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御奉仕

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「お口を開けてください! 」

「い、嫌です! 自分で食べられます! 」

「は、早く開けないと冷めちゃうよ……ほらあーん」

「せんでいい! てか、どうしてエレナまで俺に食べさせようとするんだ!? あ、熱い! スプーンが当たってて熱い! 」

「お口を開けないから熱いんですよ。大人しくした方が身の為ですわ、うふふ」

「こ、怖い! 二人とも怖いよ! 」

「ほらほら早くー! 」




 取り敢えず、現在の状況を整理しよう。

 俺は今、両手を椅子に縛り上げられていて、目隠しをさせられている。他には動けなくする為に両足もテーブルの脚に括りつけられている。




 俺があの『萌え萌えキューン♡』で意識を飛ばしかけていた最中、アンナさんによって気付いた時にはこんな感じに仕上げられ、拉致監禁に近い状態に。




 それでアンナさんが俺に食べさせようとして、何故か隣にいたエレナまでやると言って聞かない。

 



「そもそも、どうして俺は椅子と机に縛られているんですか? 何が目的です! 」

「嫌ですわ、御主人様はシャイなお方だと存じておりますので必要な措置かと思いまして」

「モノには限度があるでしょう! こんなっ! ……恥ずかしいですよ//」

「恥ずかしがらずとも良いのですよ? 」

「た、楽しんでやがる……」




 和かに笑うアンナさん。コレは絶対に内心面白がっているに違いない、悪魔みたいな女の人だ。




 昼過ぎの自制心溢れるあの時の乙女顏は、一体何処へと消えてしまったのか。




 それに影響されてか、エレナまで俺に食べさせようとしたのは意外だった、何かあったのかな?




 俺としては、本当はエレナにだったら……少し嬉しいかも……。




「とにかく! この手足を開放してくれない限りは俺は食べませんからね! 絶対です! 」





 俺は語意を強めて言った。そうでもしなければここから離してくれないだろうと踏んでのことだ。




「食べてくれないなら……強行手段に出るしかありませんね……んむぅ」

「んんん? どうしてアンナさんが俺に食べさせる筈だったモノを自分の口の中に入れているんですか? 」

「んむむむぅ……」

「そしてどうしておもむろに俺に向かって目を閉じたままで口を近付けているんですか? ねぇ?」

「んむっ……」

「ちょ、ちょっとストップ! 食べます! 食べさせて頂くので止まってください! 」

「ん……分かりました」




 まさに強硬策としか言いようがない作戦。俺に無理矢理にでも食べさせる為にワザと口に含んで口移しを敢行仕掛けるとは。




 アンナさんの潤った唇が、目と鼻の先にまで来て止まり、飲み込む音がした後に大人しく下がっていった。




「ア、アンナさん! レイに何をしようとしてたんですか! そ、それは流石にはしたないですよ! 」

「ふふ、元よりするつもりはありませんでしたよ? ほんのジョークですジョーク。こうすればきっと大人しく食べてもらえるかと思いましてね」

「あ、悪魔だ……」

「自分の言ったことには責任を持たないといけませんよ? ほら口を開けて」




 あの言葉は無効だと破棄するか? いや、エレナもいるんだ、嘘をついてしまうのは男として……。




「はい……」

「あーん、どうですか味の方は? 」

「美味い……だが、それ以上に恥ずかしいです……」

「まぁ! 美人に食べさせてもらえるのは幸せ者の特権なのですよ、もっと楽しまないと」

「な、なら! 私のも食べくれるよね? あーん」

「ん……美味いな……やっぱり恥ずかしいけど……」

「そ、そっか……//」




 俺はそのまま二人に延々と交互にオムライスとやらを食べさせられ続け、食事が終わる頃には精魂尽き果てていた。




「ふう……終わったらいい加減にこの縄を解いてくれませんか? 手足の付け根が縄で擦れて痛いんですけど」

「そうですね……では、次は何をしましょうか……」

「次!? まだ続くんですかこの罰ゲームは!? 」

「嫌ですわ、罰ゲームではなく、これは御奉仕です。それに私は、今日一日の間はお側に使えますと伝えたではありませんか」

「いいです、俺の事はもう十分やって頂いたので、もう結構です! 俺の身が持たない……」

「遠慮しなくても良いんですよ……夜は長いですからね……楽しみましょう、ふふ」




 不敵な笑み、これは不吉な予感しかしない。

 俺の今日という日を生き残れるのだろうか……。






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 何とか間に合わせのトークで時間を引き延ばし、時刻は既に戌刻、後少しの辛抱でこの長かった一日も終わる。




 始まりはあの無茶苦茶な腕試しからで、勝ってしまった事により報酬を貰いかけ、俺はそれを拒否した。




 俺はあの時の判断を間違っていないと考えているし、悔いは無い……しかし、これは予想外な事態過ぎる。




 まさかアンナさんがお礼と言ってメイドをすると言って聞かなくなってしまうとは。




 あの『あーん』事件の後も、度々危なかった場面がありそうだったが、俺の必死の話術でマインスイーパーをし続けて何とか生き延びた。




 俺がここで一押しすれば、もうすぐ本人も帰る時間だと悟り、素直に帰ってくれるだろう……ふう。




「そろそろ時間じゃないですか? 遅くなってきているし……」

「そうですか? 話に花が咲きすぎましたね」

「俺も楽しかったです。でも、これで今日はお開きかな」

「では……私はこれでお暇すると致しましょうか」

「そうですね、半日でしたけどありがとうございました」




 部屋から出るアンナさんを見送って、俺は胸に使えていた棒が取れて安堵の溜息をついた。




 緊張する一日だった……色々と。




 エレナもさっきお風呂から上がったばかりだし、俺もそろそろお風呂に入って寝よう。今日は疲れが溜まっている分、早くグッスリ眠れそうだし。




 誰もいないお風呂場の戸を開け、中に入ると着ていた服を脱衣籠に畳んで入浴する。




 お風呂場は湯気が立ち込み、鼻を通って独特の湿った感触が脳へと広がる。




 掛け湯を軽く済ませて、お湯を桶に溜めて頭を洗う為にシャンプーを探す。




 視界はお湯で目の辺りが見え辛く、目を閉じたままで手を伸ばして探索を続けた。




 いつも有るはずの場所……だが、そこには目当ての物は無い。




「あれ? おっかしいな……昨日はまだまだあったの……エレナが使い切ったのか? 」

「いいえ、私が持っているから無いのです」




 頭を誰かに無造作にワシャワシャと洗われる感触があり、次いで泡が額を通って頬骨を伝う。




 俺は今、誰かに頭をシャンプーしてもらっているのだ。




「……この声……まさか……? 」

「そのまさかです、私がお背中流して差し上げます」

「う、う、う、嘘ですよね? 今の俺は裸なんですよ? 全裸なんですよ!? 」

「大丈夫、私はまだメイド服を着用してるから」

「そう言う問題じゃねぇ! 」

「意外と背中……広いんですね……//」

「み、見ないでぇ! というか早く出て行ってぇ! 」

「それは出来ません……まだ日付は変わっていませんのでメイドとしての責務は果たし切っていませんから」

「俺に何の恨みがあってこんな虐めみたいな……うう」




 もう……お婿に行けない……。

 エレナにすら、まだ着替えを覗かれた事が一回しかないのに……。




「恨み? 私は感謝しているんだよ、レイに……」

「え? 口調が……」




 背中に押し当てらる二つの感触と圧迫感。

 言葉が出ない。お風呂場の中で蛇口から出た水の音だけが水面に落ちて音を立てている。




「慣れない口調はやっぱり難しいよね……何回もボロが出そうになっちゃったし……疲れるよ」

「素で話してもらうのは大丈夫なんですが……む、胸が……当たってます……」

「当ててんのよ……バカ」




 再び無言がその場を支配する。

 俺は雰囲気の違いに何も言い出せず、アンナさんが話し出すのを待った。




「私ね、昔からこんな見た目だし、男が結構寄ってきたりしてたの。それで、何度か付き合おうとしたけど、どの男もみーんな体目当ての糞野郎ばっかりで……まあ、全員倒したんだけど」

「はぁ、それで俺が何の関係が? 」

「今日ね、勝負する時に調子に乗って好きにしていいとか言っていたけど、負けるとは思わなかった……そうして初めて分かった、とても怖くなったの……自分がどうなるのか考えて」




 確かに、あの時ばかりは表情が動揺しまくりで、平気な顔なんかじゃなかったけど、ここまで気にしていたなんて知らなかった。




「自分から言いだした事だし……歳上だし……馬鹿やったなぁ私、とか思って覚悟もしてた……でも」

「でも? 」

「貴方は私のふっ掛けた酷い勝負に乗って、しかも勝ったのに何も求めなかった……これって男としては凄いことだよ? 分かってる? 」

「あんまり……」




 あの時は表情で何かを感じ取ってはいたが、ここまで思い悩んでいるとは露ほど思わなかった。




「でね、あの時は本当に君の為に何かしてあげたい! って、心から思っちゃったの。だからこうして尽くしてる……悪ノリでやり過ぎちゃったけど変かな……? 」

「変じゃ……ないと思います」

「面白いよね……君って、だからつい悪戯しちゃった、ごめんね? やり方とか限度とか知らずに、ミズキ姉さんが前に話してた男のされて喜ぶことをやってみたんだけど……」

「その情報は……かなり限定的なモノですね……」

「そっか……まぁ許してよ! 」

「悪戯にしては酷すぎますってハハハ」

「ちゃんと謝ってるんだし許してよー! 」

「じゃあ……早く出て行ってくださいませんか? さっきからずっと見られてると思うと恥ずかしくて死にそうなんですけど……」




 忘れかけていたが、俺は未だにアンナさんに抱きつかれたままで、体にもアレが当たったままである。




 あの時は勝てた俺の理性が、今度こそと内心で暴れまくる本能を必死で押しとどめていた。




「いーや! ちゃんと体の隅々まで洗わせて頂きますよ御主人様? 」

「え、嘘? 嘘ですよね? ああ、手が! 弄るような手が俺の体にぃぃぃ!!!! 」




 それから数分後、意識がテクノブレイクしかけた俺はお風呂場で無残にも気を失い、その時の衝撃とトラウマで午後からの記憶を失ってしまうのだった。




 俺がとった行動は、一人の女性の心を撃ち、そして変えてしまっていた。だが、この時の俺はまだその胸の内に秘められた思いに気付くことはない。




「君みたいな男の子だったら……良いかな」

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