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始まり

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「ねぇ……起きなよ」



 誰かが誰かを呼ぶ声がする。



「こんな所で寝ていたら風邪引くよ? 」



 誰かが誰かに話しかけている。悪いけど眠い……眠いんだ。



「ねぇ、ねえってば」



 このまま……寝かせてくれ。



「いい加減に起きなさい! 」



 頭に走る衝撃、続いて遅れてくる痛み。このダブルコンボが意識を覚醒させた。



「痛てて……」

「あ、やっと起きた! もう、全然起きないから心配しちゃったじゃん! 」



 ゆっくりと重たい瞼を持ち上げると、そこには女の子の顔があった。その距離にして、約十センチ。



 長い睫毛に水色の目。そして、焔を連想させる赤い髪。漫画やゲームの世界でしか見た事のない容姿。



 リアルで見ると筆舌し難い。



 少し顔を近付ければ、唇と唇が重なってしまいそうな距離に顔が火照りを隠せない。吐く吐息と吐息が交差して、女の子特有の甘い香りに目眩がした。

 そして、緩やかに流れる時間。




「……綺麗だ」




 思わず口に出た。




「あ、ありがと……//」




 相手もいきなり褒められるとは思わなかったのだろう、同じ様に顔を赤らめて顔を退けた。顔の代わりに今度は手が伸びてきて、俺の手を引き上げた。華奢な腕だが、しっかりと握り返す。





 引っ張り上げられて初めて気づくが、ここは何処なのだろうか。見覚えのない風景、空、大地が広がっている。




「君の名前はなんて言うの? 」

「俺は……レイ」

「それだけ? えらく短いね。 ここで何してたの? 」

「何も……思い出せない」




 覚えていたのは名前だけ。ここは何処で、自分が誰なのか、何をしていたのか。全て思い出す事ができない。




 少し前に、何か衝撃的な出来事に巻き込まれた様な……。思い出そうとすると頭が割れそうに痛い。




「君の……名前は? 」

「私? 私はエレナ、エレナ・ルシルフル」

「そうか……君はどうしてここに? 」

「ここは山際の小さな村なの、それで水を汲みに林に入ったら貴方がここに倒れてて……君って何者? 」

「覚えてない……」




 俺は何をしていたんだ。記憶にない場所で倒れていたなんて、物語のお話でも中々ない展開だぞ。




「そっか……ならウチにおいでよ! 」




 閃いたとばかりに手を合わせるエレナ。




「丁度、男手も足りなくて困ってたし……ここに居て万が一、山狼に食べられでもしたら大事だからね」




 きまりと、話を中断して、エレナは俺に手招きする。物騒な話もそうだが、ここに居ても何も始まらない。




 俺が誰で、何をしていたのか。それを今は何よりも知りたい。思いはそれだけだった。




 ここはエレナの言う通りにしておいた方が身のためかもしれない。そう思い、俺は素直にお言葉に甘える事にした。





✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎





 歩いて数分、見えたのは言われていた通りの小さな村だった。周りには麦畑が光る波の様に広がっていて、何人かの農夫が刈り入れをしている。




 のどかな風景だ。




 村に近づくと、先ず目に入ったのは大きな建物。

中央に建てられているのか足場の部分は見えてこないが、四つの羽が風を受けてゆったりと回っている。




 村に着くと、数人の子供が駆け寄ってきて、足に絡みついてきた。よれよれの衣服に煤こけた体。体の線は皆一様に細い印象を受けた。だが、それぞれの表情は明るい。




「ねぇ! 僕らと遊んでよ! 」

「遊ぼあそぼ! 」

「違うよー! 私達のおままごとに付き合ってもらうのー」




「えっと……」




 次々と話しかけられて対応に困っていると、隣にいたエレナから助け舟が。




「こら! この人はこれから行くところがあるの。 だから邪魔しちゃダメだよ」




 怒るわけでも叱るわけでもない。子ども一人一人の目を見て、優しく諭していた。子供達はエレナの言葉に従って散りじりに走り去っていき、一先ず安心した。




「ありがとう……ビックリした」

「ごめんね、あの子達も悪気がある訳じゃないの。 きっと、レイが遊んでくれそうなお兄さんに見えたんだよ」

「そうなのか……? よく分からなかったけど」

「そういうのは、自分では案外分からないものなんだよ! ほら、もうすぐ着くから早く行こう」




 手を掴まれ、為されるがまま付いて行くと、そこは先程見た風車の真下だった。




 下から見上げると、木製の羽の大きさに圧倒されて、腰を抜かしそうになる。白い漆喰で出来た壁には、歴史を感じさせるザラザラとした質感があり、手を離すと白色になっていた。雄大で、人々の生活の要になっている風車。その風車に触るのなんて初めての経験だ。




「何してるのー? こっちだよこっちー! 」




 横にいたはずのエレナがもう遠くにいた。それだけ、この風車に見入っていたのだろうか。エレナは風車のすぐ近くの小屋の陰から顔と手を出して手招きしている。




 急いで壁を曲がると、目の前にはエレナではなく馬がいた。栗色の毛並みに逞しい筋肉。間違いない、これは馬だ。その背後には白い幌馬車が繋がっていた。




 まさか……。






「……エレナ、馬になってしまったのか? 」

「そんな訳ないでしょ! 」




 後ろから頭を叩かれて振り返ると、エレナが笑っていた。




「もう……少し驚かそうとしただけなのに、どんな勘違いをしたら私が馬になるの? 」

「だって、エレナがいきなり居なくなるから……」

「レイって案外……天然系? 」

「かもな」

「ふふっ、面白いね」




 柔和な微笑みに釣られて俺も笑う。周りから見れば、中の良い男女に見えるかもしれない。




「エレナ、その男の子は誰だい? 」




 いきなり馬車の中から聞こえる声に、俺は驚いた。




「父さん! この人をウチで雇わない? 」




 父さんと呼ばれた男は、エレナとは似ても似つかぬ容姿をしていた。

 はち切れんばかりの横縞のシャツに、恰幅の良い体格をしており、人当たりが比較的良さそうな温和な顔で口を開いた。




「一先ず落ち着きなさい、順を追って説明して」

「えーっとね……」




 そこから簡単な説明がエレナからエレナの父さんと呼ばれる人物になされた。





ーーーーーー





「なるほど、君は記憶喪失なのか……」

「恐らく……そうだと思います」




「それで、倒れていた所をウチの娘が助けてそのまま連れてきた……と」

「その通りです」

「ふーむ、どうしたものか……」




 少しの思考。




「ねぇ! レイをウチで雇えないの父さん? 」

「いや、雇うと言われてもウチは小さな行商人だし……」




 言葉に詰まり、頬を掻く。




「でも、この前は男手があったら楽だって言ってたじゃん! それでもダメな訳!? 」

「うーん、確かに私達の二人でやるのは大分苦しくなっていた所だが……記憶喪失の男の子を雇うのは……ちょっとね……」




 一進一退の談話、このままでは埒があかない。意を決した俺は一か八かの勝負に出た。




「お願いします。 俺を……ここに置いて下さい」




 直談判、もうこれしか手は無い。




「そうは言われても……」

「お金は要りません、言われた事は何でもします、だから……俺をここに置いて下さい」




 誠意を見せる為に、額を木の床に擦り付けた。




「……お願いします」

「……」




 何も反応が無い。

 今、エレナの父さんがどういう表情をしているのか分からないが、少なくとも真剣に、真摯に考えてくれているのは分かった。エレナも横で父の判決を固唾を飲んで待っている。




 少ししてから、男性の溜息が漏れた。




「ふぅ……本当に無償で何でもするんだね? 」

「……はい! 」

「なら、これから君は私達のファミリーだ、宜しく」

「宜しくお願いします! 」




 差し出された手を握り返した。




「父さん、ありがとう! 」




 エレナも堪らず、父のふくよかな腹部に抱きついた。こうして、俺の失った記憶を取り戻す旅が始まった。

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