産まれたてのドラゴン
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「チビー! おいで、ご飯だよー」
「ギィギィ! 」
チビがチビと名付けられてから三日目。
最初は懐いたエレナの膝の上にしかいられなかったチビも、行動範囲が広くなった今では近くの森に散策に出かけるまでに成長していた。
今日も林の中で探検をしていたのか、背の高い草むらの中を掻き分けてエレナの元に戻っていく。
見た目には変化はさして無いものの、慣れてくるとどんどん歩き回る。それはもう腕白小僧だ。
叔父さんや俺の元に偶に来ては少ししてエレナの元に帰って行ったり、知らない間に近くの小川で遊んでいたりと、悠々自適に生活をしている。
それでも、今みたいにエレナが呼ぶと、従順な犬のように何処にいたとしても必ず直ぐに駆け付ける。
エレナはエレナで、一児の母のような愛情をチビに注いでいるので二人は主人とペット、と言うよりは家族的な感覚の方が合っている。
「チビって名前、気に入ってるみたいだな」
「だね、何処にいてもちゃんと来てくれるし、この子は頭も良さそうだ」
「何たって私の子供だからねー! 」
「ギィ! 」
「ほら、本人もそう言っておりますぞ」
「言葉が分かるのか? 」
「ううん、全然。 でも感覚でなら分かるもん」
たとえ種族が違っても、互いに思い合う気持ちがあれば家族になることはできる。そう感じさせてくれた。
「しかしまあ、チビちゃんはよく食べるよ。僕達の一人分の量と同じだけの食事をこの体格で平らげてしまうのだからよっぽどだ」
「これだけの量……何処に消えてるんだろう」
「多分……成長にでも使っているんじゃない? 」
チビは俺達人間と同等の量のご飯を食べる。
自分の大きさが俺の握り拳位しかないことを考えると異常な食欲だが、チビはモリモリと食べてモリモリと眠る。このままで行くと、成長してしまった時、一体どれ位の食事が必要なのか考えるだけで空恐ろしい。
食費だけでルシルフル・エンポーリオが破産……中々洒落にしては冗談がキツイ。
これから大きくなるまでに狩りとか覚えてくれたら楽になるのかもしれないな。
チビは食事を一足先に終えると、エレナの体によじ登り、右肩に辿り着くと食休みを始める。
食べては直ぐ眠る、まるで赤ん坊だ。
「今日はこれからどうしますか? 」
「そうだねー、ウチにも食べ盛りなチビちゃんも増えたことだし今日は食料調達の日にしておこうか」
「なら、私は近くの森で山菜でも取ってくるよ! 」
「……俺はそこら辺で肉でも狩ってきます」
「僕も荷物番も兼ねて近くで食べられるものがないか探してくるから日が沈む前にはここに帰ってくること、いいね? 」
「「はい」」
「あ、ならついでにチビを連れて行ってくれない? 近くで狩りでも見せたら覚えてくれるかも! 」
「あいよ」
眠っていたチビをエレナは指先でつついて起こし、何やら身振り手振りの入り混じった会話をチビに行う。すると、チビは何かを理解したのか俺に向かってトコトコ歩み寄ってきた。
「ギィ! 」
「ちょ、頭に乗られると重いんだけど……」
「まあまあ、お父さん子供を頼みますよ」
「俺はいつからドラゴンのパパになってしまったんだ……」
二人と別れ、頭に一匹のお供を乗せた俺は、鉄剣を引っ張り出して平野を進んだ。
ポカポカするお日様の光の注ぐなだらかな平野を歩いていると、頭の上から引きずった声が聞こえた。
見ると、頭の上にいた重りのチビが陽気に当てられて気持ち良さそうにイビキをかき、鼻提灯を作っている。
「俺の息子はとんだ寝坊助さんですか……」
チビの事をは放っておいて、獲物探しを開始すると、意外なほど簡単に標的は見つかった。
「今日の晩御飯はアレで決まりだな」
見付けたのは、生き物の憩いの場である水飲み場に生息している、大きなバッファローに似たモンスター。体の色がオレンジで、スコップみたいな顔が特徴だ。
「図鑑で見た名前は確か……スコーファロだったかな」
体が荷馬車よりも大きく、能力を使って持って帰れば暫く分の食料を調達できてしまう。しかも群れからはぐれたのか、元々一匹狼なのか、一頭で水を美味しそうに飲んでいて隙だらけだった。
「やるなら今だな……」
匂いを気取られぬよう、風上に回り、足音を消してじっと距離を詰めていく。獲物はこちらに気づく素振りもなく食事に夢中で射程距離まで近付かれたことに気付かない。
そっと剣を肩の鞘から抜き、急所に突き立てんとひたその時、事態は急変する。
「ギィ……? ギギィ! 」
「……フモォ!? 」
「ちぃ! バレたか!
これ以上ないタイミングでチビが盛大に起き、その声を聞きつけた獲物はこちらに対峙した。
足で地面を擦り、土煙を上げて俺を威嚇するスコーファロは、背丈が三倍以上もあって、攻撃をまともに食らうと無事では済まなくなってしまう。
オレンジ色の体毛から白い煙が蒸気として吹き出し、鼻からも同じく怒りの鼻息が漏れる。
俺は能力を発動して、身体能力を底上げして相手の出方を伺った。息を飲み、モンスターの初動を確実に捉えようとする。慎重に用心深く間合いを図り、深呼吸をしてタイミングを整える。
動いた、怪物は何の前触れもなく顔の顎の部分で地面を掘り起し、砂利や石ころの混じった土の塊を放つ。
だが、こちらも準備はしている。
それを紙一重で横にズレて躱し、間延びした胴体を剣で斬りつける。舞い上がる血飛沫が俺の体を赤く染めた。
「やったか!? 」
「ブルルァァ! 」
分厚い皮膚と肉の壁が決定打を防ぎ、スコーファロは自分の血を見て更に興奮を強めた。
目は血走り、蹄を高く地面に打ち付ける。それだけで地面が少し揺れ、足場が不安定になり体の軸がグラつく。
スコーファロはその隙を逃さずにこちら目掛けて突進を繰り出し、俺の小さな体を轢き殺そうと向かってきた。
避けられる距離ではない。ここは敢えて受ける。
巨体から繰り出される粗雑な突撃を剣の腹を盾代わりにして正面で捉えた。
重い一撃。先端部分の顎の先が目の前で俺の体を引き裂こうと止まる。あと少しで顔が削り取られていたかもしれない。
地面は俺が踏ん張る為に力を加えたことで陥没し、さながら隕石が衝突した後の小さなクレーターのように足場が蜘蛛の巣状に割れていた。
「力だけなら負けないんだ……よ! 」
更に力を手と足に集め、柄を握る手の片方で接していた顔面を横殴りに打ち付けた。
その一撃は巨体の頭にある小さな脳を揺らし、意思とは関係なく勝手に体がフラフラと後退してしまう。
「まだまだ! 」
動きが鈍った瞬間に俺は駆け出し、側面に回り込んで先程斬りつけた場所を見付けて斬撃を叩き込む。
剣を振るった遠心力で大きく飛び上がり、続け様に全ての自重と握力を込めた一刀を同じ傷口に浴びせた。同じ場所を抉られて、より一層に鉄剣は突き刺さり、スコーファロの命を絶命させていた。
地響きを立てて崩れる巨体を尻目に、俺は剣についた血を空中で振って拭う。付着していた血液は赤い絵の具として大地に放射線状の絵を描く。
「ふう……疲れた」
「ギィ! 」
「お前は結局、俺の頭の上で観戦していただけだったな」
「ギィ! 」
チビは俺の戦闘を間近で見たのが余程気に入ったのか、髪をガシガシと噛んでくる。それが地味に痛い。
「痛いから止めろって」
「ギィ! 」
「おまっ、どこに行く気だ! 」
頭を噛み終えると、チビは一人で歩き出し、俺の事は見向きもしなくなった。
そのまま置いておくわけにも行かなかったので、俺は急いでスコーファロの体を持ち上げてヨタヨタと追った。
「チビー! ……何処へ行ったんだアイツ……」
大きな獲物を抱えているせいで歩行スピードは遅く、チビの姿を見失ってしまっていた。
草丈の低い平野だと言ってもあの大きさだ、何処かに隠れでもしたら見つけるのは至難の技。
何としてでも見つけなければ……。
感覚を研ぎ澄ませ、聴覚と嗅覚を鋭敏にする。すると、少し先の岩場でチビの嗅ぎ慣れた匂いと幼い声が聞き取れた。
だが、同時に違う生き物の匂いと声も聞こえていた。
「アイツ……急がなきゃ! 」
肉を地面に投げ捨てて、俺は岩場へと急行する。その間にもチビの声は聞こえていていた。
明らかな威嚇声、間違いなく二匹は敵対していて、今にもチビが襲われてしまう。
「あのおチビちゃんが勝てるわけないだろ! 」
出せる限界のスピードで現場に着くと、まさに想像通りの展開が繰り広げられていた。
片や産まれたばかりの小さなドラゴンの雛が牙を唸らせ、片や俺がさっき倒したスコーファロの子供が地面を蹴って応戦している。
子供とはいえ、スコーファロの大きさは今の俺と然程変わらない大きさで、体格差に違いがあり過ぎていた。
「チビ! 何してるんだ、さっさと逃げろ! 」
「グルルラァ! 」
「フムォ! 」
俺の言葉に耳を傾けようとはせずに、チビはじっと獲物だけを睨みつけていた。その眼光は今までに見た事がないもので、明らかに狩人の目になっている。
勝てるわけがない。そう鷹を括っていたが、決着は一瞬だった。チビはジリジリと近付いてくるスコーファロに対して、物怖じする事なく一気に詰め寄り、口を膨らませたと思いきや、勢い良く火炎を吐き出したのだ。
体の大きさに似合わぬ火炎放射は、スコーファロの顔の前で燃え盛り、顔に火傷を負ったであろうスコーファロは動きを止めた。そこを見逃さずにチビは素早い動きで獲物の頚椎に噛み付いた。
ガブリ、首の付け根に噛み付いたチビは爪を立て、その場から決して動こうとはしない。
抜け出そうと暴れるスコーファロだが、チビの牙が奥まで食い込んでしまっていて、やがて力尽き、勝敗は決した。
これが野生の狩り、生き物の命のやり取り。
生まれて間もない筈のドラゴンには、その才覚が既に備わっていたのである。
「お前……やれば出来るじゃん」
「ギィ! 」
高らかな勝利宣言をしたチビを頭に乗せて、俺は二体のスコーファロを抱えて二人の元へと戻った。
戻ってくると二人は大物に驚き、そしてチビの事を褒めちぎっていた。当の本人は疲れてて頭の上で眠ってしまっていたが。
こんなに小さなおチビさんでも、やる時はやるもんだ。