炎の檻
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鈎状に曲がった大きな鼻、 落ち窪んでギラギラしている目、尖った耳に赤胴色の体色。
ゴブリン達は自分達の数の多さと、装備の潤沢さで勝っていることに驕っていて、直ぐには攻めてこようとはしなかった。
ゆっくり、じっくり、焦らず、騒がず、獲物を痛ぶりながら狩るつもりでいるのだ。
だが、此方の兎をただの兎と勘違いしてはいけない。此方の兎は狩人をも殺めてしまう力を持っている。
「今から能力を使うけど、レイは気にしなくていいよ」
「気にしなくていいって、ちょ、炎が! 炎が来てますって! 熱っ…………くない? 」
「火力調整すれば、後ろだけ温度をゼロにする事だって出来ちゃうのよ。どう? 凄いっしょ? 」
「そうならそうと、早くそう言ってくれれば良いのに……滅茶苦茶ビビりましたよマジで」
背後から押し寄せる熱風に目を閉じて息を止めたが、それでも炎の波はアンナさん毎、俺の体を飲み込んだ。
一度、あの炎の恐ろしさを知っている分、至近距離での直撃が肝を冷やしていたのだが、アンナさんの言葉通り、伝わってくるのはアンナさんの人肌だけ。
空気の振動みたいな弱めのユラユラしている衝撃が、押しては返す波の様に俺にぶつかっているだけで、別段何ともない。
ゴブリン達も、俺と同じくいきなり出現した炎に戦々恐怖しているみたいで、方位の距離を更に広げてしまっていた。
「下がりすぎてても、まだまだ射程内なんだけど」
微笑みながら飛ばされる炎球は、俺が前に戦った時と同じスピード、大きさで、ゴブリン達は唐突な遠距離攻撃に反応しきれず躱し損ねた一体がまともに喰らう。
炸裂した炎球は、ゴブリンの体全体を容赦なく焼き尽くし、断末魔を出す暇もなく絶命に至った。
火力がその辺の火器とは比べ物にならない位の超火力。敵の時は心底震えたが、味方にするとこれだけ頼もしいのか。
「どう? 惚れた? 」
「俺が女の子なら良かったですね。一度見てますし」
そんな自信満々にドヤ顔されても、ちょっと可愛いなって思う位で別に何とも……。
「なら、次はもっと凄いの見せちゃおっかなー……」
アンナさんの次の言葉を待たず、反撃の為に弓を持つゴブリンが矢を番え、遠巻きに炎の出処のアンナさんを射抜こうとするが、木製の矢はアンナさんに届く前に自前の炎が壁の様に立ち塞がり矢を受け止める。
絡め取られた矢は、握り潰されながら燃やされて、一瞬の間に元の原型を留めぬ木炭に早変わり。
「あのさー、人の話を最後まで聞かないと駄目だよ? 殺しちゃうぞ♡ 」
怒りの込もった笑みで生み出される赤い薔薇の様な炎は揺らめいて、蝶に見立てたゴブリン達を誘うか花に似た動きを見せていた。
艶かしい動きなのに、殺気がダダ漏れで溢れ出しているのが余計に悍ましさを増している。
見せ付けられた力の差、それもたったワンアクションによって。
頼りにしていたサイクロプスも消え、近付こうにも凶悪に燃え盛る炎の壁を突破する事も出来ない。ゴブリン達は今頃どんな事を考えているのだろうか。
幾ら醜悪な顔で凶暴に吠えてみたところで現実は微塵も変わらない。現状は打破できない。
こんな時はどうするのが一番良い手段なのか、奴等は本能で感じ取っていた。
そう、勝てないなら逃げれば良いんだ。
何も餌は此処だけに集中しているわけではなく、他の村や町にも食料は山ほど居る。
だから、無理をしてまで此処にとどまる理由はない。
「って、考えちゃうんでしょ? だーめ♡ 此処から逃す訳には行かないなー……個人的にも……」
言葉と共に体から溢れる炎熱が、空に向かって一直線に向かっていき、空で四方に割れて地面へと落ちる。
落ちていく炎は、落ちながらも分裂をし続け、その落下地点は丁度ゴブリン達の”直ぐ後ろ”に着弾した。
落ちた火の粉はそこから元の大きさの炎に成長し、出来上がった火柱はグルッとアンナさんを中心にして円形の炎のサークルを作り出す。
逃げようと準備をした刹那の出来事、気付けば出来ていた炎の柱に隙間はなく、確かめようとしてニ体が指先で触れると、炎の蔓が虫を見つけた食虫植物の如き動きでゴブリンの体を絡め取った。
炎の棘に抱きつかれ、もがき苦しむゴブリン。逃げようにも相手の炎の方が力が強く、炎柱に引き摺り込まれて聖職者の様に磔に。
両腕を横に縛り、両足は一纏めにされたゴブリンは、ほんの数秒で黒い炭の木偶人形へと様変わり。
口から泡や煙が立ち込めていて、目玉や内臓が焼けた臭いが周りのゴブリン達に精神的打撃を与える。
「他の所に逃げられると、数も増えちゃうし被害も広がるのよねー。だから、原則としてモンスターは何が何でも倒し切らないといけないの」
「それにしてもエグいですねアレ……消し炭ですよ? 骨も残るかどうか……」
「あれでも、なるべく痛みを感じないように気を付けて火力を出してるのよ? 苦しまずに死ねる分、私に感謝して貰いたいくらいよ」
「あー、上から目線だー……」
仲間が炭になってしまい、ゴブリン達は背後に佇む女の力の底知れなさと、自分達の生きる道を学んだ。
戦うしか道はない。それも早く倒さないと仲間が戻ってきてしまう。
「○✖︎✖︎✖︎△▶︎???!! 」
「ja✖︎□◇! 」
人には理解できない言語で攻めかかるタイミングを計っているのか、アイコンタクトに加えて会話までしている周到ぶり、知性は高いようだ。
ジリジリと距離を詰め、俺達二人を同時に殺れる機会を窺いながら緊張が高まる。
「もう直ぐ来るけど、ゴブリンは基本的には人間と似たようなパターンで攻めて来るから落ち着いて対処すれば問題ないからね」
「他に気を付ける点とかあるんですか? 」
「うーん、人間以上にコミュニケーション能力がズバ抜けて高いから、コンビネーションには気を付けた方が良いかな……後は凄く汚くて臭いから嫌い」
「それって最後の方は唯の個人的な感情混じってないですか? 」
「直ぐ嫌でも分かるから……っ! 来るよ! 」
掛け声で視線を背中から前に戻すと、奴等は既に走り出していた。俺とアンナさんを殺す為に
それはこちらも同じこと。剣の切っ先を敵の喉元に向けて構えを作る。
俺の方に来ているゴブリンは、きっとこう思っているに違いない。『こっちの方が危険が無い』と。
「……甘く見られるのは好きじゃないんだ」
最初に近づいて来たゴブリンの頭に全力で剣を振り抜き、栓が抜けるワインのコルクみたいに頭と胴が分離した。
力任せに寸断された首筋からは、赤いワインは飛び散らず、力を失った体は汚れた赤い汚水を垂れ流して地面に転がる。
宙に飛んだ頭を掴み、これ見よがしに近づくゴブリン達に見せ付ける。
「……簡単に殺せると思うなよ? 」
逃げ場のない炎の監獄の中で、生き残るのは誰か。




