萌えとは何か
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「話は変わるけど……レイ君……やっけ? 君、ウチのギルドに入りーや」
「え、俺がですか? 」
「あ、私も大賛成ー! こんな子が一人欲しかったのよ。ウチのギルドって若さが足りないっていうか、潤いが足りないっていうか……」
「あのなぁ、本人を前にして若さーとか潤いーとか、言葉使うのやめてくれはりますか? 自覚しとるっちゅうねん」
「あらー! 私は別にそんなつもりで言ったわけじゃなくってよオホホホホ」
「ほんまどつき回したろかこの魔女が……っと、それは置いといてや、どうやろ、入ってくれんかな? 」
俺が勧誘……。力を認められているのか?
「アンナちゃんもその為にレイ君と手合わせしとったんやろ? アレも使こーてへんかったし」
「あ、バレてました? この子、私の従姉妹の家に厄介になっているらしいんですけど、腕が立つって有名だったんですよ」
「ほぉー、なるほどなー。うん、余計にウチのギルドに欲しゅーなったわ」
「あの……俺は……止めときます」
「「ええ!? 」」
三人が三人とも、顔を合わせて疑問を浮かべた。まあ無理もない、本人が話の腰を折って速攻断りを入れたのだから。
「なんで? 一体なんでなん? 」
「俺はあくまでエレナ達の所で働いていたいんです……だから俺はここに身を置けません」
「そっか……なら無理強いはせんわ。また気が向いたらここに来てや、何時でも僕等は待ってるわ」
「事情があるなら仕方ないわよね……寂しいけど」
二人は理解をするのが早く、こちらの気持ちを汲んで俺に対してそこからは深く勧誘してこなかった。
これが大人の余裕ってやつか。
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軽く挨拶を済ませると俺はギルドの外に。
時間的にはまだまだ余裕な時刻で、日も上側に位置していて辺りも明るい。
「さてと……これから何をするかな……」
「そうですね、何を致しましょうか? 」
「……アンナさん!? そんな格好のまま外に何でいるんですか! 」
「そんな事を言われましても……私は今日一日はレイ様に仕えるようお命じなさった筈ですが……」
「うぐっ……外だと恥ずかしさが倍増する上に口調が変わっているだと……」
役になりきってノリノリのアンナさん。自分の格好の物珍しさを知ってか知らずか物怖じしていない。悪ノリもここまで真に迫ると嘘も真となってしまうのが
世の常。
ギルドの周りを歩く人達が、口々にこちらの(特にメイド姿のアンナさん)を見付けては隣にいる俺にも視線が投げかけられる。
ああ、みんなの心の声が聞こえる……。
(昼間っからメイドさんと何をヨロシクやってんだよ)
「と、取り敢えず! この場はマズイ! こっちです付いてきてください! 」
俺の方が堪らなくなり、彼女の手を引いてその場から離れる。なるべく遠く、なるべく人の居ない所へ。
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「……それで、何がどうあったらメイド服姿のアンナさんがウチにいるの? 」
「それは……不可抗力って奴なんだ……」
「ちゃんと説明してよ! 」
「私、アンナ・ハプスブルグは、勝負に負け、本日一日限りのメイドとしてレイ様に御奉仕しなければならないのです」
「ご、ご、御奉仕ぃ!? ふ、不潔だよレイ! 」
「は、話を聞けぇ! ブベラッ! 」
強烈な右ビンタが俺の頬を捉え、発頸の如く小脳を揺らして、痛みが顔から脳に伝達する。
「お、お止めください! 御主人様に手を出す事は許しませんよ! 」
「ご、ごめんなさい……」
「ね、ねぇ……何でこんな事になったの? 」
「俺だってよく分からないんだって……気付いたら手遅れだったっていうか……」
あれよあれよと言う間に事が進んで今に至っているわけだし、本人がこれじゃあどうしようもない。
元から本人が服を持っていた位なのだ、深層心理にメイドさんになってみたいという欲求があったのかもしれない……年齢的にちょっとアレだが。
「それでは御主人様、これから少し早いですが夕食の支度を致しましょう。その為の食材を買いに行って参りますので少々お待ちくださいませ」
「か、買い物!? 別にそんな事しなくていいですって! 兎に角その格好で外に出ないで! 」
「どうしてですか? 可愛くないですかコレ? 」
「可愛いっ……けど、ちょっと外聞的に……」
「そうですか……なら、ここにある食材をお借りして料理を作る事に致しましょう、宜しいですか? 」
「ど、どうぞ……」
気押されてYesと答えてしまったエレナ。ならばと言わんばかりにテキパキと準備を始めるアンナさん。
食材庫から取り出してきたのは野菜と肉と卵とお米と赤いソースの……ケチャップ? だったかな。この三つで何を作るつもりなのだろうか。
「ふふ、楽しみにしておいて下さいね」
「ありがとうございます……」
お米を先ず最初に炊き、それに合わせてフライパンの上に玉ねぎと鶏肉とキノコを炒めていく。中に火が通ってきたらケチャップを投入して赤く染め上がる具材。
そこに炊きたてのお米を混ぜ合わせながら土台をしっかりと建築していく。
次に取り出したるはもう一つのフライパン。横でボウルに卵、サラダ油、水を入れ、卵を溶きほぐしながらよく混ぜる。なるべく泡立たないよう丁寧に菜箸でかき混ぜられていた。
油を引いて温まったフライパンの上に黄色の絵の具を零すように流し入れ、半熟状になるまで掻き混ぜたら手元の調理器具の中からフライ返しを取り出し、卵の焼きあがるタイミングを見据える。
「今です! 」
掛け声に合わせてフライ返しに浮かされた卵がフライパンを離れて宙に浮かぶ。
足場を失った卵は、母に優しく迎え入れるかのようにフライパンで見事にキャッチされ、盛り付けてあったライスの上に半熟の卵が蕩けながら覆いかぶさって行く。
「お見事……」
鮮やかな手付き、流れるように無駄のない動き。
目の前に置かれた皿の上には卵に包まれた赤いお米。食べた事のない料理なのにお腹は正直に鳴った。
「それじゃあ……頂きます」
「まだです、まだ完成しておりませんわ」
「え? でも料理は既に出来てるし……」
「仕上げが残っておりますので、暫しお待ちくだいませ」
そう言いながら取り出したのは、先程まで使っていたケチャップの入れ物。半透明の外側から真っ赤な血液にも似た液体が流動している。
「これから、このオムライスをもっと美味しくする魔法のおまじないをかけますね」
俺の目を見つめたままで、彼女はおもむろにケチャップを卵の上にかけ始め、そのまま言葉を呟く。
「美味しくなーれ、美味しくなーれ」
赤い血糊のケチャップは、黄色いキャンパスに大きな大きなハートマークを模って行く。
目下を視認する事なく、綺麗に描かれて行くハートと、見つめられ続ける俺。
「萌え萌えキューン♡」
俺とエレナはその場に固まり、時間が停止した。
最後のあのセリフは何なんだろう……。それだけが頭の中をグルグルと回り続ける。
『萌え萌えキューン♡』
胸の奥から湧き上がる恥辱ともどかしさ。
可笑しい、こんな歳上のメイド相手にこんな感情が湧いてくるなんて。
メイドって……いいなぁ。