腕試し
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「私と勝負しない? 」
初め聞いた瞬間、俺は何処かの野菜系戦闘民族とでも会話をしているのかと思った。
暇な時間にフラフラしていての出会い頭の一言目、その一言目が戦おうよとか何だこの人、挨拶で戦っちゃう人なんでしょうか。
「い、いや……急にそんな事言われても……無理ですよアンナさん」
「なんでー? バトろうよー! 」
ヤバい、この女性は何か人としてヤバい。直感が全力で非戦闘手段を取れと号令をかけていた。やったら殺られると諭しまで含めて。
アンナさんこと、アンナ・ハプスブルグさん。彼女は中々の戦闘狂だった。
自身の心の中の血の滾りをそのままに体現しているかの如く、艶やかで明るめの赤髪。
「俺は戦いが好きなわけじゃないんです! 」
「うっそだー! だってお姉さん聞いたよー? この前に私がいない時にお店で悪い奴等が来てて、アンナとエレナちゃんが危ない所を颯爽と救ったって! 」
「う、うん? 間違ってはいないのに脚色されている様な気がするのは何でだ……? 」
「その日からマリアは『レイ……来ないかな……』とか呟いてるしさー、惚れられたの? 」
「ないないないない、だって俺は視線すらまともに合わないんですからね? 」
「そ、それはあれよ! 『気になるけど恥ずかしくて目が合わせられなーい♡』みたいな感じじゃないの? 」
「その言い方が……年齢的に問題アリかと……」
「べ、別に良いじゃん! レイって意外に意地悪さんだよねー」
もしかしたらだが、アンナさんは年齢の割に乙女だったりするのかもしれないな。なんて幻想を抱いていると、アンナさんは背中に手をかけた。
「ちょ、ちょっと! ここはマズイですって! こんな真昼間の街中でやり合うなんて正気の沙汰じゃない! 」
「だって……体が疼くんだもん……」
「へぇ? 疼く? 」
「私ってさ、昔から自分より強い人があんまりいなくて、強いって噂の人には片っ端から喧嘩を吹っかけて行ってたのそのせいで周りには手合わせしてくれるような人がいなくて……」
「それで俺に白羽の矢が立ったと……横暴だ! 」
「良いじゃんー! どーせ減るもんでもないしさ! 」
「減りますよ! 確実に寿命とか諸々! 」
「細かいのは抜きにして、やろうよ! 」
「だ、か、ら、やろうよ! じゃなくて時と場所考えて発言行動して下さい! 」
「なら……ちゃんどバトれる場所なら良いんだよね……フフフ」
「は、嵌められた……」
しめたとばかりに口元を歪めるアンナさんは、正に極悪非道のお代官も真っ青なほど生き生きとしていた。
それから俺が首根っこを掴まれて何処かへ連れ去られたという情報がエレナ達の耳に入るのは数時間後のことだった。
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「はい到着ー! ここでやろう! すぐやろう! 」
「あの……乗り気じゃないんですけど……」
「そんなのやればすぐに乗り気にもなるさ! 」
「根拠のない自信だ……」
拉致されて来たのは、何やら大きな看板が屋根に立て掛けてある建物。外観は他とは違って、屋根とか壁とか色んな場所から色んな物が乗っかっていたり突き出ていたりした。
何だこの建物……見たことがない。
これが初めて見た時の素直な感想。
看板には大きく【眠りの森】とだけ書かれていて、これだけでは一体何の建物で何をするのかも想像がつかない。
唯一分かることと言えば、俺はこれからアンナさんとバトらなければならないということだけ。
「やあ! 今日はお客さんを連れてきたよー! 」
憂鬱な気分で扉を開けると、中の場が静まり返る。
そこかしこの隅で机を挟んではヒソヒソ話の的にされている気分でちょっと嫌悪感。
「ここは一体何の建物なのか説明して下さいよ」
「言ってなかったっけ? ここは私の所属するギルド【眠りの森】(スリーピングフォレスト)よ、。ここには訓練場があって好きなだけ暴れても問題ないし、街中でもないから条件はクリアしてるわ」
「まさかこんな形でギルドって所に来ることになるとは……」
「まあまあ気にしない気にしない! 男の子はクヨクヨしてちゃダメだぞ! 」
「おーいローズ、その客ってのはどんな客だい? 」
「こんにちはマスター! この子が腕っ節が強いってパパから聞いたからちょっと腕試をね! 」
「そうかいそうかい、自由に使っていいけど、くれぐれも壊さないでおくれ」
「善処します! 」
アンナさんからマスターと呼ばれた女性は、既に弱い百は行っていそうなほどヨボヨボな高齢の方で、顔中にシワができて目が開いているのか閉じているのか分からない。
だが、その声は未だに凛々しく、若い者にも遜色無い対応をしていた。若さの秘訣は何なのか聞いてみたい気もするが。
「おいおい、ローズが腕試をするんだってよ! 」
「しかも、相手はまだこっちに来たばかりの少年で、見た目は結構二枚目だ……クソッタレ! イケメンかよ……美人がよかったぁ……」
「いつ以来だぁ? ローズが仕事以外の私用で対人戦闘するなんて……見に行ってみようぜ! 」
「久し振りにアレが見えるのかな! 」
話を聞き耳立てていると、”ローズ”と呼ばれる存在がアンナさんで、少年というのが俺のことで間違い無いと思う。
でも、どうして皆んなはアンナさんの事をローズと呼んでいるのか……余計に謎が深まった。
「じゃあ、地下の訓練場まで降りよっか! 足元暗いから気を付けてね」
「は、はい……気を付けます」
「あー楽しみだなー! 」
「あー、憂鬱だなー」
「どうして? 」
「俺は出来るだけ女性に暴力は振るいたくないんですよ」
「へえー、紳士だねー」
余程の極悪人でもない限りは、俺は女性には手を出したくないのだ。だから、アンナさんも例外ではなく、元の力を出せないのだ。
「じゃあ、こうしよう! 私に勝てたら……私の体を好きにしていいよ? どう? 健全なお年頃としては効果覿面だと思うけれど」
「す、好きにぃ!? 思わず吹き出しちゃったじゃないですか! 冗談でもそういう事は言わない方がいいですよ」
「大丈夫だって、だって私は強いもの。絶対に負けない勝負ならレートは幾らでも高くて構わないわ」
明らかな実力からくる圧倒的な自信。
それがアンナさんにはあって、俺には無い。
暗い暗い、螺旋状の階段をゆっくりと降りていくと、次第に光が差し込む扉が見えてきて、その扉に手をかけるとズッシリと重く、一人では開けられそうもなかった……筈だったが、アンナさんは何事もないかのように片手でドアを開け放った。
会場に溜まった風が、出所を求めてビュービューと吹き荒び、中の熱気がここまで伝わってくる。
「今からルールを説明すると、制限時間内に私を跪かせたらレイの勝ちで、時間を過ぎてもダメだったら罰ゲームで言うことを聞いてもらいます! 」
「何か罰ゲームが増えてますよ! 」
「そんなの、このグラマラスなボディを拝む為には、それなりのリスクが無いとダメに決まってるじゃ無い」
「む、無茶苦茶な……時間は? 」
「えーっと十分かな? 」
「短い! 」
一歩中へ進むと、周りは一面ボードで囲まれていて、その上に観客席がグルっと一周するように設計されていた。そこには先程噂をしていた人達がチラホラと座ってこちらを観察していた。
中には手を振ってくれてたり、お菓子を食べてたり、友達と話しながらだったり、色んな人が見に来ている。これじゃ下手な戦いはできない。
中央の盛り上がり部分に設置されたタイルのリングの上に上がる二人の男と女。
半ば強制的なイベントなのは間違いないが、俺はもう腹を括るしかないな……。
やるからには本気でやる……別にアンナさんの体が見たいとか……ごちょごにょごにょ……。
し、下心は無い! ……とは言え無いが頑張るぞ!
互いの不純な動機から始まってしまったこのギルドでの腕試し、果たして勝つのはどちらか。