助言
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(これは……鉛か? )
重い。腹筋を貫く速度で放った拳が当たったのは、人体で最も弱いとされる部位。そう、鳩尾だ。
一度当たれば頭の中に電流が止めどなく流れ、呼吸は止まり、額からは冷や汗が滲み、後から後からジワジワと痛みだけが何時までも何時までも追いかけてくるような、そんな地獄の時間が延々と続く。
自分でも急所として常に防御を意識している場所を殴ったのに、この人の体は異常だった。
動かない。体の表面で拳が止まり、まるでそれ以上拳を奥に進ませようとしないのだ。中に鉄板でも仕込んでいて……いや、鉄板でも今の俺の膂力なら貫けるから、もっと上等な材質の防塵素材でも仕込んでいるかのような防御力。
一言で表すなら……人の枠を超えた肉体だった。
「腰の入った良いパンチだ。殺気がもっとあれば更に威力も増すだろうに」
「まるで効いてないってはちょっとショックですよ。どんな体してるんですか? 」
「人間、死ぬ程修練すればこの位は余裕だ余裕」
実際、此処まで極めるには途方も無い時間と、極限にも近い濃密な修練が必要とされる。純粋な戦闘とプロでない自分ですらこの年季の入った体と心を見ればそんなこと位は分かる。
シドさんから離れようと後ろへ下がるが、シドさんは何故か距離を詰める。そして体をガッシリと掴みこう言った。
「儂はそんなことよりも、お前が複数能力保持者だったことの方に驚いたぞ! そこまでは流石に予測できん」
「複数!? 複数能力って事は隊長の息子さんと同じ……」
「そうだ、彼もレアケースだ。と言っても、倅のは純粋な混じり物ではない。言ってみれば家柄上の部分もあるから、彼こそが本物の”アマデウス”だ」
「神に愛されし者……ですか? 」
「そうだ。普通は極低確率で我々人間に付与される不思議な異能。稀に一人が複数の力を発現する事がある。それが神に愛されし者でありアマデウスと呼ばれる」
「現在確認されているアマデウスは世界で四人。一人は儂の倅、一人は聖堂協会騎士団長。一人は王国近衛隊総隊長。残りの一人は数年前に消息を絶ってしまったが、恐らく生きている。世界で四人、たったそれだけだ」
「俺が……アマデウス? 」
「『神に愛されし者、天から与えられし力を持って世界に変革と安寧と災悪のいずれかを齎す』なんて昔からよく言われていたよ。お伽話みたいだが、現にこうして目の前にいるんだ。信じるより他あるまい」
俺は力を止めて体を見渡す。戦闘によって負った傷は既に癒え、髪の色も長さも元に戻りつつある。
「五人目のアマデウス。それが今のお前の立ち位置だ」
自覚してみて分かる。俺は高揚感を覚え体が熱くなっていた。自分は特別だと分かることで加速する。
「でも、まさか隊長に一発食らわせる人がいるなんて……それもアマデウスですか」
「ま、レイにしては上出来だったな」
「なんでお前は上から目線なの? 」
「俺様だって本気を出せば余裕なんだからな! 」
「なるほど、先を越されて悔しいのか」
「な、なんだとぉ!? んな訳ねぇだろ! 」
「争ってないでさっさと帰るぞ! みんなが帰って来ちまう」
早々に場を片付けてから慌ててシドさんの後を追った。目的はまだ果たせていないのだから。
「あ、あの……お話は」
「おっとそうだった、歩きながらでも良いか? 」
「構いません」
「そうさなぁ、何処から話すか」
「何でシドさんは俺しか知らない事を知っていたんですか? 」
「それはまぁ……勘だ」
「勘ですか!? 」
「良いから聞け! お前さんが探してる黒衣の男は近い内に向こうから来る。それは確定だ」
「な、何でそんなことが!? 」
「儂の勘だ」
「そ、そんなのって当たるんですか? 」
「事実、黒衣の男って情報については当たっていただろう? 儂の力は勘なんだ。生き物として第六感、つまり直感が優れる。そんな感じの能力なんだ。だから予言に近い事も出来る」
「勘の能力……」
なんとも馬鹿らしいが、それが本当だとするならば、恐ろしさ極まりない能力だと俺は思った。第六感の直感が力なら、ありとあらゆる事にその力を応用できるからだ。
その力と経験もあっての第七独立戦闘部隊の隊長という現在の力量。それを信じるしかない。
「んでなぁ、来ることは分かっているんだが、そこから先は儂にも分からん。この力は絶対ではなく、あくまで勘に過ぎないからだ。もしかしたら苦難が待ち受けているかもしれん」
「それも近い内に……ですよね」
「そうだ、本来ならばこの力は儂の家族と隊員の為にしか使わんと決めているがお前さん達は娘とマサムネの友達……ならば手助けもしよう」
テントの手前で足を止め、シドさんを見つめる。この人は見ず知らずの俺達の事を本当に助けようとしてくれている事が目を見るだけで分かった。
「ありがとうございます。俺は何をすれば? 」
「お前達が目指す次の街、アリアハンで仲間を探せ。頼れる仲間を探せ。人数は一人で良い。それが最善手だ」
それだけ言うとシドさんはテントの中へと戻っていった。