サプライズ
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「これ……予想より重いんだけど……」
「何が入っているんだろうね? 動物? 」
「明日まで待たないといけないってのがあの老人の言ってたことだけど……待てない……」
「ダーメ! ちゃんと待つのも楽しみの一つでしょ! 」
「わ、分かりました……」
流石は行商人の娘、こういう期限的な物はちゃんと守ろうとするんだよなあ。
早く中を見てみたい気もするが、エレナに怒られることと天秤にかけるとエレナの方が強いので止めた。
日も暮れはじめて、夕日が地平線の向こうへと切れるまで残り数刻、もうすぐここも見納めになる。騒がしくて煩かった筈の二日間だったけど、毎日がお祭り騒ぎで退屈はしなかったんだよな。
「レイ、もう一軒だけ寄りたい所があるんだけど大丈夫かな? 」
「腕が……攣りそうだけど、何とかするよ」
「ありがとう、すぐに済むから」
そう言われ、ガラスケースを落ちないようにしっかりと抱えた俺はエレナの後を着いて行く。この分だと明日の朝には腕がパンパンに腫れ上がって筋肉痛になる事間違いなし。
「ここは……まさか……」
「そこまさかでーす! 帰り際にもう一度だけでもあのハートフィリアのネックレスを見ておきたくって……今度は外で待っててくれて大丈夫! 見たらすぐに出て行くから! 」
こちらの解答を待たずにエレナは店内に消え、俺は一人、ポツンと店先でなるべく目立たないように荷物を持って待っていた。
行き交う人と人とが俺の前を通り過ぎていく。同じように時間も気を抜くとあっという間に過ぎてしまうもので、ボーッとしているとエレナに肩を叩かれてようやく我に戻っていた。
だが、大好きな小物店に入った筈のエレナの表情は暗い……。店内で何かあったのだろうか。
「エレナ……どうしたの? 」
「無かった……」
「無かったってネックレスが……? 」
「……うん、何時間か前に売れちゃったって……」
「そっか……残念だったな」
「しょうがないよ! 商売人の卵の私が見惚れる位の商品なんだよ? 少しでも見れただけでも満足満足」
痩せ我慢だ。表情がいつもと違って作り笑いを浮かべているのが手に取るように分かる。
彼女は美人だが表情が顔に出やすいので、いとも容易く何を考えているのかが分かってしまうから、ポーカーなどのゲームは勝負にならない。
そんな彼女の表情は見るに耐えなかったが、敢えて俺はそのノリに合わせて話をする。
「だよな! 確かにものは良かったよ、エレナ程の美人にピッタリのアクセサリーって感じだったし」
「もう! 煽てたって、何も出ないんだから! 」
「痛っ! あの……一応ガラスケースを持ってるんだから強烈なビンタは勘弁してよ」
「ごめんごめーん♩ 」
後ろから繰り出されたビンタには一瞬ガラスケースを落としそうになってビビってしまったが、少しは元気が出たように思える。
やっぱり、エレナは心の底から笑っているのが一番可愛いのだから。
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「あー重かった……腕がもう全然上がらない……」
「触るとどうなるー? ほーらうりうりー」
「ちょ! ダメだって、腕が痺れて……あぁ! 」
荷馬車にやっとの思いでケースを置いたと思ったらエレナからの反撃タイムが始まっていて、横から動かない肘の痺れる部分を重点的に責められた。
こちらは既に満身創痍の死に体なので、勿論、大した抵抗もできずに一方的になじられる、という展開になっていた。
腕は痺れて使い物にならず、お腹を擽られたり、髪をワシャワシャされたりと、好き放題に遊ばれる。
その空間の端に、一人の男性が入ってきたのを視界が捉える。あれは叔父さんだ。体の料理見合った大量の荷物を抱えている。
「おーい、帰ってくるなりイチャつくとは仲良しさんだねー二人とも」
「お、お父さん! これは別に……そんなんじゃないよ//」
「おおー! エレナが赤くなってる赤くなってる。つい最近まではこーんなに小さかったのに、何時の間にか子供は育つんだねー」
「叔父さん、あんまりエレナをからかうと、ビンタか擽り攻撃を受けますよ」
忠告したのだが時既に遅し、顔を怒りか羞恥のどちらかに赤らめたエレナによって、叔父さんは絶叫擽り地獄へと誘われていった。
その後、したり顔でストレス発散が出来たエレナは外へと出て行き、荷馬車の中では男二人になった。
「ちょっと娘を揶揄っただけでここまで手痛く反撃されるとは……年は取りたくないものだね」
「そういうものなんですかね? 」
「人の人生なんてあっという間さ。 だから何時でも悔いの無い生き方をしなくちゃ! 」
「おぉ……いいこと言いますね叔父さん」
俺の中での叔父さんの評価が上がった。
「でさ、話を戻すけど……レイ君、この二日間でどこまでいったんだい? 差し支えなければ教えておくれよ……」
「そんな……ただ一緒に買い物をしていた位です! 」
ヒソヒソ話で聞こうとするあたりがずるい。俺の中での叔父さんの評価が下がった。これでプラマイ零だ。
「手……ぐらいは握ったんじゃないの? 」
「ま、まあ……成り行きで……はい」
「うーん、やっぱり、若い人ってのは初々しくてイイねぇ! 叔父さんも若い頃を思い出すよ……」
叔父さんの若い頃か……どんな感じだったのだろうか……。体格の話とかエレナのお母さんとの馴れ初めの話とかはちょっと気になる。
エレナのお母さん……写真でしか見たことのない故人だが、エレナと同じような性格をしていたのかな。
「叔父さんはね、フレア、つまりエレナのお母さんに結婚を申し込む時にちょっとしたサプライズをしたんだよ」
「サプライズって何だかロマンチックですね、実際はどんなサプライズだったんですか? 」
「ふっふーん、僕の場合は普通に藁馬車の上で二人で寝転んでいて、『星を捕まえるよ』って言って手を開いたら指輪を持っていてプロポーズに移り、見事射止める事に成功したんだよ」
「ふふふ、ちょっとキザすぎませんか? 」
「そんな事ないよ! 男にとっての一世一代の大勝負、出来るだけ格好つけないと! 」
そこから叔父さんは酒を飲んでは怒涛の馴れ初めの話が延々と続き、話し終えた時には既に日が完全に落ちて星々と月が夜空に舞い上がっていた。
一行は、夜に出掛けようという話でまとまっていたのに、肝心の運転手が酔い潰れて寝てしまっているのだから今夜中の出発は無理だろう。
叔父さんをテントで寝かすと、エレナが明日すぐに出発が出来るようにと準備を進めていて、丁度終わって荷馬車から降りてきた。
「お父さん、寝ちゃった……? 」
「この分だと明日の朝までぐっすりだよ」
「時間……出来ちゃったね……」
「そ、そうだな……暇……だな! 」
叔父さんの言葉が頭をよぎる。
「人の人生なんてあっという間、だから何時でも悔いの無い生き方をしなくちゃ……か、そうだよな」
「んー? 何を一人でブツブツ言ってるの? 」
「エレナ、俺と星を見に行こう! 」
「え、ちょっと待って! 」
エレナの手を握りしめ、俺は夜の道を走った。
周りは静かに鳴りを潜め、進む道を遮るものは誰もいない。最高の気分だ。
この辺りで星を見られる場所を叔父さんは知っていた。酒の席でその場所を教えてもらったのだ。
だが、この会場にいては灯りが邪魔で星が綺麗に見えない。だから俺は能力を発動した。
体に力が漲ると、一緒に走っていて息を切らせていたエレナの体を軽々と抱き抱え、そのまま大きく跳躍してバリケード毎飛び越えた。
「ーー!? 」
「イヤッッホォォ! 」
眠気まなこの警備隊は気付くよしもない程の高さを瞬発性を叩き出す大ジャンプ、エレナは言葉を失って俺は叫んだ。
地面に着地すると、能力を解除して再び二人で走り出す。エレナには勿論、行き先は伝えていない。
そして、目的地にたどり着くと、そこは何もない緑の芝生が広がる野原だった。周りには建物も、樹木も何もなく、天井いっぱいの空に星が散らばっていた。
その中にエレナを引っ張り、二人で息を切らせてゴロリと身を投げた。草の感触と冷たさが今はとても気持ちが良い。
「はぁ、はぁ、レイ……どうしてこんな場所を知っていたの? 」
「はぁ、はぁ、それは、叔父さんから聞いてきたんだ、さっきの酒の席で」
「最初は何を言い出したのかと思ったけど、確かに素敵ね……どこを見ても星空が広がっている」
彼女はこの幻想的な世界を気に入ったようだ。
「エレナ、俺が君をここに連れ出したのは、ただ星を見せたかっただけじゃなくて、渡したい物が有ったからなんだ」
「へえー、どんな物? 」
「これだよ」
そう言って俺はポケットからヘアピンを取り出した。
取り出したのは可愛い花をあしらったヘアピン。
これは小物店に立ち寄った時に買っておいたのだ。
「うわあ……可愛い……これを私に? 」
「そうだよ、良かったら使って」
「うん、明日から使うね……えへへへ//」
「喜んでくれて嬉しいよ」
店員さんが勧めてくれたのを買っておいて本当に良かった……自分で買うと女の子の好みとか分からなくて困るから、その点はとても助かった。
それから数時間、周りから隔絶した世界で星々の瞬きをスポットライトにして二人は二人だけの時間を過ごした。
「そろそろ時間だ……エレナ、帰ろっか」
「そうだね、星も綺麗で髪留めも貰っちゃったし、言うことないや」
エレナが立ち上がって帰る準備をした時に、俺はもう一つのサプライズを取り出し後ろに回った。
「まだだよ……まだ終わりじゃない」
「え? 」
「これを君に……」
「これって……まさか……ハートフィリア……」
振り向くエレナの首からは、真紅に煌めくネックレスが光り輝いていた。
俺はアームルを挑戦する前、獲得できる賞金の金額を見てハートフィリアのネックレスが買えることを知り、この計画を思い立ち挑戦している。
後は、一人で行動していた時にこっそり買ったのだが、最後にエレナが立ち寄りたいと言った時は、店員がバラさないかと内心ドキドキしていたのだ。
「俺はお金なんて持ってても使わないし……だったらこれを身につけて綺麗になる君を見ていたいんだ」
「そんな……悪いよ……」
「良いんだ、俺からのささやかな贈り物だとでも思ってくれたら良いから」
「じゃあ……一生の宝物にして大事にする……」
我が子を愛するように、彼女はネックレスを撫で、俺は気恥ずかしくなって頰を掻く。
星と月の光を一身に受け、彼女とハートフィリアのネックレスは俺にとってのこの世で最高の美の象徴となっていた。
願わくは、この美しさに星々の祝福があらんことを。