真紅の薔薇
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目の前に対峙しているのは、燃え盛る炎を身に纏った能力者。
薔薇のような炎の火の粉が宙に広がり、その様相はさながら赤い花粉に見えてしまう。
凶悪な力なのに、優美で優雅で優然で。
この場を焼き尽くさんとする能力は、彼女の持つ美貌と合わさり一つの芸術へと昇華されていた。
「あんなのとどうやって戦えば……」
俺は考える。どうすればアンナさんに俺の攻撃が届くのかを。
ただでさえ体術でも互角に近く、鉄槍のリーチに中距離〜近距離までは炎の能力がカバーしているのだ。
どこをとっても隙のない完璧な布陣。
突破口など存在するのか?
試しに一度斬りかかってみたが、槍に届く前に炎の蔓に行く手を阻まれて悪戯に炎を斬っただけに終わった。
体力が減るばかりで、これは正攻法ではない。
いや、絶対にある。有るはずなんだ。どんな力にもきっと弱点は存在するに決まっている。
例えば、考えられる一つの可能性としては、『燃費』の問題とか。
俺の能力は未だ分からない事が多くあるが、それでも今の状態はそこそこ長めに持続する事が可能だ。
チラリと時計を見ると、残り時間は丁度半分位は残っており、それを加味して更に思考する。
アンナさんの能力は確かに強力だ。だが、その分持続時間が短いのではないだろうか。
真偽のほどは定かではないが、このプランで攻めてみるしか勝機は無い。
俺は地面に刺さっていた鉄剣を抜き取り、アンナさんに向けて構えなおした。
「レイは能力を使うと見た目が変わるんだー! 何ソレ凄く面白いじゃん! ワイルド系でイカすね! 」
「アンナさんこそ、炎とのコントラストがとても素晴らしいですよ」
「もう! 褒めてもお姉さんは手加減もしないし、何も出てこないんだからね! 」
「大丈夫です。自分でアンナさんを手に入れますから」
「……言うじゃない」
俺の挑発にも全く動じないアンナさんは、舞踏でもするかのように鉄槍をクルクルと器用に回し、俺に少しずつ近付いてくる。
俺は敢えて距離を開け、鉄槍と炎の捕捉距離に入らない。時間を稼ぐためだ。
やるなら、能力が切れてしまう一瞬を待ち、もしもそれがダメなら、最後の数十秒に全てを賭ける。
「あれー? 私を手に入れるとか言っていた割には、随分と消極的だね」
「俺には俺なりの考え方があるんですよ」
「とか言ってー、実は怖いんじゃないの? フフフ」
「ええ怖いですよ。怖いからこそ作戦を考えているんですから」
「へぇ……どんな作戦なの? 教えてよ」
「教える訳ないじゃないですか! 」
この直球で聞いてくる感じ、やっぱりエレナの従姉妹で間違いないんだなーって思う。
今のエレナを成長させて好戦的さと、歳上特有の悪戯っぽさを足せばこんな感じになるのだろうか。
「コラ、戦いの最中で別の考え事は大怪我の元だよ」
声で我に帰ると、直ぐそこまでアンナさんの姿は接近しており、俺は慌ててその場を飛び退いた。
意識の隙間の一瞬、その一瞬を突いてここまで近付いてきていたのだ。
もしも、今の攻撃に対して、俺のスピードが勝っていなければ、あそこで勝負は決してた。
気を抜くな、一瞬たりとも意識を他の事に向けちゃ駄目なんだ。相手から目を離すな。
アンナさんに接近されぬよう、スピードを活かしてその場から俺は消える。訓練場の至る所に残像を生み、狙いを絞らせないようにする。
流石にこれには相手も付いてこれず、中心に立つと自分の周りに円形に近い炎を展開して防御に徹していた。
これで、後は力が使い切らせる事ができるかどうか。
時間は残り二分を切るが、依然として彼女は平然を保っていた。
何を思ったかアンナさんは姿の見えない俺に向かって話し出す。
「お姉さんはさ、昔から腕っ節と体力にだけは自信があってね、お陰さまで今じゃ二、三時間位は平気で能力を使えるからガス欠を狙っていたんじゃ勝ち目はないよ? 」
「でしょうね……冷や汗一つかいてやいない」
「そんな及び腰なんかじゃなくてね、こう、もっと熱くなれるような痺れることをして欲しいんだって! 全力で向かってきてお姉さんを満足させてよ! 」
「やるしかないのか……」
額から流れる汗の雫。頬を伝って落ちる前に受ける熱波で消えてしまう。それほどにアンナさんは熱く燃えたぎっていた。
会場の雰囲気は既に最高潮。時間も残り一分を過ぎてやれることも後一つだけ。
全ての力を込めてぶつかることだけだ。
勝てるかどうかは分からない。だが、このまま逃げて終わることだけはしたくなかった。
「最後のチャンスをモノにして、私を跪かせることができるのかなー? 」
「……行きます! 」
全力で地面を捉え、全ての力を推進力に変える。
景色が一呼吸の間にガラリと変わって、既にアンナさんの射程圏内に突入していた。
意識的か無意識的かは分からないが、俺の存在を感知した炎の荊が俺を絡めとらんと襲いかかる。
それら全てを超絶的なスピードで躱して躱して躱しまくる。
能力を限界近く引き出したことで、頭がズキズキと痛むが、それでも構わずに力を使い続けた。
炎と炎の間、ほんのすこしだがそこに隙が生まれて活路が見える。
すかさずそのを目掛けて突破すると、餌が来るのをじっと待つ獣のように鉄槍が一点、俺を狙いっていた。
炎の間から放たれる至高の一突きが、俺の剣と交叉して火花を散らす。
俺は力を全て足から手に流し、全力で槍を空中に跳ね上げることに成功した。
同時に重りを外すように俺は手に持つ鉄剣を空中に手放した。
ガラ空きになった彼女の体に、後一撃を入れれば勝負は俺の勝ちだからだ。
そう確信していたが、それすらも彼女には計算の内だったのだと気付くまで数秒。
俺の攻撃が届くよりも速く、俺の背に向けて炎の鞭が襲いかかっていた。
意識を前に集中しすぎていた事による背後への油断。そこを突かれていたのだ。
剣は鉄槍を弾いた際に手放していて、生身で防御する事は出来ない、直撃は間逃れられぬ。
負けた、肌でそう感じていた。
『お前は負けない。力を使え、そうすれば勝てる』
刹那、奴の声が頭に響いて、体が熱くなる。
アンナさんの能力による熱さではない。これは俺の体の内側から湧き出る熱さなのだ。
体の中から底知れぬマグマが湧き上がってくるような、体の組織全てが作り変わっていくような感覚。
俺は訳も分からず、その感覚に身を任せて左腕を背後に回した。
直撃、炎による攻撃は確かに俺の体に直撃していた。
だが……俺の体には傷一つない。
炎による炎撃は、俺の胴体に当たる寸前、あるものに阻まれてしまったことにより不発に終わったのだ。
俺の左腕、その手首から前腕にかけての姿形が先程とはまるで異なっていた。
オレンジ色に染まった腕、平べったく重厚感のある腕は何処かで見たことがある形状。
盾のようなスコップ型の顔をしていたあのモンスター、スコーファロのような形状に変化していたのだ。
全ての人間が驚きを隠せない一瞬、俺は直ぐさま残りの右の拳をアンナさんに撃ち込み、彼女は後ろへと吹き飛び、地面に跪く。
「はぁ……勝ったのか? 」
こうして、いきなりふっかけられた腕試しは、俺の疑問に残りながらの勝利となって幕を下ろした。