兵士
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「すまんのやけど、ここの門開けてくれへんかな? 」
「今しがた非常事態宣言が出たばかりで、都市の外には出る事が出来ません! 」
「知っとるよ、外にはモンスターがおるんやろ? 」
「な、なぜそれを知っている! 」
一度だけ通った事のある巨大な門の前には、既に何事かを察知している兵士たちが集まってバリケードを作成している。
各々の手には槍、剣、弓、盾など、重厚な装備をして、未だ見えぬ門の外に居るであろう何かに備えているように見えた。
そんな人の群れの中にズンズンと進み込んで割って入っていくのは、俺の前を歩くアンナさん、ミコトさん、ミズキさんの三人組。
周りの人間達が視線を一手に送っているのに、三人はそんなことを気にもせずに先へ進む。目的の場所がここではないのだと言っているようなものだ。
物々しい雰囲気の男達を掻き分けて、先頭に躍り出ると門兵にいきなりこう言ったのだ。
「これ、見て分かるー? 」
「これは……何だこの薄汚い懐中時計は? 」
「マジか……この人は新入りなんかな? 他の人に代わってくれへん? 」
「な、何だと! この非常事態にそんな事が出来るか! 今すぐに立ち去らぬか! 」
ミコトさんの一言で激昂した男は、腰に下げてあったショートブレードに手を掛けて抜こうとしていた。
男の行動に騒めく現場、これは男の出方次第で状況が変わってしまう。
危ない、そう感じた俺も何も持ってないにしろ身構えて男の出方を待っていると、男が剣を抜くより先に、無精髭の生えた野性味のある男性が門兵の持つ剣の柄を抑え込んだ。
手を乗せて押さえているだけなのに、若い門兵は威圧されて動くことが出来ないでいる。
皆が銀色の鉄鎧を身につけている中、男は一人だけ黒く染まった物々しい甲冑を着ていて、兜の部分の前面の顔だけが見える様に開けられていた。
「た、隊長殿! これは一体……」
「止めろ、この人達は私達の味方なのだ。貴公はもう他の場所に行って良いぞ、下がれ」
「は、ハッ! 失礼します! 」
ピシッと、一度だけ視線を俺達に向けた後に男は、黒鎧の男に綺麗に整った敬礼をして下がっていく。
安心すると俺は身構えを解き、男を見据える。
四十……いや、歳五十はありそうな雰囲気だ。よく見ると鎧の至る所に裂傷の傷や欠けてある部分があって、どれだけの戦場をくぐってきたのか物語っていた。
「貴殿らに失礼をしたな、部下に代わって非礼を詫びよう」
「まあまあ、気にせんでええですよ。あの子もちゃんと仕事をしとったって事で手打ちですわ」
「かたじけない……新入りが故、腕は立つのだが、まだ緊急時の現場対応を知らなくてな」
「ほな、これが緊急時の通行許可証で、報酬の方はギルドに振込んどいてくれはりますか? 」
「うむ、承った。責任持って私が上に言っておこう」
「おおきに」
黒鎧の男性にミコトさんがもう一度懐から出した銀の懐中時計を示すと、男はそう言って道を開けた。
「今回の敵は……「言わんでもええですよ、サイクロプスが二体に、取り巻きのゴブリンが二十体です」
「流石だな……外の状態をどうやって確認しているのか今度教えて貰いたいものだ」
「それは企業秘密っちゅうヤツですわ」
「そうか、だが、何時もにしては人数が少ないが大丈夫なのか? 兵なら幾らか貸してやれるが」
「ああ、大丈夫です。ここに居るのはウチのギルドの誇るスリーカードですから。兵がおると返ってカバーに入るのが大変ですし、死なれても困ります」
「おお、それは心強い。頼み申した」
ミコトさんが含みのある笑みを返すと、黒鎧の男性は大きく手を振りかざし、門の上に待機していた男達に大きな声で呼びかける。
「聞け! 今より我らは都市内の防衛に力を注ぐ! よって、門外に待機している兵士及び避難民を最優先で中に避難させて門を固く閉じる! 一度開けよ! 」
隊長と言われるだけあって、男の発言には力が篭り、響き渡る大声は兵士達を速やかに動かしていた。
門の上に備え付けられている門を開け閉めする為の木製の歯車を六人がかりで必死になって押し込む。
額に汗が滲み出て、血管が浮き出る程に力を込めることで少し、少しずつだが歯車は進んだ。
歯車と連動するのは門の上部に付いている跳ね上げ式の部分で、男達が一回しする度に人の頭程の間隔が生まれていく。
人力による開門が終わると、目の前には防御用に橋が取り外されていて、深い堀に川が流れていた。
「跳ね橋を下げよ! 急げ、急ぐのだ! 」
「「オオォ! 」」
掛け声に合わせて跳ね橋を上げていた紐が解かれ、手を離れた紐は支えとしての機能を失い、橋は地鳴りを立てて向こう岸とを繋いだ。
「全員退避! 早く都市内に退避しろ! 」
隊長の一声に、外にいた兵士達は慌ただしく陣容を変え、避難しようと最後列で待機していた一般市民を助けながら波の様に此方に押し寄せる。
「ほな、行こか」
ボサボサの頭を掻きながらミコトさんは先頭になって波の中へと一人で進み、遅れるように残りの俺達も付いていく。
人混みが雪崩の様に門の中へと駆け込む中、その中央を何の気なしにゆったりと歩いていく。
人々はそんな異色な俺達を見ようともせず、ただ一目散に亡命へと力を注いでいた。
その原因は、人々が自分の命の危険を察してしまう程の存在を見てしまった事に他ならない。
橋を渡りきった先の数百メートル程遠くに見える影がその存在に間違いなかった。
取り巻きのゴブリン達が米粒に見えてしまう程の巨大な体。それは三階建ての建物よりも大きく、腰に一枚だけ猛獣の皮を腰蓑代わりに履いている大男で、それも一つしか付いていない目がギョロギョロと此方を見て笑っていた。
口からは血の混じった口髭が伸び放題で、筋骨隆々の肉体には灰掛かった皮膚がゴツゴツと隆起していて、片手には丸ごと引き抜いてきたのではないかと思わせる棍棒が。
「あのー、……まさかとは思うんですけど……」
嫌な予感しかしないこの状況、万に一つの可能性に賭けていた。
「おう、これから彼奴ら一匹残らず討伐するで」
「で、ですよねー……」
「腕がなるなー! 兎に角、早く倒してクレープ食べないと悪くなっちゃうわ! 」
「ふふ、ミズキ姉さん、焦ってると怪我しますよ? 」
「誰にもの言ってんのー? 生意気だぞー! 」
「レイ君、そこら辺に余ってる武器が有るさかい、ローズちゃんと一緒に見繕ってき」
「ほら、行くよ。早くしないと来ちゃうから」
慌てて武器庫らしきテントの中を探して、いつも使っている感触の鉄剣を一振りだけ拝借した。
俺の願っていた、万に一つの可能性は潰えている。
呑気そうに受け答えしている三人と俺は、今から彼処にいるモンスター達の討伐を行うのだ。




