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求める人材像

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「ごめん、言っている意味が分からないんだけど」

「ですから、私のマスターになってください」




 何でもないと言いたげに、彼女はスラスラと喋る。




「うん、言葉自体は分かってるんだよ? あの、突然過ぎて頭が付いてかないんだ」

「言い方を変えましょうか。私を雇ってくれませんか? 現在私は、就職先を探しているのです」

「雇う? 君を? 」

「仕事を与えてくだされば如何なる雑務でもこなします。炊事洗濯家事育児、お申し付けとあらば夜伽も」




 面を上げると彼女はそれ以上は一言も話さなかった。そして俺も何も言えず話せなかった。何この空気。加えて彼女の話す言葉が、難しい言葉も混じってて分かりにくい。





 彼女に背を向けて今までの流れを全て思い出す。俺がした事といえば、間違えて行き倒れの彼女を踏む→そのままにするのも気の毒だったのでご飯を奢る→そして現在。




 何処にこの状況を引き込んだ要素があった?




 いきなり主になってくれとか、最早怪しさしか感じない。何かの罠か? ハニートラップってやつかもしれない。何れにせよ油断は禁物だ。

 



 分からない。全くもって理解できない。

 ならば直接聞くしかない。




「あのさ、一つ聞きたいんだけど、いいかな? 」

「何なりとお聞きください主よ。私の知り得る情報ならば余すことなくお伝えしましょう。知りたいのはスリーサイズですか? 上からーー」

「い、いや、そこまで深く質問はしないよ? あの……なんで俺なんかに主……? になって欲しいわけ? 」

「理由……ですか? 」




 翠の色をした深い瞳がパチクリと動く。そんなに可笑しい事を言ったつもりはないんだけど。




「命を助けてくださりましたから」

「……」

「……」

「……終わり? 」

「はい」

「命って、大袈裟だよ。俺が助けてなくても他の誰かがきっと助けてたさ」

「それは違います。命は一つしかない大切な物。それを救われた恩を返すのが世の道理。違いますか? 」

「た、確かにそうだけど……」




 あれは偶々彼処で踏んづけたのが俺だったからな訳で。というか、十二歳程度のあどけない女の子に世の道理を説かれているこの状況なんなんですか?




「事実、私の様な変わり者の格好をした者が倒れていても、誰も声なんて掛けたくないのが普通ですし」

「そんな酷い人ばかりじゃないだろ。街の中なんだし誰か一人くらいは……」




 流石に声位はかけるのではないだろうか。




「世の中良い人ばかりじゃないんです。皆そうやって誰かに任せてたから、貴方様が居なかったら私は多分……死んでました」

「死ぬって言い過ぎじゃないか? 確かに何も食べてなかった感じはしたけど、ほんの数日食べなかっただけで死ぬものなの? 」

「私の一族は特異体質で、常人よりも遥かに多くのエネルギーを必要とするんです。だから、本来は空腹にならないように気を付けて生活するんですけど……」

「今回に限っては別だった……と」

「お恥ずかしい話ですが、その通りです」




 御飯を少し食べなかった所為で餓死しかける体質とか馬鹿らしくて信じられない。と、普通の人なら一蹴してしまうかもしれない。でも、この子の目を見れば嘘を付いているかどうかなど一目瞭然だった。




 多分、この子はとても良い子なのだろう。人に優しくされた恩を必死で返そうとしているのだ。




「ありがとうって、一言言ってくれるだけで充分なのに」

「何度お礼を申し上げても足りないのです。命を救われた対価は支払わねばならないと考えます」




 近寄り、そっと手を握られる。あまり変化しない表情から冷たいと思っていたのに、触られて分かる。暖かい。この子は本当に俺に対して感謝している。




「貴方様の振る舞いを見ていて感じたのです。私が使えるべきお方は貴方様しかいないと。他の人では駄目なのです。貴方様が良いのです」

「えらく買ってくれてるみたいだけど、俺も他と変わらない普通の人間じゃないのか? 」

「いいえ、誰にでも簡単にできて、でも誰もやらない、やりたがらない事を平然とやってのける貴方様はとても素敵なお方だと私は思います。自分の事を棚に上げて不躾ですが、どうか、そんな貴方のお膝元に置いて下さい。お願い致します」




 女の子にここまで嘆願されるのは初めてで、気押されるというか、反応に困ってしまう。




「ふむぅ……どうしたものか」

「お、お金なら要りません! 食べ物と寝る場所さえあれば何処へだってついて行きます。必要最低限の雑費でも構いません! どうか! 」




 再び土下座の構えに移りかけるのを慌てて止め、俺は彼女の事と今回の募集の事を天秤にかける。




 男は女に恩義を感じられるとかえって断りにくい。




「でもなぁ……俺も人を募集したくてここに来たんだけど、なんというか……」

「私では駄目ですか? 」

「いや……その、えっと」




 目の前の彼女は、確かにエレナ達からの要望には大体合っていた。歳も四歳程下ではあるが同性で、性格も大人しそう。それに……結構可愛い。いや、かなり可愛い。きめ細かい肌は、触ると壊れそうな位に繊細さを感じる躰付きと相まって、とても庇護欲を唆る。




 だが、俺はエレナ達を護衛できる人材が欲しい。エレナ達の女友達を探しているのではない。力が、守るだけの力が必要だった。




「俺には他にも旅をしている仲間がいるんだけど、その仲間を護衛できる人を探してるんだ。だから君は……雇えないかな」

「どうしてですか? 」

「どうしてって……幾ら君が何でもしてくれるって言ってくれるのはとても助かるけど、戦力にならないんじゃ……それに、君を連れて行くと君自身も危ないだろうし、危険な目に会わせたくないんだ」

「危険など構いません。自分の身は自分で守ります故、お側に! 」




 無理に恩を返そうとしなくても良い。彼女に恩を着せたくて人助けをしたのではないのだから。彼女を怪我をさせたくない気持ちが勝っていた。




「これは冗談じゃなくて、本当に強くて頼りになる人を俺は探してるんだ。君じゃ駄目だ」

「貴方様は強い人間を探してるのですか? 」

「そうだけど……それがどうかした? 」

「いえ、少しばかりお時間を頂きたいのですが、宜しいでしょうか? 」

「別に構わないけど……」

「では暫し失礼を」

「……どこ行ったんだろ? トイレかな? 」




 急いでブーツを履き、パタパタと何処かへ向かう彼女の後姿をぼーっと見つめていた。




 人の命を助けて、結果その人から感謝される。

 恩を少しでも返そうという気概は、俺がエレナに初めて出会って、色々と助けてもらった礼に力を貸したいと感じたあの時と同じ気持ちなのだろうか。




 俺もエレナの為に何でもしたい、叔父さんにも力を貸したい。それと同じ気持ちなら痛いほど良く分かる。でも、でもだ、あの子は若いし女の子なんだ。やっぱり危険な事に巻き込みたくない。




 帰ってたらもっと強く言うしかない。君を雇いはしない。そう言おう。




 残りの金銭は殆ど無いに等しいけれども、それでも何とかするしか無い。最悪エレナ達に頭を下げてもう一度お金を借りるしかーー




 ミシリ……と何かがめり込んだ音がした。続いて人が地面に倒れる時の落下音。後ろだ、少し離れたテーブルで大の男達の怒声が飛び交っていた。




「な、何だコイツ!? 」

「り、リーダー‼︎ リーダーがやられたぞ‼︎ 」

「子供の癖っ……」




 だが、振り向く前に声は衝撃音に掻き消され、俺の視界が捉えたのは黒い渦に飲み込まれ壁に打ち付けられている三人の男と、その渦の発生源に立つ女の子。黒い衣に身を包んだあの女の子だった。




 黒い渦の中で彼女は俺が見ていることに気付き、振り返って目と目が会う。黒い濁流の中で立つ彼女はとても美しかった。白銀の髪は黒い闇の中に映る一筋の光に見えた。




「私は強いです。とても強いです。これでも駄目ですか? 」

「君……名前は? 」

「ミルディン。ミルディン=ベル=ウィザードです」

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