薔薇の姉妹
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「ご馳走様でした、とっても美味しかったです」
「また何時でもおいで、ラテアート教えてあげるから。何ならアルバイトをしてくれても良いんだよ? 」
「……考えておきますね! 」
カルロスさんに挨拶を済ませ、店を出ようとした時、視線の横を誰かがすれ違った。
エレナより少し明るめの髪の色、鼻が高く伸びきった顔立ちに腰よりも長い髪の女の人だった。
違和感を感じたのは、彼女の服装がこの場に似つかわしくないものだったのが原因で、上は白ベースの鎧、下はベージュベースのアームスカート、そして、太腿まで伸びている長めのレギンスブーツを履いていたからである。
背中には折りたたみ式の大槍が見え隠れする、生粋の武人タイプな大柄な女性。
その場ではすれ違い様だったので、何事もなく店を出たが、その姿がずっと頭に焼きついて離れなかった。
「お帰りー、お義兄さんのコーヒーは美味しかった? 」
「とっても美味しかった! あれなら毎日でも飲みたいよ! 」
「内装もお洒落だったし、良いお店ですね」
「ウチも負けていられないな。それじゃあ、荷物の積み込みを手伝ってくれるかな」
その日は一日かけて荷物の運搬作業を進め、終わった時には既に陽は落ちていた。
夕日が沈むのに合わせて都市に鳴り響く鐘の音が、一日が終わってしまったのだと感じる。
「大体は終わったね、明日からルシルフル・エンポーリオはここが拠点だよ」
「ここで何をするんですか? 」
「ふっふっふー、私が説明してあげましょう。このNewルシルフル・エンポーリオでは、物資の流通で、いつも通りの行商に加えて運び屋の依頼や普通の物価店の役割も果たすオールマイティーなお店なのです」
「そんなに沢山業務内容があるんですか……覚えられるかな……」
物覚は悪くない方だと思っているけど、今までの数倍は忙しくなりそうだ。
「まあ、仕事はおいおい覚えて行こうね、ちゃんと働いてくれたらお給料も払うし」
「良いんですか? 俺は居候の身なのに……」
「いつもそれ以上の働きをしてくれているから、報酬を払うのは当然のことさ。そこまで沢山はあげられないけど我慢してね」
「ありがとうございます! 」
頑張って働こう。そう思った。
この人達に少しでも恩が返せるように出来ることは何でもやろう。
「そう言えば、さっきカルロスさんのお店を出る時にすれ違ったんですけど、エレナに似た姿の背の高い女の人がいて……知りませんか? 」
「その子は鎧を着込んでいて、背中に槍を持っていなかったかい? 髪も凄く長い感じの」
「そうです! よく分かりましたね」
「そりゃ分かるさ、だってその子はエレナの従姉妹だもん」
「従姉妹なんかいたの!? 本人が初耳なんだけど……」
「あれれ? 言ってなかったかな? エレナには二人の従姉妹がいるって……」
「言ってないよ、言ってない! 一度もそんな話をしてくれたこと無かったし! 」
「そうだったかなあ? お義兄さんのことは少しだけ話していただけで、そこから話してなかったのか……ごめんね? 」
「何てアバウトな……」
叔父さんは茶目っ気に下をペロリと出し、その数秒後にはエレナのチョップが脳天に直撃していた。
それにしても、あの人は確かにエレナに似ていた。
それも大人びた感じで……強そうだったし。
「二人ってことはあの人の他にもう一人居るんですよね? 」
「そうだよ、上の娘は君達よりも四、五歳くらい歳が上だった筈だけど、下の娘は君達と同い年くらいだったなー」
「会ってみたいな……従姉妹か……」
「下の娘はともかく、上の娘はもしかしたらエレナの事を覚えているかもね」
「だったら良いなぁ……」
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次の日のお昼前、休憩時間を使って俺とエレナは【カフェ&BAR・ハプスブルグ】を訪れていた。
お店のドアを開けると、カランカランとベルが鳴り、俺逹の入店を知らせる。
今日は店内にはお客さんが少なく、カルロスさんもする事がなくてグラスを布巾で拭いているとこだった。
「こんにちはカルロスさん」
「やあ、いらっしゃい。丁度二人の話をしていた所なんだよ、おいで」
「ではお言葉に甘えて……」
席に座ろうとすると、横に何処かで見かけた赤桃色の髪の持ち主が座り込んで背を向けている。
「この二人がパパが言ってた二人かー、昨日見かけた気がするけど覚えてる? 覚えないかー」
「覚えてます、昨日帰り際に入り口ですれ違いましたよね? 」
「お、よく覚えてくれていたねー、お姉さん嬉しいよ」
見ず知らずの女性に手を握られ、胸のの拍動が一気に急上昇してしまう。ドクンドクンと心臓が暴れ出して乱暴に送り出された血液が顔に集まっていく。
「コラコラ、お客様に手を出すなよアンナ」
「そんなつもりは無いってば、ごめんね悪気は無いから許して? 」
「だ、大丈夫です……」
「レイー? 美人に手を握られたからってドキドキしてちゃダメでしょー」
「は、はい……」
「ハハハ、という事は貴方がエレナちゃん? わぁ、私達の髪の色に似てる! 」
「そ、そうです……えっと……」
「私はアンナ、アンナ・ハプスブルグ。歳は二十歳で、スリーサイズは上から90……これはいいか」
「ゴホン、淑女らしくできないのかお前は」
「無理ですわよ、オホホホホ」
店内のテーマと逆のコントラスの制服を着ているアンナさんは、見るからに大人といった風合いで、昨日の鎧姿でいるのではなく、店の制服に袖を通している。
白メインの制服は、白ワイシャツに膝丈の黒のタイトスカートと、ストッキングにローヒール姿で、本人が言いかけたバストが強調されていた。
エレナより印象が大人びで見えたのは、歳だけの話だけではなく、ナチュラルにメイクが施されていて少し薔薇の香水の匂いがする。
「アンナさんは、どうして昨日あんな格好をしていたんですか? 」
「昨日? ああ、私にとってはこっちはただの家事手伝いで本業はあっちなの」
「本業? 」
「そ、私は専ら戦闘専門職だからギルドに行って悪いモンスターを沢山退治してお金をもらってる、今度来る? 」
ギルド……聞きなれ無い言葉。
こんな若い女性が率先してモンスターを狩りに行っているなんて驚いた。
「機会があればお願いします……」
「うんうん! 男の子はやっぱりこれ位の度胸が無いとダメだよね! エレナちゃんもそう思うわよね? 」
「わ、私ですか!? そ、そうですねー、やっばり度胸がある男の人はす、素敵だと思います……」
「あーん可愛いー! エレナちゃんお人形さんみたいだし発言がいちいち可愛い! ウチの子に欲しいわ」
「馬鹿を言うんじゃない、そんな事しなくても家は隣なんだ。 会いたい時に会いに行けばいいだろ」
「それもそうか……じゃあ毎日お姉さんが会いに行ってあげるから! 」
「あ、ありがとうございます……」
我慢しきれなかったみたいで、彼女はエレナに抱き付いて自分の豊満な胸にエレナを埋める。埋められたエレナは最初は踠いていたのだが、アンナさんの力の強さと柔らかな感触に心地よくなったのか動かなくなってしまう。
やはり、昨日は鎧で覆われていたから気付かなかったが、彼女は本当はとても女性らしい体格をしていて、グラマラスという言葉がぴったり合う。
エレナもプロポーションはいい方だが、これから年齢を重ねて大人びていく年頃なだけに、アンナさんの方に軍配が上がった。
「ぷはぁ……窒息死で天国が見えた……」
「あら、女の胸の中で終われるのは本望じゃない? 」
「私は女です! それに、今は負けてるけど私だって……」
「声が小さくて聞こえないわよー、まあ何となくニュアンスは伝わってくるけどねー」
「じ、地獄耳ですか! 言っちゃダメです! 」
従姉妹二人の掛け合いを聞いていると、後ろから肩を押されて振り向いた。
そこには茶系が強く出た赤髪の女の子が紙袋を持ったまま俺の背にぶつかっていたのだ。
「ご、ごめんなさい……前が見えなくて……」
紙袋はとても大きく膨らんでいて、彼女の顔を紙袋が覆い隠していて前が見えなかったらしく、ヨロヨロと俺を避けてカウンターの上に荷物を置いた。
「お帰りマリア、お使いご苦労さま。重かっただろ」
「だ、大丈夫……だったよ……パパ」
「丁度いい時に帰ってきたわね、この子はマリア・ハプスブルグ。私の愛妹よ! 」
「姉さん……恥かしいよ……//」
「マリア、この二人はお前と同い年で、女の子の方は従姉妹なんだぞ」
「え……という事は……エレナ……? 」
「は、はいそうです」
「私……貴方と会ってみたかったの……同い年」
「だね! 同い年同士仲良くしてね」
「……うん」
マリアと呼ばれる女の子は姉のアンナさんのとは対照的か口下手なタイプなのか、会話が途切れ途切れになってしまっていたが、エレナの快活さがそれを上手くフォローできていた。
マリアは、見た目が年齢よりも一回り幼く、あどけなさがまだ抜けきっていないという感じがする。
俺が視線を合わせようとすると、姉の陰に身を隠すようにスライドしてしまい、目線すら合わせて貰えなくてちょっとショックを受けた。
「気にしなくていいよ、マリアは私と違って人見知りが激しくてねー、仕事はできるんだけどプライベートな事となると話が詰まって詰まってハハハ! だから未だにボーイフレンドの一人も……」
「姉さん……? 」
「……という事は置いといて、仲良くしてあげてね……」
無表情でマリアが姉に向かって話しかけると、その無言の中に秘められた殺気を感じ取りアンナさんは口を萎めてしまった。
以外に二人のパワーバランスは取れているのかな。
アンナとマリア、二人の女性はこれから俺と深く関わっていくのだが、それはまた別の話で……。