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一粒万倍

 ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎ ✖︎




「そっちの準備は終わったー? 」

「うーんと、品物の配置関係はあと少しで終わりますよー! ポーシャさんは金銭管理の準備はできましたかー? 」

「こちらも残り少しで片付きます! 」

「レイはあっちの棚にコレをあるだけ綺麗に並べて置いて! 」

「分かった! 」




 今、俺達は急ピッチで露店作りに励んでいた。

 シドさんからのバックアップの甲斐もあり、資材は無償で提供してもらえたし、後は品物を並べてお客を待つだけだった。店構えも中々良い感じで、三方面に陳列棚を配置し、後ろは供給用にスペースを開け、三人の売り子の対応に合わせて俺がバックヤードから品物を補充する形ができていた。




 マサムネやカプリオ達第七独立戦闘部隊の人達はそれぞれ方々に回って人集めやお客の整理を担当してくれており、その分の手回しも全てシドさんが請け負ってくれていた。マサムネ達も快く手伝ってくれたことが何よりも助かっていた。




 最後の品物である新鮮なミルクを日陰にある陳列棚に全て並べ終え、ふーっと、一息つきながら額に溜まった玉のような汗を服の袖で拭い取る。




 ここで小休止したいのは山々なのだが、仕事の達成感に浸る間もなく次の展開は既に始まろうとしていた。




 見れば、店の前には既に待ちきれないのか多くの隊員達が列を作っていて、早く始まらないのか、どんな物があるのか早く見てみたいと言わんばかりに今か今かと足踏みしている。




 さっきのタカハラ少将の指示で多くの者の目を引いて置いたことと、シドさんとタカハラ少将の内密な口添えによって既にこのサンゲンヤ駐屯地内の隊員でこの店の事を知らない者はいなかったらしく、売り子目当ての野次馬を差っ引いても商品よりも客の数が多い。




「おーい! まだ始まらねーのか⁉︎ 」

「す、すいません! 残りの準備が終わり次第開店しますのでもう少しだけお待ちください‼︎ 」

「店開くなら早くしてくれよー! こっちは腹減って死にそうな上に口利きで来てるんだぜー? 」

「申し訳ありません! 直ぐに準備を終わらせますので! 」




 客達は待ちきれず不平不満を漏らし始めていた。数が多い分、それだけ準備にも手間がかかるのだが、客にはそんな事を考えることはしない。俺達は頭を下げながらあと少しと更にスピードを上げる。




 と、そんなピーキーな状況で一人の男性が店の奥からヌッと現れ、人混みの中へと進んでいった。




 男はパンツ一枚で他には何も纏っておらず、赤灰色の髪や蓄えられた荒々しい髭を逆立てるように怒りを露わにしていた。さっきまでとは打って変わって凶暴な獣にも似た雰囲気を醸し出している。




 中心までヅカヅカと歩むこと数歩、最初に不満を言っていた隊員の前にスックと立つと声を張り上げて言った。




「この……馬鹿者共がぁぁぁぁぁぁあぁあ‼︎‼︎ 」




 耳を覆いたくなる轟音が辺りを支配し、その中心に立っている男の声が更に木霊する。声は全ての人間を無意識に直立させ、背筋にピンと針金が通ったみたいだ。




「お前ら……さっきから聞いてりゃ五月蝿えぞ‼︎ もう直ぐ終わるって言ってるんだから黙って見てろ‼︎ それともなにか? まだ文句がある奴は儂が相手をしてやるが……どうだ? 」

「ひ、ひぃぃぃぃ‼︎ 何でもありません! 申し訳ありませんでした! サー! 」

「そうだ、新政府軍人たるもの、常に誇りと節度を忘れるな‼︎ 分かったか貴様らぁぁぁ‼︎‼︎ 」

「「「「はい‼︎ 」」」

「宜しい、では全員静粛なまま待機‼︎ 」

「「「サー! イエッサー‼︎ 」」」




 怒髪天を突くその様に全員が魅入り、図らずも作業をしていた手が止まってしまっていた。シドさんは言う事を言うと隊員に一瞥してこちらへ戻って来た。さっきのを見た後だと迫力があって少しだけ威圧されていた。




 性格が豪胆なのかよほど大雑把なのか。これがパンイチ姿でなければ尊敬の眼差しで羨望されていても可笑しくはないのに。何でパンイチなんだよ。





「すまん、部隊の者達が迷惑を掛けた」

「い、いえ! こちらこそありがとうございました! 」

「ウチの奴等と違って彼奴らは人数も多いし末端まで教育が行き届いてないのが問題だな。今度タカハラに会ったら伝えておくから許してくれ」




 シドさんは俺達に対し一回り、二回りも大きな体をくの字に折り曲げ礼をする。許すも許さないも、こちらは協力してもらっている身分だ。口を出せるわけがない。大人しく頷き同意する。




「ふーむ、これが噂の牧場の名物品達か……後で少しばかり分けてもらいたいんだが取っといてくれるか? 」

「あ、はい! それは大丈夫です! 先にそちらの隊員さん達の分は取り置きしてますから! 」

「なんと⁉︎ これはこれは気が効くお嬢さん達だ。正直驚いた」




 恐縮ですとエレナは笑って答え、ガハハとシドさんも笑い返す。




「なら一つ、儂からも提案をしてもいいか? 」

「何でしょうか? 」

「この商品全ての値段を……五、いや十倍で売るといい」




 えっ、何だって?




「ぶっ‼︎ 」




 思いがけない一撃で吹いてしまった。




「え、じゅ、じゅじゅ、十倍ですか? 原価のですか? いやいや原価だとしても十倍⁉︎ 」

「いや、今考えている売値の十倍だ」

「む、むり! 絶対に無理ですって! そんなのあり得ない! 売値の十倍で売るなんて暴挙です! 正気ですか? 」

「正気も正気。これは絶対に売れる。というか売れ」




 

 そりゃ幾ら何でも無茶苦茶すぎる。売値を十倍に吊りあげるなんて高すぎる。これじゃ下手すると誰も買ってくれないかもしれない。生鮮食品は鮮度が命、つまり出来るだけ序盤の、初動が大事なのに。この発言は商売の基本を分かっていないだけなのか?




 幾ら需要曲線が供給曲線を上回っているとはいえ、ここまで均衡価格が跳ね上がれば誰も買わない、というか買えなくなるかもしれない。




 瞬時にメリットよりもデメリットの方が大きいと判断した商人の娘達の顔色は明らかに難色だった。半ば素人の俺ですら無理だろと顔をしかめているレベル。




 芳しくない場の雰囲気を読んだのか、はたまた初めからそうするつもりで考えていたのか、シドさんは髭をなぞりながら柔かに言った。




「では、売れなければ全て我が部隊が買い取る。これなら悪い話ではあるまい? どう転んでも売り上げは前の十倍だぞ? 」

「た、確かにそうですけど……」

「万が一、売れなかったとして我が部隊が買い取り、もしも全体の九割以上売れたなら、売り上げの一割をくれ」




 一割か……。それを踏まえた上でもノーリスクでハイリターン過ぎるがそれで良いのだろうか。一抹の不安が過るが直ぐに消えた。




「なんから証書だって書いても良いぞ? 」

「分かりました。ではこちらにサインを」




 ポーシャが横で話を聞きながら何かをしていたかと思えば、既に簡素だが契約証書が出来上がってるではないか。迅速なポーシャさんマジ抜け目ない。サラサラとシドさんはサインをすると紙を渡して笑う。




「なーに、売れ残る可能性は万に一つもあるまいよ。見ろ、彼奴らは日頃から日銭を稼いでは、忙殺の為に溜め込むしか出来ない男達だ。こちらが発破を掛ければ飛ぶように売れるぞ。今だって早くしろと騒ぎ立てていたじゃないか」

「売れる……のかな? 」

「売れる! 儂を信じろ‼︎ 秘策も用意してあるしな」

「秘策……ですか? 」

「ああ、飛び切りの切り札を用意してある」

「じゃあ、お願いします……」




 ニヒルな笑みで策ありと言いたげな顔。

 何処から湧いてくるんだその自信。突っ込みを入れたい気持ちを抑えて値札の書き換えを素早く行う。もうどうにでもなれだ。ヤケ糞になりながらも全て準備は整ったのである。

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