経験値
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「ほれ、御託は良いからさっさとかかってこんか」
「行きます‼︎ 」
「ほっほ、その意気や良し! 手加減はするなよ、したら死ぬ程辛い目に遭わせるからな! 」
「しませんよ」
小手調べなんて要らない。相手が油断しているならしている内がチャンスだ。先手必勝!
「うらぁ‼︎ 」
「ほぉ、中々良い振り抜きだ。だが儂に当てるにはまだまだ足りん」
「そこまで簡単に避ける人がいるなんて思ってもみませんでしたよ‼︎ 」
だが、相手も勝る者。油断など微塵も無く初撃は見事に空振り、切る相手のいない剣だけが虚しく空を切る。乾いたスイング音の後に向かってくる拳を必死で避け、後ろに一度後退した。
少し上がった息を整えながらシドさんの間合いを図る。デカイ図体してる分、リーチの広さもさる事ながらあの剛腕。風切り音から鈍器を振り回しているみたいだった。
それに、あのパンチ。向こうは武器持ち二人を相手にしていて尚、かなりの手加減をしている。出なければマサムネが避けられない程のパンチを受けない筈がない。
「ふっ‼︎ はっ‼︎ 」
「ハイネも前と比べると大分動きにキレがあるじゃないか。修行を真面目にしとるのがよーく分かる……が、まだまだ‼︎ 」
「うぉ、あっぶな‼︎ 」
目にも留まらぬ速さで繰り出されるハイネの刺突も、体を左右に振る安易なスウェーだけで躱し続け、前の俺と同じく一度後退。避けていた本人は余裕綽々の澄まし顔。舐められているな、完全に。
口惜しいが感情を表に出すことはしない。悟られれば付け入る隙になってしまうから。何事も無いかのように冷静に深く、冷えた氷のような闘志を燃やす。
あの余裕顔を引っぺがすには力を使うしかない。出来れば最後の方まで隠していたかったがそんな余裕はなさそうだしーー全開で行こう。
「何だ何だ⁉︎ 髪の色が変わってるぞ‼︎ これは面白い、お前さん能力者か‼︎ 」
「そんな事はどうだっていいでしょう? あんまり舐めてると大怪我しますよ‼︎ 」
その場から瞬時に移動し、驚きのあまり動きが固まっていたシドさんを後ろから切り掛かった。
「狙いは良いが、儂はこれ位じゃ油断はせんぞ」
あと少し、あとほんの少しで一撃入れられるのに、シドさんの肉体は陽炎のように揺らめきながらその場から消えた。態勢の崩れた所を素直に見逃してくれるはずもなく、横から凄まじいまでの殺気と圧力を感じて視認する暇もなく左腕でガードした。
捨てた左腕に硬くて重い何かが衝突して、鈍い打撃音と共に俺の体が宙に浮く。
バランスを空中でとりながら危なげなく着地、即座に左腕の状態を確認すると赤く腫れ上がった腕は内出血が酷く、戦闘で使い物にならない位のダメージを負っていた。
「ほぉー、これを食らっても眉一つ動かんのか? 脳から出るドーパミンの量が多いのかマサムネと同じタイプじゃないか」
「最近もっと痛い目に遭ってまして、その痛みに比べればこの程度どうって事ないですよ」
「じゃがのう、その片腕のみでどうやって戦う? ハイネと二人で協力でもしてみるか? 」
「そうですね……出来ればそれも良いんでしょうが、互いに理解が出来ていない状態での協力は返って危険ですよね? 」
「俺も同感です。どうせなら個々で時間差攻撃を加える方がよっぽど良い」
「ガハハハハ‼︎ なるほど! 確かにそれも一理ある。ならばそう戦い易い様に此方から仕掛けてみようか」
「おい! 来るぞ、構えろ! 」
声に合わせて体を適度に緊張させる。何処から来ても対処できる様に体中の全てのエンジンを燻らせて。
視界に映っていた巨体が瞬きをした一瞬で消え、次の瞬間、少し横で武器を構えていた筈のハイネが何かを察して背後へと飛ぶ。
刹那的な感覚で遅れて来るのは上空から降り注ぐ巨漢の拳。次いで地鳴りと衝撃波が体を駆け抜けた。地面に少しクレーターが残る威力の拳はハイネの頭上を狙っていた。
ハイネだけはそれに気付き、背後へと飛んだことで難を逃れた。その差は実に数秒。
もしも、俺目掛けて来ていたら……。
「ハイネェ! 良い〜反応ダァ‼︎ 」
「隊長の体は大きいですから。こんな見晴らしの良い場所で消えられる場所なんて上しかないですよ」
「フッハァ‼︎ それもそうだ! 」
冷や汗をかくハイネに楽しそうに笑い体の向きを此方に向けて反転させるシドさん。次に狙われるのは確実に俺だ。意識を鋭く研ぎ、相手の動きを見続けた。
今度はどんな行動に移るか、そんな事は考える必要もない程にシドさんの動きは単調だった。
直線的に突っ込んでくる。突進。猛進。猪突の如き勢いとスケールが肉薄してくる。それも疾い。
来ると分かっていれば対応もできる。剣を盾代わりに腹で突進を受け、後ろに飛ばされる様、地に足を付け踏ん張りを効かせた。片腕と両足に力全てを注ぎ込み、何とかその場に踏み止まろうと体が沈む。
かなり後ろの方まで引き摺られ続け、足が摩擦で燃えるように熱い。だが、ここで踏ん張る事を止めれば勢いが止まらず宙に浮いて無防備になる。それが今一番危険な状態だった。
剣を両手で掴まれながら離さじとその場に止め続ける。それこそ意味がある。
「おぉ! 儂の突進を避けもせず受け止めるとは! その心意気や良し‼︎ あぁ! 凄く楽しくなってきたぞぉぉ! 」
「今だ! 」
「楽しいのは構いませんけど、俺の事忘れてませんよね? 」
俺に気を取られ過ぎていたシドさんの背後から声がする。ハイネが隙をついて再び刺突をしていた。狙いは急所も急所、頭の後頭部である。殺す気でヤレと言われたのだから当然と言えば当然なのだが、部下が全力で急所を突く修行は修行なのだろうか。
これで決まったと、常人ならば考える。何せ思っても見ない所から繰り出される攻撃をどうやって避けるのか。避けれる筈がないと。
「んー? 忘れるわけがないだろう」
「なっ!? 」
「ふぁふぁふぁふぁ……あふぁいわぁぁ! 」
「グエッ‼︎ 」
闘志溢れる眼差しそのままに、男は首を半回転した。可動域の広さも目を疑うが、あろう事か、男は振り向きざまに迫り来る武器の先端を受け止めていた。
それも歯で。己の歯牙のみを用いて。
どんなビックリ人間ショーなんだ。刃先を口で、歯で受け止めて生きている神業を目の当たりにしていた。武器を無残にも噛み砕かれたハイネの腹部に打ち込まれるのは、勿論シドさんの拳。軽い玩具を壊すみたいにいとも容易くハイネの体はくの字に曲がって吹っ飛んだ。
「ガッハッハ‼︎ 油断すると命取りだぞぉ! 」
「お言葉を返すようですがこれで俺達の勝ちです」
「は? 」
「すいません、やっと正気を見出せました」
油断大敵とはよく言ったもの。ハイネを殴り付ける為に片手になったのがシドさん、貴方の敗因です。
掴まれたままの武器を手放し、鋭く尖った爪の生えた右手を大きな的目掛けて突き出した。シドさんの片手は武器を掴み、残りの方は後ろのハイネを殴りつけた為に後ろに回っている。更に首も向こうを向いているので軌道が読めない。戻る頃には丁度俺の攻撃が先にヒットしている。
「それも読んでおる」
「だと思いました」
「何だと? 」
「これも読んでましたか? 」
右手はやはり止められた。シドさんも同時に武器を手放していてその手が攻撃が届く前に受け止めていた。
だが、そんな事はこっちも予想済み。
分かっていたからこそ、この布石だ。
俺には”もう片方”の腕がある。
剣の陰で隠しながら治していた左拳をシドさんの鳩尾に打ち込んだ。
「一撃入れました。俺の勝ちですね」