! ね? 私が料理を作ってあげるから早く行こ!」
「分かったから、分かったから手を洗わせてくれ!」
半ば強制的に、俺は宿に連行された。
これから待ち受けるのが天国への階段だとも知らずに。
ーーーーーー
「俺は今から料理をご馳走になるんだよな……」
目の前で起こっていたのはまるで戦争。
鍋はグツグツと煮立ち、オーブンから黒煙が上がる調理場。そして、中央を慌ただしく駆け回る一人の少女。そう、エレナだ。
「ええっと……お鍋は火を止めて数分置く……って、言ってる内にオーブンから火が!」
「おい、落ち着けって……大丈夫か?」
「だ、だ、だ、大丈夫に決まってるじゃん! 食べる担当の人は黙って見てて!」
本人は隠しているつもりだろうが、焦りがだだ漏れである。
(あれを全部俺一人で食べるのか……)
見るだけで胃がキリキリする。
匂いが何か、嗅いだことないモノになりつつあるんですけど。
「大丈夫……私ならできるって……」
「調理中に祈るってヤバくないか」
「ヤバくない!」
魚が備長炭になるのを初めて見た。
料理を待つ間に不安を覚えるなんて……怖い。
恐怖に体の震えが止まらなかった。
だが、そんな地獄にも救いはあった。
ハートマークのエプロンに身を包んだエレナ自身だ。邪魔にならないように髪を一つ紐で括り、ポニーテールとなって調理をしていた。
初々しい新妻の様な出で立ち、正直に可愛い。
「これで料理が完璧だったら言うことないのにな……」
神は天に二物を与えず。
それから数分間経ち、料理?は何とか完成に至る。
ーーーーーー
「……これは何?」
「どう見てもアップルパイでしょ!」
「どこにアップルの要素が入っているんだ……」
「こ、此処とか……?」
「本人が疑問系っておかしいだろ……」
出されたメニューのご紹介(本人より)
① アップルパイ(らしい)
②コーンポタージュ(みたいな物)
③焼き魚(の成れの果て)
④野菜とウズラの卵のオードブル(かもしれない)
駄目だ、何一つとしてまともに見えない。
説明を受けても、未だに原型となるイメージが浮かんでこないってのは相当レベルが高い。④に至っては、切った野菜に半熟のウズラの卵を入れるだけの簡単な前菜ではないのか?もはや芸術の域すら超えた、神の領域。
「早く食べないと冷めちゃうよ!」
「お、おう……」
まずは前菜のオードブルから攻めるか……。
サラダなのにサラダに見えない物体。昨日食べた残り物はパンの切れ端と牛乳だったからセーフだったのか。逃げられるものなら、今すぐにでも逃げ出したい。けれど、初めて女の子が手料理を振舞ってくれているのだ、逃げるという反紳士的な行動は取れない。
もはや逃げ場は存在しない。男だろ、腹を括れ。死を恐れるな。男には避けて通れない戦いがある。
それが今だ。
自分に何度もそう聞かせた、聞かせ続けた。
「い、何時もより上手にできたんだよ!」
ほ、ほら、本人もそう言ってるんだし、見た目だけ”少し”やんちゃしちゃってるだけだって。その何時ものがとても気になるけど。
震える箸で前菜を掴み、恐る恐る口に入れた。一噛み、二噛み、咀嚼して飲み込む。この一連の動作に神経を尖らせるのは初めてだ。
「……どうかな……?」
エレナは対面で不安げな表情を見せる。
「……美味い」
不思議な味だった。
噛み出した瞬間はバリバリベチョベチョもっさりとした食感と、甘いのか辛いのか酸っぱいのか苦いのか分からない味付けが舌の上で馬鹿騒ぎしていた筈なのに、気付けばその全てが調和していた。
驚きを隠せないまま、次の料理へと手を付けた。料理を口へ運び、味を確かめる。その次も、その次も。
……あり得ない。
「全部美味しい……」
俺の味覚は可笑しいのだろうか。
確かめる様に何度も何度も食べた。
どれも全てが美味しい。初めは暴れ回る食材達が、絡み合い互いの良い所だけを引き出しあっていた。
「でしょ!? 私だってやれば出来るんだって!」
エレナも、結果に満足げな表情で胸を張っていた。
互いに満足のいく食事で終わって本当に良かった。本当に色んな意味で良かった。
ーーーーーー
「あのさ、聞きたいことがあるんだけど」
「なーに?」
食後の小休止、片付けたテーブルに腰掛けた俺は尋ねた。
反応が返ってくるまでの間、俺はテーブルに置いてあるマグカップを手にした。
中に入ったコーヒーを一気飲みする。コーヒーの苦味が口の中をリセットしていくようだ。
「どうして、俺の事を助けてくれたんだ? わざわざ自分の家まで連れて行って、仕事まで工面してくれてさ」
ここで二日間、世話になりながら考えていた事。それをここで問いただした。
「普通、見ず知らずの男が倒れていたら放って置くものじゃないのか?」
少なくとも、俺ならそうする。何故ならわざわざリスクを負う事はないのだから。
「えーっとねー、本当の事を言わないとダメ?」
少し躊躇っているけど、俺は知りたいんだ。
「本当の事を教えてくれ。嘘じゃない、エレナの本心が知りたい」
俺の思いは伝わったのか。
「そっか……じゃあ言っちゃおうかな」
向かい合っていた席を立ち、エプロンを外すと、俺のすぐ横のテーブルの角にエレナは座る。
「今からスッゴク恥ずかしい事言うけど、絶対に笑わないでね!」
「笑わないよ」
目を見れば分かる。嘘を話す目じゃない。
「レイはさ……運命って信じる?」
「運命……?」
「そう、運命」
「どうだろ……どちらとも言えないな」
「私は信じてるんだ。運命ってヤツを」
エレナは少しだけはにかむと、瞳を閉じた。
「私は貴方と出会った時、運命を感じた」
「え?」
「寝転んでいる貴方を見た時、体に電流が走ったの。『ああ、私はこの人を知っている気がする』って」
既視感みたいなものなのだろうか。
この時のエレナの顔は、髪の色と同じみたいに染まっていた。
「だから、ほっとけなかった。 それが……理由//」
嘘みたいな話だよね、と、言い捨てると彼女は立ち上がってドアを開けた。
「信じなくても良い、それでも私はそう思ってる」
呆然とする俺を置いて、開け放ったドアから彼女は駆け出した。