アルバイト
✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎
「今日はお店を休みにするから」
叔父さんの唐突な一言で一日が始まる。
聞けば、今日の業務の予定であった荷物の運搬作業が一つ前の業者で止まってしまい、一日分の仕事がチャラになってしまったと言うのだ。
「突然休みと言われても……何をしようかな」
「そうだね、今日は完全にお仕事モードだったから何も考えてないし」
人は突然の事態に反応が鈍ってしまう生き物で、二人の場合はそれが特に顕著に出ていた。
働きたい、そんな気分を解消させるには……。
「あのさ、カルロスさんが前にアルバイトにお出でって言ってたけど、今日行ってみないか? 」
「それ良いね! それなら仕事も出来て暇も潰せて、マリアちゃんと話せるよね! 正に一石三鳥だよ! 」
「それじゃ、ご飯食べたら行ってみよう」
エレナも俺の提案に賛成し、食事と着替えを済ませて家のドアを開けた。
距離にしてほんの十メートル歩かないか位で目的地に到着する。
目的地の【カフェ&BAR・ハプスブルグ】は目と鼻の先だ。
ガラス張りのドアには【Open】と開店札が下げてあり、中にもお客さんがいた。
二回目の来店にしてアルバイト希望とはいかんせん急な展開であるが、楽しみで仕方がない。
前に飲んだコーヒーの味が未だに忘れられないでいるのだから、仕事もきっと楽しいはずだ。
ベルの音色と共に来店すると、入り口付近にいた女の子が話しかけてくる。
トテトテっと言う音を立ててフロアを小走りに寄ってきてくれた女の子。
茶系の強い赤髪の女の子……そうマリアだ
「いらっしゃい……ませ」
「マリアちゃん! お仕事手伝いに来たよ! 」
「あ、あうう……」
「マ、マリアちゃんどうしたの!? お腹でも痛いのかな? 」
「少なからずお前が抱きついていることが関係してそうだけどな……放してあげなさい」
「ご、ごめんね! 悪気はないの! ただ抱き心地がちょうど良さそうで……」
「大丈夫……ちょっとビックリした……だけ」
前は私服姿で会っていたので初めて制服姿を見るのだが、姉のアンナさんとは違った良さを感じる。
慎ましい胸に背も小さく、小人の世界からやってきたお姫様のよう。
制服はアンナさんのが大き過ぎるのか、こっちのが小さすぎるのかと言うくらいに二人の着ていた制服の印象は違う。
カルロスさんの元へ一緒に行く時も、パタパタと足幅が短いので歩数が必然的に多くなり、一生懸命さが出ている。
何だろう……保護欲を擽られているみたいだ……。
この子を守ってあげなくちゃ……みたいな。
お客さんも男の人は口々に小ちゃくて可愛いねとか、お人形さんみたいだよ! とか言いたい放題。
本人はそれらを全て華麗にスルーして廊下を歩いていた。
「カルロスさん、こんにちは」
「いらっしゃい、今日はどんなご用件かな? 」
「あの! 今日はお店が急に休みになっちゃって……このお店で働かせてもらえませんか? 」
「いいよ」
即決である。何の迷いも躊躇もなくこの職場で働くことが決定した。
「え、そんなに簡単に採用していいんですか? 」
「レイ君、君は面白いことを言うね。採用される側が即決採用されて大丈夫か確認を取るなんて」
「いえ、何だかトントンで話が進んだなーと」
「このお店はね、娘達の他にも何人かアルバイトの子達がいるんだけど、アンナも含めてみんな今日は用事があって来られないらしくてね」
なるほど、単純な人手不足か……。
アルバイトを雇ってしまう以上、何処かで一度はこんな事態に見舞われるのだそうで、それが偶々今日だったと。
カルロスさん側からしても、この展開は予想外だがラッキーと捉えていた。
「マリアは仕事はできるんだけど、人と話すのがあまり得意ではないし、一人だと入店案内からオーダー接客その他諸々やるのは時間的に無理だ、だから君達に声を掛けようかとも思っていたんだよ」
「ベストタイミングってことですね! 」
「エレナは美人さんだし、レイ君も中々に二枚目だ。きっと制服がよく似合うと思う」
カルロスさんに更衣室まで案内されて、ロッカーの中に入っていた制服に目を通した。
男性用の制服は、カルロスさんのカマーベストと若干違っていて、食事を運んだり掃除をしたりする為、ロングエプロンタイプになっていた。
慣れない服装に手を焼いていると、いきなり更衣室のドアが何者かに開けられる。
「まだ着替え終わらないのー……って! やだ! 何でまだ下着姿なの! 」
「いや、俺ってこんな服着たことなくて……てかそんなにマジマジと見るなよ! 」
「べ、別に見てないし! ほら早く着替えないとカルロスさんに怒られるから早くこっちきて! 」
有無を言わさず俺を手元に呼び、した事のないネクタイを代わりに締めてくれる。
ネクタイを目の前で締められることで、エレナのフンワリとした髪の香りが鼻に漂い、頭がクラクラして大変だった。
「うんうん、見立て通りに良い感じに二人とも仕上がってるよ」
「本当ですか? レイはどうかな? 」
「良いんじゃないかな……? 」
「何だか適当じゃない? ぶーぶー! 」
違うのだ、本当は超絶似合っていている。だがあまりに似合いすぎていてうまく感想にできないのだ。
いつもの服装よりも肌の露出が多目で目のやり場に困ってしまうほど似合っている。
特に、綺麗ですらっとした白い足が、スカートの端から見え隠れてしているのがヤバイ、ヤバすぎる。
「まあまあ二人とも落ち着いて、これから業務をして貰うんだけど、私がキッチンスタッフ兼バリスタ担当で、エレナは会計中心とホール担当、レイ君は食器の片付けと食事の配膳を中心に、偶に食材の出し入れとかも手伝ってくれると助かる」
「「分かりました」」
「まあ、お客さんはみんな常連だから、見慣れない君達が新人か応援アルバイトだって分かってくれている。だから楽しんで仕事をしてね」
腰の紐を結び直し、気合いを入れる。
手伝いと言えど、仕事は仕事。やるからに真面目にやらないといけないからな。
「大丈夫……私が出来るだけフォロー……する」
「頼りにしてるねマリアちゃん! 」
「だから……苦しい……」
「おいおい、また同じことするなよな」
「おっとついつい可愛くて……」
「エレナ……姉さんに似てる……」
「嘘ぉ!? そうなの? 私そんなにアンナさんに似てる? 」
「否定はできないな……従姉妹だし……」
「そ、そんな……嬉しいようで嬉しくないかも……」
その言葉、アンナさんが聞いたら悲しむだろうな多分、……直ぐに立ち直って抱き着きに行きそうなのが目に見えているけれど。
「私だって商人の娘! 言わば接客業のプロ! 会計だって簡単なんだからね! 」
「そこまで力説しなくてもいいよ……」
エレナは何時もよりもスイッチが入っているみたいで、目から炎が出ていた。そのやる気に感化されない俺ではない。
今日一日、急に決まった予定だけど、これから俺の初カフェ店員のお仕事が今始まる。