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食べ盛り

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「う、うう……重い……」

「う、うわぁ! ごめん今すぐ退くから! 」

「もう……無理……」




 嗚咽交じりの断末魔にハッと気づかされた俺は急いで足を退ける。重さに耐え切れなかったのか、少女はうつ伏せのままピクリとも動かない。死んだか?





 ボロボロの布切れみたいな黒い服に身を包み、頭には鍔の広い帽子を被った小柄な少女。隣には物々しい雰囲気の杖が転がっている。




「おい! 大丈夫か!? 」

「だ、誰が……だず…げ……で」




 うつ伏せで顔はあまり見えないが、少なくとも無事ではない事が分かるほどに弱っていた。なるほど、俺が弱っていた体にとどめを刺してしまった訳だ。死んではいないと思うけど、息はちゃんとしているし。




「何かあったのか!? 」

「み、水ぅ……食べ物ぉ……水ぅ……食べ物ぉ……」




 餓死しかけているのか、常に声は震えて、振り絞るように聞こえてくるのは水分のない乾いた声。




 彼女は最後の力を振り絞り、必死に裾を掴んでいた。と言っても、それすら弱々しく、何もしないでも時間が経つにつれ次第に指の力が抜けて離れていくのが分かった。





 どうしよう……このまま捨て置いても特に問題は無さそうだし他にも気付いている人は何人かいるだろうし放って置くか? 街の人の方が病院とか詳しいだろうし今は他にすることがある。厄介ごとに時間を食うのはデメリットしかないではないか。




 この女の子を見捨てて、直ぐにここから離れれば大事にもならずに済む。そうだ、今まさに瀕死の重傷を負っている訳ではないのだから、他の人に任せてしまおう。




 非情と言われても仕方ないが、この世界で甘ったれた事を言うのは命取りだ。俺は何よりも先ず仲間を探さなければいけない。こんな見ず知らずの少女一人を気紛れで助けるのは簡単だが、それ故に見捨てるのも簡単だった。ごめんな、他の人が直ぐに助けてくれるだろうから少しの間だけ我慢してくれ。




 近くの人に声でもかけて後はトンズラ。よし、それでいこう。




 負い目を感じることはない、スルリと掴んでいた手が取れた事を確かめてから静かに、そして足早にその場から立ち去った。


















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 俺は酒場に居た。酒場の名前は『イルーダの酒場』聞いた話ではこの辺でもっとも大きな酒場でギルドと同じように仕事を求める人が集まる場所である。加えて情報の多さも魅力的な場所でもあり、酒で弾んだ話を聞くだけでも貴重な事を聞けたりする。




 昼間から酒場とはこれいかにと言われそうなものだが、酒場にもいろいろあるだろう。大概は食べ物や飲み物が主だけれど、酒場にはそこら辺にはいないモノがあるのだ。それは酒場のマスターだ。




 エレナの叔父であるカルロスさんから仕入れた情報によると、街の飲食店である酒場やバーやカフェは、様々な痴話や噂話や愚痴など、ありとあらゆる情報が集まる交流の場でもあるという。




 事実、カルロスさんは俺の知らない色々な事を沢山知ってて、その一つ一つが面白いのなんのって。普段は決して知り得ない情報なんてのも酒場に行けば集まるという事を身を以て知っていたのだ。




 ならば、ここの酒場もきっとマスターが黒衣の男についての情報を持っていると見ていいだろう。たとえ違ったとしても、近い情報は得られるかもしれない。その可能性にかけた俺は昼間から酒場などという年齢に似つかわしくない場所にいるのだった。





 ここまで長々と説明が入った訳だが、何が言いたかったかというと、俺は情報を得に来た訳だ。




 ーーなのに










 ガツガツ! ムシャムシャ! ゴックン! バクバク! ゴクゴク! ジュルルルル! ハグハグ! バリバリ! モグモグ! ズルズル! ゴックン!




 なんで女の子と食事をしているのだろう。




 何故なのかは自分でもよく分からない。気が付いていたら体が勝手に動いていた。虫の息の彼女を担いで飛び込んでいたんだ。それが自分でもよく分からない。




 ふと、昔の叔父さんとニックのお母さんの事を思い出した。叔父さんは昔行き倒れになっていて、そんな時に赤の他人のニックのお母さんが助けてくれた。その恩を叔父さんは今でも覚えている。




 打算的ではないけれど、それでも、このまま何もせず行ってしまっていたらきっと俺はエレナ達に怒られる。そんな気がしたんだ。だから助けた。





 一言も言葉を発さず、目の前に置かれている食べ物を全て胃袋に手当たり次第に詰め込んでいる女の子。歳的にはヒカリやニックよりも少し上で、まだまだ育ち盛りな子供、という印象が強い。まあ簡単に言うならばーーロリっ子である。




 なんでそんな歳の子供が道端で行き倒れになっていたのか聞きたいのは山々だったが、そんな事よりも問題は目の前にあった。




『すいません! この子に食べる物と飲むものをお願いします! 取り敢えずここからここまで書いてあるもの全部で! 』




 などと、適当にあるだけメニューを片っ端から頼んだ結果、テーブルに乗り切らず隣の席にも料理が並べられていた。流石に頼み過ぎたなと顳顬を押さえていたのだがそれも現在に至る。




 目の前に持ってこられた料理が目にも留まらぬ速さで消え、並んでいた他の料理達も次々と姿を消す。見れば彼女の両手にパンや骨付き肉が荒々しく握られていてそれもものの数秒で胃袋の中へと進んでいく。




 全てのメニューの金額を計算し、財布の中身を恐る恐る確かめてみると、会計と所持金が誤差銅貨数枚分しかない。一体どれだけ食ったんだよこの女の子。




 お代わり一回でもされたら財布の中の金では払えない。冷や汗をかきつつ彼女の食事が終わるのを必死に祈った。





 やがて全ての食べ物を飲み物が無くなり、綺麗に空になった食器を重ねると女の子は満足そうに天を仰ぎながら呟いた。




「……あぁ」

「食べ終わったみたいだな」

「けぷっ! 」

「……」

「……失礼」




 やっと見れた顔付きは人形みたいに端正で、幼いのにどこか引き込まれそうな程深い翠の瞳をしていた。

 表情は変化に乏しいが、少しだけ頰が緩み、艶やかさを取り戻した顔は正気に満ち満ちていた。




 サラリと流れる髪は薄っすらと銀を纏った白い色をしていて、どこか力を使っている時の俺と同じ様に見受けられる。




 そして一点、一点だけ風貌で違和感を覚えてしまうものが彼女にはあった。彼女は左目に眼帯をしており、黒い布地に白いペイントで虫の様なマークが彫られてある物を身に付けていた。




「先ずは……」

「先ずは? 」

「ご飯御馳走様でした……助かりました」

「そ、それはどうも」

「道に迷い、蓄えもなく彷徨っておった折、貴方様こようなお方に救われました事、誠に行幸でした」




 難しそうな言葉を使い、彼女は頭を下げる。




「そんな! そこまで気にしなくても君が大丈夫だったならそれでいいんだ」

「なんとっ! ……無銭で飲み食いする身分の者になんと寛大なっ! 」





 適当に相槌を打つ俺を余所目に、彼女は何を思ったか酒場のソファーで丁寧に黒革のブーツを脱いで、こちらへと佇む。そして……




「貴方は我の命の恩人。どうか何なりと御命令を」

「はい!? ごめん、うまく聞き取れなかった、もう一回言ってくれないか? 」

「貴方は我の命の恩人。どうか何なりと御命令を」

「……うん? 」




 今一言っている言葉の意味が理解できなかった。

 三つ指付く彼女の視線はどこまでも真っ直ぐで、噓偽りなき本心で語っていた。




「私のマスターになってください」

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