報酬
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アンナさんを跪かせてから、俺達はギルドのエントランスへと戻った。その最中も歩く度に周囲からの好奇の目線が俺に集まる。
エントランスまで来ると、そこら辺にある手頃なソファーを案内されてその場に腰を下ろした。
「負けちゃったー! まさかあんな隠し技があったなんて……やるねぇ」
「いえ……俺自身が驚いてます……」
「もしかしたら、複数所持能力者かもしれないね」
「複数所持能力者? それってどんなものなんですか? 」
「えーっとね、普通は能力者って言うのはレアな存在なんだけど、偶に複数の能力を持って生まれる稀有な存在がいるって聞いたことがあるの」
「能力を複数……」
「でも、私は今までにそんな人には会ったことないし、噂でも昔の皇帝になった人とか、武神と呼ばれたりした男がそうだったって風の噂で聞いただけなんだけどね」
思い当たる節は確かに多くある。白狼の時に、山賊の時、そして……今回のあの左腕。明らかに同系統の能力者にしてはバラけ過ぎている。
俺自身にも、最初は無意識的に発動しているこの能力、使い始めてからようやくコントロールできる程度の理解しか今はない。
「でも、複数能力者にしてもそんなに沢山の能力を使い分けられたりするのかな? 多過ぎるよね? 」
「ですよね、俺にもよく分からないんです……」
「まあ、慣れていけばその内分かるんじゃない? 」
豪快に肩を叩かれ、肺に衝撃が与えられたことで息が詰まって咳込んでしまう。
「ところでさ……負けちゃった訳なんだけど……」
「そう言えばそうでしたね」
「あの賭けの……内容の……」
「体を……好きにしていい……」
ゴクリ……。生唾を飲んでアンナさんを見つめる。
戦闘の後で軽く汗ばんだ体は、火照りと汗で軽く湿っていてツヤツヤしている。そして本人は顔を赤くして俺を見つめていた。
自分が冗談で言い出したこの条件。
よもや、自分で言っておいて自分で破棄することは大人としてできないのだろう。
この後の自分がどうなるかを今更案じて、心配の種は心の中で羞恥を糧にして大きく育つ。
「で、でも! 約束は約束だよね! 仕方ない……仕方ないから私を好きにしていいよ……うん」
「そうは言われても……」
一男としては、このシチュエーション、美女を好きにしていいと言われて何もしなければ男が廃るというもの。
本人の同意も得て、尚且つ彼女はとても魅力的な女性だ。これまでに世の男共が掃いて捨てるほどに求愛していてもおかしくはない。
子供には無い大人の色気。扇情的なエロス。
据え膳食わねばなんとやらな状況ではある。
だがしかし、彼女の目を見ていると、そんな下卑た考えをすることができなくなってしまう自分がいた。
他にも俺を止める要因は多々あり、エレナやマリアの顔がどうしても浮かんでしまう。
自分の理性に従うか、はたまた自分の本能に従うか、道は二つに一つ。
俺が出した結論は……
「そんな約束しましたっけ? 忘れちゃいました」
「え? でも、今さっきまで確かに覚えてて……」
「俺が覚えてないんですからこの件は無しってことで良いですよね? 」
「は、はい……」
半ば強引に、俺はアンナさんを納得させた。
これでいい……これでいいんだ。
彼女の悲しむ顔を見るくらいなら、この事は忘れる方がいいんだ。
心の中で残念がる自分も確かにいるけど、それ以上に今回は理性が本能を上回った。それだけの事。
「で、でも! それじゃ私の気が済まないよ……」
「と言われましても……俺も別に……」
さっきまでとは打って変わって乙女のような愛らしさに富んだ表情を見せるアンナさん。後ろめたさがあるのか心に引っかかる所を見せる。
「……そ、そうだ! 私がレイの一日専属メイドさんになって尽くしてあげればいいのよ! 」
「は? 」
な、なんだ? 何か今、変な言葉が聞こえたような……。気の所為か、気の所為だよね、気の所為であって欲しい。
「きーめた! 今日の今から明日の日付が変わるまで、私がレイのメイドさんになります! 」
「気の所為じゃなかった……」
「何、嫌なのー? こんな美人が一日専属で尽くすんだよ? 尽くしまくりだよ? 」
「い、嫌じゃ無いですけど……」
世の男性の殆どが嫌では無いと答えてしまうとは、本人の前では言えない、恥ずかしくて。
アンナさんのメイド姿……想像の範囲内だけでもかなりの破壊力があると推定できてしまう。
そんな彼女に尽くしてもらえる……悪くない。いや、寧ろ良過ぎるといっても過言ではない。
俺にとっても、アンナさんにとっても、ちょうどいい塩梅の妥協点。
「じゃー本人もそれで良いって言ってるし、ちょっと奥で着替えてくるから待っててねー! 」
俺の了承とは取りにくい発言をアッサリと了承と取り、アンナさんはギルドの奥へと消えていった。
そもそも、どうしてギルドの中にメイド服を持ってきているのか……解せない。
「はろはろー」
アンナさんの姿が見えなくなると同時に、俺の座っているソファーの向かいに二人の男女が座った。
二人ともアンナさんより歳上に見え、女性の方は、アオザイに身を包んで妖艶なオーラを放ち、男性の方は、眼鏡をかけたボサボサ頭の冴えない感じ。
二人は、とても嫌らしい目付きで俺に話しかける。
「ねぇねぇ、貴方ってやるじゃない! まさかウチのローズちゃん相手に良いとこ行くなんて、あの娘、あー見えてウチのギルドのNo.3なのよ? 上から三番目に強いのよ? 」
「僕もビックリしたわー、まさか、あないな方法で虚を突くとは……よぉ考えたもんや」
「あの……俺に何の要件でしょうか? 」
いきなり歳上に声を掛けられて、その魂胆が見えず警戒してしまう。
「おお、自己紹介がまだやったね。僕はミコト、ミコト・スメラギ言います。宜しゅう。んで、こっちのエロいネーちゃんがミズキや。ここのギルドのトップツーやから仲よーしてな」
トップツー……。という事はこの二人はアンナさんよりも強いという事になる。見た感じではそこまで強そうには見えないんだけど。
「こちらこそ……レイです」
「何この子可愛いわー、襲っちゃいたい! 」
「やめーや、そんなんやとアバズレや思われるで」
「失敬ねー。私は大人として教育を……ゲフンゲフン」
「教育が何ですか……? ミズキ姉さん? 」
「ちょ、タンマ! 落ち着いてアンナちゃん! これは勧誘! 勧誘なんだって! 」
「ギルドに来るのが初めてな子なんですから、勧誘するならもっと真面目に勧誘してください! 」
ミズキと呼ばれる女性を叱っていたのは、さっきと全く違った装いのアンナさんだった。
お店で着ていた制服とはまた違ったデザインで、胸の部分の膨らみが、より強調されるように作られているのか出る所がちゃんと出てて……エロい。
ホワイトプリム式にレースのカチューシャ、エプロンは肩からストラップを回し、ウエストで締めていて、また一枚の布に切替え線を工夫して、エプロン風に仕立て上げられていた。
フリルの入ったスカートにエプロン状の前飾りを付けたエプロンスカートからは、持ち前の白くてスッと伸びた御御足が覗き隠れしている。
「きゃー! 何それ凄い可愛いわ! お持ち帰りしちゃいたいくらい! 」
「ミズキ姉さんに持って帰られるのはちょっと……」
「どうして!? 私の何が不服なの!? 」
「取り敢えず、そのおっさん染みた貞操概念から治さんとあかんと思うで……」
「言ったなー! スーだって見た目からしたら、枯れかけの若年寄なんだからね! 」
「若年寄って……気にしてるのに酷いなぁ……」
野暮ったい眼鏡を右手で軽く押して苦笑する男と、アンナさんを強烈にしてしまったような女性。そしてそこにメイド服姿で乱入してきたアンナさんと呆然とする俺。
周りが何も言わなかったので何も感じなかったが、ギルドの上から三番目までの強者が一同に会して、今日来たばかりの少年に話かけているなど、普段ではあり得ない光景である。
それだけに、俺の見せた戦いが彼等の興味のスイッチを押したことに他ならない証拠であった。