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悪魔の面

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 夜。

 春先の夜は月と星の光も弱く、この大地を照らしきることはできない。そして、人は暗闇を避ける。それは、自分がこの闇の世界で一人になってしまったと錯覚してしまうからだ。



 だから、人は互いの存在を目や耳や皮膚で感じていないとまともに落ち着くことさえできない。

 ならば人間はどうしたか。それは『自らの力で地上を照らす』だ。



 夜警の為に鉄剣を肩に掛けて外へと出る。

 いつもなら暗闇の世界が広がっているはずの視界全てが火のついた松明のおかげで明るい。



 その明かりがあるだけで、俺の心は落ち着いた。

 肌寒い空の下、吐息だけを頼りに体を温め、叔父さんから借りたばかりのローブの中に首を埋める。



「夜は人がめっきり減るな……さっぶ」



 独り言は闇に溶け、遠くで鳴く木菟の声だけが会場に染み渡る。

 夜は人間の休む時間。だからこそ、その時間を狙ってくる夜盗や盗賊が蔓延るのかもしれない。



 この会場はその点でいくと、周りは厳重な警戒態勢が常時敷かれているので、モンスターや盗賊は勿論、アリの子一匹通さない風にできていた。



 お陰で夜警の警邏も、とても楽な気持ちで取り組めるし、いざという時にも近くに仲間が居るというのはとても心強い。



 群れるだけで、人にはここまでメリットがあるのだ。だからこそ人は人が多く集まる場所を選ぶ。



 それが人間、賢い生き方をしている。

 俺は眠りにつかないように、最低限の緊張感だけを頭に残して体を休めた。その脳裏に映るのは、彼女の微笑みだった。






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 今日はバザー二日目。

 本日のノルマは、残っている在庫の商品を全て売り払い、残ったお金で次の在庫を買って次の街までの準備をするということらしい。



 昨日よりも更に多くの商品を綺麗に並び終え、朝の休憩に入った。

 エレナが作ってくれた朝食 (みたいなもの)を味わっていると、作った当人がテントの中から出てくる。

今日は最後の大売り尽くしということもあり、本人はやる気に満ち満ちていた。



「今日はね、全部の商品を早いとこ売り尽くして、次の商品の入荷をしなくちゃ! 」

「……そうだな、俺も行きたいところがあるし……」

「ん? 何か言った? 」

「いいや、何も言ってないぞ」



 危ない危ない。危うくバレてしまう所だった。



「あのさ、昨日の賞金って一体何に使うの? 」

「うーん、まだよく考えてないから、使いたい時に使わせてもらうよ」

「そだね、お金は大切に使わないといけないよね」



 流石は行商人の娘、金銭感覚が正しく身についている。俺はというと、大金を手にしただけで冷や汗が止まらなかった。だって大金だよ? 凄く重いし何を買おうか迷いに迷ったし。

 買うものは結局決められることが出来たから、今日は早目に仕事を終わらせて買い物に出かけたいな。




ーーーーーーーー






「さあーどうぞ! ルシルフル・エンポーリオは何処よりも安くて、何処よりも良い品を扱ってるよ! 」




 今日も叔父さんの商売文句から商売活動は始まり、客引き合戦の火蓋が落とされた。

 押し寄せる客と迎え撃つ店員、その構図は龍虎の対峙にも似た熾烈の一戦となった。



 叔父さんとエレナのコンビが華麗に客を捌き、足りない所は俺までも接客に駆り出され、何度か商品も売り捌いた。その時はかなり緊張したけど、売れた瞬間のえも言えぬ快感は手を震わせた。



 自分が接客をする時は、言葉遣いが変になっていないかとか、表情が硬くなっていなかったかだとか、そんなことばかり考えてしまって頭が蒸発しそうになっていた。



(エレナ達にとってはこれが日常……敵わないな)



 改めて、二人の凄さを目の当たりにしつつ、負けじとやる気を出してお客の波に身を委ねる。



 驚異的な売り上げに、裏方に積んであった在庫の山も、あれよあれよという間に消えていって、最後の一ダースも商品として売り場に並べられた。これを売り切れば今日のノルマは達成だ……。




 時間はまだ昼を少し超えたくらいで、時間的に考えても買い物をするだけの時間は十分にある。

 後の楽しみに心を奮い立たせ、接客に集中する。



 相手にとって一番欲しそうな物を提供し、説明を加えつつ相手の購買意欲を刺激する。そうすることでお客はこの商品は買わなければならないと錯覚してついつい買ってしまうのだ。心理的ファクターをついた商売テクニックだと叔父さん達が教えてくれていた。

 


「終わった……終わったよ! 完売だ! 」

「こんなに売れ行きが良いのは久しぶりだね! 」



 余程嬉しかったのか、二人は手を取り合って何もない売り場を眺めている。代わりに、金銭袋の中にはこれでもかと言わんばかりの金銭がぎゅうぎゅうに詰まっている。



「だがこれで、商都に行く為の資金作りも叶った訳だし、これからパーっと気晴らしにでも出掛けるか! 」

「良いんですか? いくら積荷は無くなったと言っても、馬車の見張りとかしなくて……」

「大丈夫だよ、ウチの馬は他の人間には決して懐かなくてその場から動かないんだ」

「ウチのアラビンはそこらの馬より大きくて賢いからね! 」

「アラビン……お前ってちゃんと名前があったのか」



 名前を呼ばれてヒヒンとアラビンは嘶き、自身の存在をアピールしてくる。確かに賢いというのは確かなのだろう、人語を少しは理解しているみたいだし。



「それじゃあ、お昼ご飯からでも食べに行こうか」

「さんせーい! もう、お腹ペコペコだよー」

「お言葉に甘えて……お願いします」

「おっと、それはまだ早いのではないのかな? 」



 テントの外に出ようとする寸前、何者かがテントの中にずかずかと入り込んで、手頃な椅子に座る。齢にして二十歳前後だろうか、体は酷く肥え太り、叔父さんよりもだらしない肉付きをしている。



 装いは煌びやかや宝石類が数多く身につけられていて、明らかに本人からすると分不相応の代物に見えてしまう。



「オイ、アンタ一体何の用だ!? ウチはもう店じまいするから出て行ってくれ」

「レイ、ダメ! この人はっ! 」

「ほぉー、私が誰だが存ぜぬ馬鹿者がこの会場にいるとは驚いたな」



 随分と上から目線で物を話す男だ。エレナの反応も変だったし何かこの男は特別なのだろうか。



「私はゼイニック・バーン、この辺りの領主の一人息子だ、よく覚えておけ下賤の者よ」

「すみません、この者、記憶を失っておりまして! ですので後からよーくこちらで言っておきます」



 叔父さんもエレナも、冷や汗をかいてこの男が発言するのを固唾を見守っていて、俺も頭を下げさせられた。



「よい、その程度の事で荒立てるほど私は落ちぶれていないのでな、だが、本題については差し当たって言っておく必要がある。お主ら、ここの場所代を払って居らぬだろう? 」

「いえ、滅相もございません、私共、揃ってこの敷地の使用料を支払ってございます」

「黙れ! 私の所にこうして不正を働いたという証拠が出ておるのだ! 衛兵! こ奴らを引っ捕らえろ! 」



 男が叫ぶと、テントの中に数人の鎧武者達が雪崩れ込んで、俺達の身柄をあっという間に交流し、男は満足そうに話す。



「そう言えば、ここの店は大変繁盛していると聞いたが、どれ、この店の売り上げ全てを差し出すのなら恩赦で放してやるがどうだ? 」

「なんだって!? ふざけるな! そんなお前達の言いがかりでエレナ達の金が持って行かれてたまるか! 」



 頭が熱くなり、体に力が漲ってくる。

 拘束用に付けられていた鎖が音を立てて千切れて両手が自由になる。これで動ける。



「お、お前! 私に向かって牙を剥くと言うのか! 衛兵! この不貞者を討ちとれ! 」

「お待ちください! 売り上げならどうか持って行ってくださって構いませんので、平にご容赦を……」



 武装した衛兵達と俺が衝突する直前、叔父さんが間に入って頭を地に擦り付けた。その姿を見ると湧き出していた力が抜けて地面にへたり込む。



「カスにしては頭が良いらしいな、まあ商人たるもの場を弁えてこそ一流だ! はっははは! 」

「失礼を働き誠に申し訳ありませんでした……」

「よい、分かれば良いのだ、自身の身分の低さを恨むなよ、これは仕方のないことなのだから」



 捨て台詞を吐いたゼイニック・バーンは、店の売り上げ全てを近くの従者に袋に詰めさせて、意気揚々と引き上げて行った。事の次第が終わるまで、叔父さんもエレナも頭を下げ続けていた。



「どうして! どうして叔父さん達がこんな目に遭わなくちゃいけないんですか!? 場所代だってちゃんと払っていたはずなのに! 

「レイ君、この世界では権力が何より物を言うんだ。だから、上に目を付けられてしまうと、私達ではどうしようもないんだよ……」

「レイ……我慢しないと、あの人に目を付けられたら、私達は殺されちゃう……」

「何で! どうしてそんな事が罷り通るんですか! 」

「それがこの世界のルールだからさ……」



 理不尽な理、それがこの世界共通のルールだった。弱い物は強い物から搾取され、強い物は更に肥え太る。それでは正にあの男の存在そのものではないか。



 二人とも、口ではそう言っていたが、心ではその理不尽さに心を削られてしまっている。無理もない、苦労してやっと得たお金を言いがかりで強引に奪われたのだから。



 目に浮かぶ涙と悔しさが口を窄め、震えている姿を見た俺はどうしても我慢ができなかった。限界だ。



 こんな横暴、世界が許しても、俺が許さない。

 相応の報いを受けさせてやる……。



『そうだ、お前はそれでいい』



 心の中でそうもう一人の自分が話しかけているような気がした。だが、今はそんな事はどうだっていい。



「すみません、俺ちょっと出掛けてきます」



 返事の無い二人を置いて、俺は駆け出した。出来る限り限界のスピードで、拳に力を込めて。そして、湧き上がる殺意を胸に抱いて。



「いらっしゃーい! 安いよ安いよー! 」

「それ貰います、釣りは取っといてください」



 走る最中、ふと、視線の中にある物を見つけた。

 そのある物を即決で手にして懐の金貨を一枚、店の主人に投げ渡した。



 角張ったそれを顔に着け、俺は走るスピードを速めて行った。匂いで分かる、標的はすぐ近くにいると。



 人気の無い木の上に登り、男の匂いがする場所を見据えると、男はさも嬉しそうな顔をして、俺達が苦心して集めたお金を建物の中で数えていた。そして、周りには護衛の男達が数多く待機している。



『やることは分かってるよな? 』



 心の声が俺に囁く。

 言われなくても分かってるよ。



「面倒くさい事は抜きにして、正面突破でいくぜ」



 俺は能力を発動した。

 抑えている力は体の内部を作り変えて、髪の色と瞳の色が変化していく。



 感覚も鋭敏になり、風の動く様子すら手に取るように肌で感じ取る事が出来た。



 ゆっくりと、されど大きく、俺は男のいる建物に向かって歩いて行く。その姿を訝しんだ一人の男が止めようと出てくるがそれは無駄に終わった。



「邪魔だから眠っててくれ」



 拳を鳩尾に叩き込み、男を静かに無力化する。

 そして、堂々と建物の中に俺は侵入する。



 どんなにザルな警備体制を敷いていたとしても、流石に不審者が堂々とエントランスを通り抜けて来れば、その異常性に気付くのは明白。直ぐに数人の衛兵にその場を囲まれ動けなくなる。



「お前ー、一体どこの者だ名乗れ! 返答によっては排除せねばならん! 」

「そうだ! 命が惜しくば今直ぐにでも頭の後ろに手を付けて組むのだ! 」



 飛び交う怒号、男達は武器を抜いて構えた。

 誰も皆、一様に顔が強張り、緊張を隠し通せていない。



「俺は……そうだな……糞を地獄に叩き落す為の地獄の使者とでも言っておこう」



「ば、馬鹿にしおって! 者共かかれ! 」

「「オラァ!」」



 先頭の男を皮切りに、全ての衛兵が俺に遮二無二と向かってくる。だが、動きが山狼に比べると格段に劣る。なので、全く脅威を感じない。



 全ての動きを見極め、躱し、避けられない攻撃は鉄剣で防ぎ、一人一人の首筋に手刀や峰打ちを当てて昏睡させる。どの作業にも時間は一秒とかからない。



 地面で眠った男達を置いて、俺は再奥に点在するゼイニック・バーンの部屋を目指した。



 道中で襲いかかってくる者も、同じように昏睡させて、護衛の者達全てを不殺で無力化した。



 だけど……お前だけは特別だ。



「どうした……やけに外が騒がしいが……」

「外の奴等ならみんな寝てますよ」

「お、お前は一体誰なんだ! その不気味な仮面を取れ! それに衛兵が居ないとはどういうことだ? 」

「色々と注文が多いですね……なら簡単に説明しましょうか」



 距離を詰めて、言葉を口に溜める。



「俺は……お前を殺す為にここに来たんだよ」

「な、何だってっぅ! 」



 ゼイニック・バーンは声を上げる間も無く俺に顔を掴まれて、苦しさに体をバタつかせる。

 その様は見ていて滑稽で、哀れですらあった。



「苦しいか? でもな、彼女達が味わった苦しみに比べたらまだまだ甘いな。甘過ぎる」

「や、やめろ! 私に何をする気だ? 」

「何って、お前にお金の大切さを教えるんだよ」



 片手で軽々とゼイニック・バーンを引きずり、手頃なロープを机の上から取り出した。ロープは親指ほどの太さがあって、使うには十分な長さもある。



 そのロープの一端を首に巻き、その反対側に、自分が今まで私腹を肥やしてきたであろう、パンパンに膨らんだ金貨袋の口に結びつけた。



「今からたっぷりと、お金の大切さを身をもって味わうことができるんだ、お前も本望だろう」

「た、助けて……」

「残念だけど、過去は取り消せないんだよ」



 袋を一番太い天井の梁に放り投げ、反対側に結ばれていた男の体は、少しずつ足元を離れていく。

 雁字搦めに結んだロープは簡単には解けず、男は必死に外そうと躍起になるが外れない。



「どうした? お金が大好きなんだろ? 領主様の一人息子なんだろ? だったら、誰かに早く助けてもらうといいさ」

「ウグッ……ダズゲデ……」

「良い声で鳴くなぁ……やればできるじゃん」



 暴れていた男の体は、次第に痙攣しながら動きを止めていき、ついに完全に止まって宙ぶらりんになった。



 振り子のようにプラプラと揺れる男の顔は、口から泡を吹き、白目を向いて事切れていた。



「俺達の分は返してもらうからな。これは地獄への駄賃だ、取っとけ」



 今しがたゼイニック・バーンが数えていた見覚えのある金銭袋を掴んで、その中から一枚だけ抜き取り、豊満な胸のポケットに滑り込ませた。




 この時のことは、後から大騒ぎになったが、関係者は皆、『悪魔の面を被った白銀の男』として語っていた。

 

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