預けられた背中
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「敵さん、ぎょうさんおるけど、僕らの内分けはどないする? 四人やし、仲よー分けるか? 」
「よ、四人って、俺も普通に頭数に入れてるんですか? 」
「当ったり前や、ローズちゃん相手に善戦できるんや、使わんと損やろ? 」
「何だか釈然としないな……」
「それじゃ、簡単に強さ順でスーがサイクロプス二体で私達が残りのゴブリン達って事でいいのね? 」
「阿保か! あんなデカイの二体も相手にするとか割にあわっちゅうねん……。ミズキも一体引き受けーや」
「えー! 私、動くのそんなに好きじゃないんだけどー! 」
「お前は僕より身体能力が圧倒的に上やろが! 動けるんなら働け! 」
「ぶーぶー! 」
迫り来る敵を目前に、互いに誰が何を倒すのか議論に夢中になっていて、敵が全く眼中にない。
モンスター達は獲物の匂いを嗅ぎつけて、喜び勇んで足を速めている。
「しょーがない、私が”嫌々”だけどやってあげるわよ。その代わり、スーが私よりも倒すのが遅かったらクレープ一つ追加ね! 」
「な、何を言うとんや! そんなの僕が勝てる訳……」
「決まりね! 私らでデカイの倒すから、残りのゴブリンはお二人に任せるわ」
「話を聞け! ……はぁ……二人とも宜しくたのむわ」
賭けの様な勝負が始まり、一転して嬉々とした表情のミズキさんが一人で突っ込んで行き、後追いでミコトさんも走り出す。
だが、追いかけるミコトさんよりも速く、ミズキさんはサイクロプスに駆け寄って奇襲を敢行していた。
「はろはろー化け物さん。私と今からイイことしない? 」
先陣を切って進んでいた一つ目の巨人に肉薄すると、彼女は巨人の片足を掴んだ。
まるで、巨像の足を蟻が噛んでいる。絵を見るにそうとしか思えないが、この蟻はそこらの蟻とは一味も二味も違う蟻だということを誰も知らない。
例えばだが、人間が足元に虫が集ってきたとする。普通の人ならばどうするだろうか。恐らく払う事だろう。
サイクロプスも同じ人型なので思考パターンが似ていたのか、似た動きをしていて、大きな手を使って足元に砂塵が起きる程の払いをした。
普通の人間なら、これで簡単に吹き飛ばされるか、あるいは逆らってミンチになるかの二択になるに違いない。そう、”普通”なら。
俺も戦って驚いたのだが、アンナさんは強い。それもちからの底を見せていないのにこの強さなのだ。
あの人はそんな人よりも強い女性、こんな攻撃で終わってしまう様な柔な人間ではない。
砂塵が晴れると、強力な腕による一撃は、彼女の持つ巨人並の大きさ程もある大剣が阻んで防いでいた。
白い刀身のあらゆる部分に色取り取りの宝石が埋め込まれている大剣は、サイクロプスの掌と同じ大きさにまで肥大化していて、あの劣悪な一撃を受けてもモノともしていない。
「レディーに向かって挨拶無しの攻撃とは、マナーがなってないわね! 」
「グガラァ! 」
片方の剣を掴んだままミズキさんが体に力を込めると、あまりにも不可思議な現象がその場に起こった。
右腕に掴まれている足が徐々に持ち上がり、サイクロプスはバランスを失い地面へと倒れこんだ。
尻餅を付く形で地面へと倒れたサイクロプス、それを彼女は見逃すことなく追撃を加える。
「ここで暴れると周りに私が被害を出しちゃうから、少し遠くまで移動しましょ」
言葉通りに、サイクロプスの足を軸にして軽々と持ち上がる巨体、そんな離れ業を彼女は一人で実行していた。
巨大な剣と、巨体なサイクロプスを抱えたままで、ミズキさんは遠くへと飛び上がった。
直ぐに視界から切れていく二つの影は、見るものを圧倒して、特にミズキさんは怪力無双、俺も敵もその異質な情景を唖然となって見つめていた。
「そんじゃ、僕は残り物でも頂きますわ」
全員の意識が集まった時、既にミコトさんは敵を射程圏内に捉えていて、その言葉を最後に、目の前にいた筈のもう一つの巨体が、揺らめいた陽炎の様に姿を消した。
意識の穴を縫う様に行われた一連の流れ、その流れが終わった場所にはポッカリと時間の穴でも出来ているみたいに何も存在していない。
丸ごと一つ、あの大きさの物体とミコトさんがまるまる姿を消したのだ、敵の慌てっぷりは尋常ではない。因みに、俺も一緒になって慌てふためいていた。
仕方ないだろ、一人は軽々と巨人を持ち上げているし、一人は姿ごと消してしまったのだから。
誰もが不可解に思い、焦りを隠せない。
だが、唯一その場に残った者の中で、彼女は平静さを保っていてこう言った。
「よーし、いっちょやりますかー! 」
「アンナさん、あの二人は何者なんですか? 一瞬の内にあり得ないことが二回も起こってるんですけど……」
「あの二人なら心配ないよ、ウチで一番頼りになる二人だから多分……五分もしない内に帰ってくるから」
「ご、五分? い、いや、時間とかじゃなくて本当に倒せるんですかあんなモンスターを」
「なら私達も賭けでもしてみる? 私は五分以内に帰ってくるにクレープ五食分は賭けてもいいけど」
「……遠慮しときます。アンナさんがそこまで言うなら本当の事だろうし……」
「私達も、さっさと片付けないと、あの二人に笑われちゃうから急ごうね」
「そんなに簡単にいけますかね? 」
「私達なら大丈夫だよ、ね? 」
自身満面で語られたら、嫌でも信じるしかない。
ブレてしまった感覚を持ち直して、俺は残った二十体のゴブリン達と対峙した。
同じく、戦力の核を失って狼狽えていたゴブリン達だが、流石に殺気を感じ取って人間の様に陣立を作る。
円を作って囲う様な形で二人は包囲され、完全に逃げ場を失って孤立してしまっていた。
後手に回る前に力を使っておくのだ。
俺は能力を解放し、髪の色が変わるのと同じく力の充満を感じているが、何時もと変化が一点、俺の左腕の前腕部が見慣れぬ形に変化していた。
形の異質さと歪さに顔を歪める。
「これは……前の時と同じ、スコーファロの……」
「ボサッとしてると怪我するよ! 前見て! 」
「は、はい! 」
アンナさんの一声で目の前に集中し、眼前の敵に視線を戻して様子を見た。
人の行動を真似ているのか、体に武装を施していて、全員が何かしらの武器を持った状態の敵に対し、此方は二人とも私服で、明らかに戦闘に向いていない格好であることは火を見るよりも明らか。
それに、互いに持ち前の武器ではなく、その場にあった武器を拾って使っているだけなので、感覚が上手く掴めるか自信が無い。
単純に数の面で不利だが、アンナさんはまるで何とでも無いという顔をして横目で俺に言った。
「こういう時は、お互いに背中を預けて、見えない死角をカバーし合うの。だから、私の後ろは任せたわよ」
俺の背中に預けられる少しの体重と、暖かな息遣い。言葉の意味通りにアンナさんは俺に背中を預けて背中合わせでいるのだ。
どうしてだ……数では圧倒されているのに、不思議と全然恐怖心を感じない。
「はい……任せてください」




