プロローグ
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夕焼けの綺麗な空が見える。
ビル群の中でも取り分けて高い場所にあるこの病院ならではだ。
鴉の群れが空を舞い、落ちた羽がゆらゆらと足元に落ちた。その羽を拾おうにも、俺の体は動かない。
いや、”動かない”ではなく、”動けない”と言った方が正しいな。
俺は病気にかかっている。それも深刻な病だ。病名は『筋ジストロフィー』その中でも俺の場合は筋繊維萎縮障害を患っている。患者服に袖を通して早数ヶ月、医者からは匙を投げられ、家族からは見放された。
余命は残り数週間。
まともに歩く事もできず、電動アシスト式車椅子での生活が余儀なくされていた。そりゃそうだ、家族が原因不明、治療法不明の難病にかかったら手の施しようが無い。
加えての俺の今までの生き方がだらしなさ過ぎた。弟や姉、父も母も文武両道のエリート家系。その中で唯一、勉強もスポーツもろくすっぽ出来ない落ちこぼれが俺。
家庭でも、学校でも、俺の居場所は無かった。
疎外感、という嵐の中に一人取り残されていた俺は、この病気によって乗っていたボロボロの筏すら壊されたのだ。
「世界はこんなに綺麗なのに……世の中はどうしてこんなに不平等に溢れているんだ……」
こんな世界間違っている。
「俺が見たい世界は……こんなものじゃない……」
俺が望んだのは、もっと、こう、自分がヒーローになったりできる世界じゃなかったのか。みんなから認められて、毎日が楽しくて仕方がない。そんな暮らしをしてみたかったんじゃないのか?
だが、そんな事を頭でいくら思い浮かべても夢物語にしか過ぎない。夢は覚めるから夢なんだ。くだらない、もう日も沈みかけている。看護師が探しに来る前に部屋に戻らなきゃ。
(そんな人生で貴方は満足できましたか? )
「誰だ!? 」
頭の中に語りかけてくる声に辺りを見回す。やはり自分の他には誰もいない。気の所為か。
はは、ついに幻聴まで聞こえてくるようになってしまったのか、俺も弱ったな、しかも、女の人の声だったし……ちょっと可愛い感じだったけど。
(そりゃどーも、でも、幻聴じゃないんですよー)
またしても声、これは夢じゃない。
(貴方みたいな人を探してたんです)
俺みたいな人? どういうことだ。
(若い盛りに不運が重なる健気な貴方、もうすぐ人生に幕が降りる、そんな貴方を私は探し求めていた)
「おい、どこの誰だか知らないが、どうせ何処かに隠れてるんだろ? おちょくってるならいい加減にしてくれ」
強くなる声色。耳元で囁きかけられているみたいだ。だが、自分でも薄々気づいていた。これはトリックや冗談の類ではないことを。
(唐突ですが、今から貴方に手紙を送るので、そこに書いてあることをよーく読んでから答えてください)
無言で話を聞き続けた。
(答え次第では、貴方の人生は薔薇色になるかもしれません。 ただし、答え次第では灰色にもなります)
鴉の群れがこちらに戻ってくる。それも数が増えていて、こちらに目掛けて一直線に。視界を埋め尽くすほどの黒が、入り乱れて喚き散り、反射で目を閉じると、程なくして鴉の群れは遠退いていった。
(答えはこの場で直ぐに決めてくださいね)
声が消えると、並べていた足の上に黒くて小さな手紙が置かれていた。一体いつの間に……さっきのあの時に? 恐る恐る中を開けると……中には短いメッセージと、それに対する解答欄と注意事項が記載されていた。
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参加状・神下 零殿
【退屈な人生、やり直しませんか? 】
参加の方はYesに、不参加の方はNoに印をつけてください。
Yes:No
※Yesを選ぶと世界が変わります(良くも悪くも)
※Noを選ぶと世界は変わりません(良くも悪くも)
Leave but go heart → 自分の心赴くがままに。
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手紙を見た時、答えは既に出ていた。
「こんな世界、俺は要らない」
指先を噛み切り、赤黒い血文字でYesをなぞった。紙面が一面、血で真っ黒な赤に染まっていき、染まり切った時、紙面はバラバラな紙屑へと変わる。風に舞う花弁の如く、不吉を知らせる八咫烏の羽の如く、黒と赤のコントラストを描きながら俺を包んだ。
『ようこそ、刺激的な異世界へ』