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第四章

 第四章 迷宮への挑戦


 僕たちは港を出ると、砂地の多い道を進んでいた。

 さすがに別の大陸ともなると、風景から受ける印象もガラリと変わる。道を歩いている人たちの服も別の文化の匂いを感じさせるし。

 しかも、もう少しすれば、砂漠の道を通らなければならなくなるし、無事にエシュロニア王国の王都に辿り着けるか心配だ。

 砂漠の中で行き倒れになるなんていう事態は避けたいところだが、旅にハプニングは付きものだからな。

 何が起こるかは神のみぞ知ると言うところだろう。

 まあ、手綱を握るディエゴは王都には何度も行ったことがあると言うし、ここは信じて任せるしかない。

 それにしても蒸し暑いな。革袋に入れてあった水は全部、飲んでしまったし、喉がカラカラする。

 馬車には汗だくのセフィアとアルフィーヌがいるし、二人からは甘ったるい匂いが漂ってくる。

 汗を滴らせているラルフも何だか、女の子っぽく見えるし、狭い場所にいる僕としては心が落ち着かなかった。

 とにかく、こんなにも気候か変化するとは思わなかったし、正直、僕も旅というものを甘く見ていたのかもしれない。


「ようやく、関所が見えてきましたね。あそこを通れば王都までもうすぐです」


 ディエゴの言う通り道の横には石で作られた建物があった。

 とはいえ、必ずしもあの前を通らなければならないという道でもないので関所としての役割を果たしているかは疑問だ。

 その上、井戸もあるし、関所と言うよりは旅人が休憩するところと言った方が良いかもしれないな。

 ただ、関所と言うからには兵士の一人でも道の近くに立っているかと思ったが、その姿も見えない。

 その代わり、何かが焼け焦げるような匂いが漂ってきた。


「でも、何だか様子がおかしいよ。ディエゴも気を付けて」


 僕は心臓の音がバクバクなるのを感じながら言った。それを受け、ディエゴは勢いよく馬車を走らせる。

 そして、建物の前まで来ると、僕は漂ってくる匂いに顔をしかめた。


「どうしたんだ?」


 建物の中で壁に背を預けて倒れている兵士にディエゴが慌てて声をかけた。僕たちも馬車から降りて様子を窺う。


「一人で王都に行こうとしている少女がいたんです。なので、我々がそれを止めようとすると、いきなり悪魔のような姿に変身して、攻撃してきました」


 兵士は表情を歪めながら、何とか声を絞り出す。

 それを見たセフィアはすぐさま兵士に治癒の魔法をかけ始めた。すると、兵士の顔も安らかなものになっていく。

 だが、黒焦げにされて死んでいる他の兵士たちはどうにもならないだろう。


「間違いなくラヴォナートだな。まったく、酷いことをしやがるし、人間の命を何だと思っているんだ」


 ディエゴは兵士たちの死体を見て悔しそうに言った。


「あなたたちも王都に行くというなら気を付けてください。あの少女の力は尋常なものではありませんし」


 そう言うと、兵士は気を失ったように目を閉じてしまった。それを見た僕は憎しみの炎が心の中で燃え上がるのを感じていた。


「関所を守っている兵士たちをこんな風に殺すなんて、ラヴォナートって言うのはかなり恐ろしい奴みたいだな」


 ラルフは痛み入るような顔をする。


「ラヴォナートの恐ろしさはこんなもんじゃないよ。僕の村なんて、建物が一つ残らず焼き払われたんだから」


 僕は憎々しそうに言った。


「そうか」


 ラルフは目を細めると、暢気に欠伸をしているクリフの頭にポンッと手を置いた。


「犠牲になった人たちは気の毒だけど、ラヴォナートが確実に王都に向かっていると分かっただけでも良かったんじゃないかしら」


 そう気休めのようなことを言ったのはアルフィーヌだ。


「そうですね。ここで、ラヴォナートの足取りが掴めなくなったら大変ですし、私たちも王都ではラヴォナートと戦うことを覚悟しなければ」


 セフィアは兵士の傷を完全に治すと、額の汗を拭った。


「でも、そうなると場合によってはもっとたくさんの人の力を借りることになるかもしれないね」


 僕は国を挙げてラヴォナート倒そうとしてくれれば助かるんだけどな、と思いながら言った。


「ま、例え相手がどんな奴でも俺は負けるつもりはないけどな」


 そう不適に言ったのはラルフだ。それから、僕たちは馬車に戻ると、砂漠になっている道を突き進む。

 黄金色の砂漠はなだらかな表面を見せていた。

 ディエゴが言うには、道から少しでも外れれば流砂に飲み込まれることもあるらしい。危険な毒蛇やサソリもいると言うし。

 僕は時折、砂の混じった風が吹き付けるので、目がしょぼしょぼした。


「それにしてもエシュロニアは暑いわね。下着なんて汗でべとべとだし、早くお風呂に入りたいわ」


 アルフィーヌは汗でべたつく髪を何度も掻き上げながら言った。


「私も同じです。さすがに服が汗臭くなってきましたし、常に清潔さを心懸けている私にとってはかなり不快です」


 セフィアは夏場だというのにずっと同じ服を着ていたからな。ま、さすがに彼女の服の匂いは僕には嗅ぎ取れないけど。


「王都にはお風呂なんかあるのかな」


 僕はかなり速いスピードで馬車を走らせるディエゴに尋ねた。


「王都には大衆浴場がたくさんあるんです。俺も王都にいた時は何度か入ったことがありますから」


「大衆浴場は社交場も兼ねていると聞いたけど」


「ええ。男同士、裸で話し合えば気心も知れるというものですよ。俺も敵国の人間でしたが、大衆浴場では邪険にはされませんでしたし」


 ディエゴの言葉に僕も何だか楽しそうな場所だなと思った。ま、僕的には温泉の方が良いんだけどね。


「大衆浴場か。何だか汚らしそうで嫌なんだけど。温泉ならともかく、よく、大勢の人が入ったお湯に浸かれるわね」


 アルフィーヌの言葉には同感だった。僕だってお風呂くらい、一人でのんびりと入りたいし。

 だが、セフィアは至極真面目な顔で口を挟む。


「この際、贅沢は言っていられないと思います。お湯で体の汗を洗い流せるだけマシだと思いましょう」


「それもそうね」


「何にせよ、私も王都に行ったら新しい服を買わなければ。この儀礼用の服では、暑くて仕方がありません」


 セフィアは胸元を緩めながら言った。


「服なら私も買うわ。グレッグやディエゴは代わりの服を用意してあるけど、私たちは今、着ている服しかないし」


 アルフィーヌはスカートの裾をパタパタとさせる。


「私もその場の勢いで旅に出てしまいましたからね。代わりの服を持ってこなかったのは失敗でした」


 セフィアの頬からは大粒の汗が滴り落ちている。


「二人とも汗くらいでガタガタ言うなよ。旅に汚れは付きものだろう。俺なんて一ヶ月も風呂に入らなかったことがあるんだぞ」


 そう叱咤するように言ったのはラルフだった。そうは言っても、ラルフからは不潔さを感じないが。


「分かってるわよ。私だってアルタイラル様のところに辿り着くまでは、お風呂には一度も入らなかったし。でも、それは夏でも涼しいアルダンティア王国だったからよ」


 アルフィーヌの言う通り、エシュロニア王国に来たら途端に暑くなった。この暑さは僕も体験したことがない。


「はい。エシュロニア王国はアルダンティア王国とはあまりにも気候が違いすぎます。こんな暑いところで、人が暮らしていけるのか不思議なくらいですし」


 セフィアはハンカチで首筋の汗を拭く。まあ、王都は砂漠の真ん中にあるというし、どんな町になっているんだろうな。


「ったく、二人とも本当に狭い世界しか知らないみたいだな。これだから、育ちの良い女は嫌いなんだ」


 ラルフは辟易したように言った。これにはセフィアとアルフィーヌもムッとしたが、反論はしなかった。

 そんな話をしていると、聳え立つような防壁が見えてくる。防壁は大きな都市をぐるりと囲んでいるようだった。

 どうやら、あそこに見えるのがエシュロニア王国の王都らしい。

 何というか強固な守りを感じさせるし、アルダンティア王国が、あの王都を攻め滅ぼせなかったことも分かる気がするな。

 一方、ディエゴはあともう少しだと言わんばかりに、手綱を振り上げて馬車を走らせる。そして、僕たちは防壁の門の前までやって来た。


「止まれ!」


 大きな門を警備していた兵士が槍を構えながら馬車を止めようとする。


「俺たちはただの旅人だが」


 ディエゴは臆面もなく言った。


「関所を守っている兵士が殺されたという報告が来ている。悪いが怪しい人間を王都の中に入れるわけにはいかない」


 兵士は緊張感のある声で言った。すると、ラルフが割って入るように話しかけた。


「俺はラルフ・ラックフォードだ。ゼオルクス・ドゥ・ガナートス王に呼ばれてこの国に来た」


 ラルフがそう言うと、兵士も警戒を解いたような顔をする。


「あなたが、ラルフ様ですか。報告は来ていますし、白い竜を連れていると言うことは本人で間違いないようですね」


「もちろんだ」


「では、どうぞ、お通りください」


 兵士がすんなりと道を空けると、ディエゴはまた馬車を走らせた。


「ラルフのおかげで助かったな。それにしても、防壁の門を警備している兵士が生きていると言うことはラヴォナートは、王都には入れなかったんだろうか?」


 ディエゴは大きな通りを見ながら言った。

 通りにはカウンターが道に面した店がずらりと並んでいる。そこには剣や斧などの武器が陳列されていたし、日用品などの雑貨もあった。

 他にも道には食べ物を提供している屋台もあるし、道端で品物を売っている露天商などもいた。

 その上、道にはお祭りのようにたくさんの人が歩いている。馬車なども数多く往来しているので、気を抜くとぶつかりそうだった。

 こんな雑然とした活気は僕も目にしたことがないな。


「ラヴォナートは間違いなく、この王都にいる。奴の発する邪悪な魔力をひしひしと感じるからな」


 クリフは鼻をヒクヒクさせながら言った。

 果たして、クリフが嗅ぎ取っているのはラヴォナートの魔力なのか、それとも屋台の食べ物の匂いなのか。

 僕としては前者であることを信じたかった。


「クリフがそう言うなら、間違いはない」


 ラルフはそう自信を持って言い切ると、言葉を続ける。


「とにかく、俺はこれからクリフと共に王宮に行って、ガナートス王と会うが、あんたらはどうする?」


 ラルフの言葉にディエゴはボリボリと頭を掻いた。


「俺は王宮に入るのは止めておく。ガナートス王とは昔、戦争で戦ったこともある相手だからな」


 ディエゴならそう言うと思った。


「あたしも。いくら和平条約が結ばれているからって、アルダンティア王国の王女が王宮に入るのはまずいでしょ」


 アルフィーヌも砕けた感じで肩を竦めた。


「私もガナートス王とは会いたくありません。ガナートス王はあの邪神ゼオルクスの血を引く者なのですから」


 セフィアは嫌悪感を露わにした。


「でも、僕は王宮には入ってみたいな。こんな機会は滅多にあるもんじゃないし、ここで行かなかったら一生、後悔しそうだ」


 僕の言葉にラルフはどこか嬉しそうな顔をする。


「そういうことなら、俺とグレッグだけで王宮に行かせて貰う。あんたらは、この先の広場で待っていてくれ。そんなに長い話にはならないだろうし」


 そう言ったラルフの視線の先には大きな噴水があり、円を描くように建物に囲まれている広場がある。

 ベンチがある広場は市民の憩いの場のようになっていた。綺麗な水路の水はキラキラと光を放っている。

 そんな広場の中央に辿り着くと、僕とラルフは馬車を降りて、通りの一番奥にある壮観さを感じさせる宮殿へと向かう。

 その後ろ姿を見送るディエゴは「王様には失礼のないように」と言葉を投げかけた。


                  ☆


 宮殿の中は実に豪奢だった。

 床には刺繍入りの赤いカーペットが敷かれ、天井からは煌びやかなシャンデリアがぶら下がっている。

部屋の隅には値の張りそうな壺が置かれ、壁には精緻に描かれた絵画が飾られていた。

 その上、竜や女神の彫像がそこかしこにあり、扉には宗教的な空気を漂わせる紋章も刻まれている。

 僕は酷く場違いなところに来てしまったと思いながらも、スタスタと前を歩くラルフの後を付いていく。

 どうも、ラルフはこの宮殿に来たことは初めてではないらしい。なので、何の案内もないのに迷うことなく歩いて行った。

 そして、国王がいるという謁見の間に辿り着く。


「よく来たな、ラルフ・ラックフォード。お前の活躍はワシの耳にも届いておるぞ」


 玉座に座る壮年の男が、謳うような声で言った。


「元気そうで何よりです、ガナートス王」


 さすがのラルフも敬語を使っていた。一方、荘厳な空気が漂う謁見の間にはガナートス王以外の人間はいない。

 それが逆に僕を緊張させた。


「ワシには邪神ゼオルクスの血が流れておる。百年やそこらの歳月で死ぬことなどできんさ」


 ガナートス王は口の端を吊り上げて笑った。


「そうでしたね」


 ラルフも含み笑いをする。


「とにかく、お前とクリムナートには魔界のゲートの封印をして貰いたい。ゲートの封印が解けかけているせいで、迷宮にいるモンスターも増える一方なのだ」


 ガナートス王は憂いながら言った。


「それは構いません。そのために、わざわざ船に乗ってこの国に戻ってきたのですから。が、少々、厄介なことになりました」


 ラルフの宝石のエメラルドのような瞳が光る。それを見て、ガナートス王も眉間の皺を寄せた。


「厄介なことだと?」


「ええ、古代の神、ラヴォナートが復活したのです。しかも、少女の体を借りたラヴォナートはこの王都に入り込んでいます」


 ラルフの言葉にガナートス王は驚愕したような顔をした。


「それは本当なのか?」


「ええ。おそらく、ラヴォナートは魔界のゲートから溢れているエネルギーを吸収するつもりなのでしょう。その際、ゲートの封印も解かれてしまう可能性もあります」


 ラルフは淀みなく言った。


「確かにそれは厄介なことだな」


 ガナートス王は顎に手を這わせると、難しい顔をした。


「はい。もっとも、ラヴォナートがゲートの封印を完全に解いたとしても、クリムナートの力があれば問題はありませんが」


 ラルフの言葉を聞いたクリフは「任せろ」と短く言った。


「それは良かった。だが、何とかしてラヴォナートを倒せないものか。奴は人間だけでなく神や悪魔にとっても大敵だからな」


 ガナートス王は深淵を見るような目で言った。


「俺はラヴォナートを打ち倒そうとしている者たちに力を貸すことにします。ですから、彼らも迷宮に入れるようにしてください」


 というと、ラルフもラヴォナートを倒す際には力を貸してくれると言うことか。


「分かった。迷宮へ入るための許可証はギルドに発行させよう。明日になったら、取りに行くが良い」


「ありがとうございます」


 ラルフが頭を下げると、僕たちは謁見の間を後にした。


「さてと、とりあえず迷宮には明日にならなければ入れないし、今日は宿に泊まることにしよう。幸いにも知り合いの宿がこの王都にはある」


 ラルフの知り合いの宿なら、ゆっくりできそうだな。にしても、ラルフって本当に顔の広い人物なんだな。


「分かったよ。なら、宿に行ったら、この町にある大衆浴場にも行こう。さすがに体を洗わないと汗で気持ち悪い」


 僕の言葉にラルフは少し赤い顔をした。


「俺は一緒には行かないぞ」


 ラルフは視線を彷徨わせる。


「どうして?」


「どうしてもだ。とにかく、風呂に行きたいなら、お前たちだけで行ってこい。俺は付き合わないからな」


 ラルフにしてはムキになったような言い方だった。


                  ☆


 ディエゴと合流した僕たちはラルフの案内で歓楽街を歩くことになった。

 通りには酒場や遊技場などが多くあった。その更に先には風俗のような店が建ち並んでいる。

 ただ、今は昼間なので、通りを歩くだけでは、それらは普通の店にしか見えない。この辺りが本当に活気づくのはやはり夜らしい。

 そして、ラルフはそんな通りの一角にある宿屋まで、僕たちを案内した。

 見た感じ、そこまで大きな宿屋には見えなかったが、小綺麗な印象は受ける。レトロな看板には洒落た文字で宿屋エルヴィットと書かれていたし。

 僕たちはラルフを先頭にして、宿屋の中へと足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ」


 そう声を発したのはティアと同じくらいの年齢の女の子だった。何となく雰囲気もティアに似ている。


「久しぶりだな、マティー」


 ラルフは表情を綻ばせた。


「ラルフさんじゃないですか。ウチの店に来てくれるなんて半年ぶりですね」


 女の子、マティーは朗らかに笑った。


「ああ。今日は仲間たちと泊まりに来たんだ。だから、夜は美味しい料理を振る舞ってくれよな」


 そう口にするラルフの後ろには笑っている僕たちがいた。


「分かりました。初めまして、皆さん。私はこの宿屋を経営しているマティー・ゴールドヴィンと言います」


 マティーは溌剌とした声で言葉を続ける。


「たいしたお持て成しもできませんが、どうかゆっくりしていってください」


 マティーは少し首を傾けてにっこり笑った。


「お世話になるよ、マティー」


 僕は久しぶりに素直に好感が持てる女の子に会えたなと思った。少なくともセフィアやアルフィーヌのようにアクは強くない。


「彼女の両親は病気で死んじまったし、この宿屋はマティー一人で支えているんだ。偉いもんだろ?」


 ラルフは自分のことでもないのに誇らしげに言った。


「確かに」


 僕は何の不自由のない生活をしてきたし、庶民の苦労は分からないが。


「偉くなんかありませんよ。ウチのような宿に泊まりに来てくれるお客さんは、あまりいませんから仕事も楽なんです」


 マティーは屈託なく笑った。


「とにかく、俺たちも疲れているから、部屋に案内してくれ。できれば一人一部屋にしてくれると助かる」


 ラルフの言葉は少し厚かましく感じられた。


「はい」


 マティーは溌剌とした返事をすると、僕たちを部屋まで案内してくれた。一応、五人分の部屋が確保できたことには僕もほっとしているが。

 とにかく、今夜は旅の疲れをゆっくりと取ろう。


                   ☆


 僕はディエゴと一緒に行った大衆浴場で体の汚れを洗い流し、マティーが振る舞ってくれた料理を食べた。

 すると、夜になった。

 僕は宿屋の一階にある食堂で新聞を読んでいた。新聞にはギルドの戦士が大迷宮で活躍したことが書かれていた。

 この王都の大迷宮には世界中の冒険者が挑戦に来るらしい。でも、最深部にまで辿り着けた人間は数えるほどしかいないという。

 更に、ゲートを通って魔界にまで足を踏み入れた人間はこの数百年の間では皆無だと言われているようだ。

 そんな迷宮に潜らなければならないことを考えると、僕も憂鬱になる。

 ちなみにディエゴは地酒が飲みたいと行って酒場に行っている。セフィアとアルフィーヌは自分の部屋で寝ているようだ。

 ラルフとクリフはカジノに行ったらしいが。

 僕は少し夜風に当たろうかなと思い、宿屋の外に出る。それから、派手な明かりが灯った歓楽街を歩き始めた。

 すると、物陰からいきなり一人の男が現れる。


「こんにちは坊ちゃん、よろしければ私の話に付き合いませんか?」


 帽子を被った男はどこか飄々としていた。


「あなたは?」


 僕は得体の知れない男の登場に警戒心を漲らせる。


「私はモリス・エリオーニ。この王都では腕利きの情報屋と言われています。ま、私に隠し通せる情報はないと言うことですよ」


 モリスは帽子を取ると、こなれた仕草で一礼した。


「情報屋が何の用だ?」


 僕は厳しい声で問い質す。モリスには油断ならないものを感じていたのだ。なので、すぐに剣を抜けるような体勢を取る。


「単なる情報の売り込みですから、剣なんて抜かないでください。それに坊ちゃんは、紫色の肌をした女の子を探しているんじゃありませんか?」


 その言葉に僕は心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚えた。


「そうだけど」


「では、それが知りたければ、五千ディオール払って貰いましょうか。これでも安くしている方なんですよ」


 五千ディオールが高いか安かは情報屋などと取引をしたことがない僕には分からない。


「分かったよ」


 僕は革袋に入っていた金貨を五枚、渡した。


「ありがとうございます。その子なら、この歓楽街にあるエルシールという店にいたらしいですよ。もっとも、今もいるかは分かりませんがね」


 モリスはそう言うと、夜の闇に紛れていなくなった。何というか抜け目のない蛇のような男だったが、嘘を吐いているようには思えなかった。

 その後、僕は猥雑とした感じの店が建ち並ぶ通りを歩く。その途中で艶やかな女性から何度も声をかけられたが全て無視した。

 そして、何とかたくさんの看板からエルシールという店を見つける。僕は息が乱れるのを感じながら店の中に入った。


「いらっしゃいませー」


 現れたのは赤い髪の女の子だった。年齢は十八歳くらいだろうか。まあ、目のやり場に困るような服を着ているが子供には変わりない。


「う、うん」


 僕はドキドキする。


「可愛い男の子だね。今夜はどんな女の子と楽しみたいの?」


 女の子は小悪魔的に笑った。


「そう言う目的で来たんじゃないんだ。僕は紫色の肌をした女の子がここにいるって聞いたから来たんだけど」


 僕は控え目に訳を話した。


「ああ、あの子ね。この歓楽街の通りで倒れていたから、私が助けてあげたの。でも、紫色の肌なんて珍しかったわね」


 ラヴォナートは肌の色を隠していなかった。そこには何か理由があるだろうか。


「その子はどこにいるの?」


 僕は急くように尋ねた。


「もういないよ。食事をしたら、さっさと出て行っちゃったの。私も調子が悪そうだったから、店に泊まって良いって言ったのに」


 女の子は唇に人差し指を当てながら言った。


「そっか」


 死人が出なかっただけ良かったと思うべきか。この子も自分が爆薬のような存在と接していたとは夢にも思っていないだろう。


「でも、気になることを呟いていたんだよね」


「どんなこと?」


 僕は胡乱な目で尋ねる。


「この体はもう限界だって言ってたの」


 女の子は気味が悪そうに言葉を続ける。


「まあ、確かに道で倒れていたくらいだから、限界だと思えるくらい疲れ切っていたのかもしれないけど。ちょっと言い回しが気になって」


 限界という言葉に僕は這い上がるような悪寒を感じていた。


「そっか」


 僕は早くティアを見つけないと取り返しの付かないことになるに違いないと思った。


「その女の子は君にとって大事な人みたいね。なら、ほっといたら駄目だし、君みたいな子はこういう店には二度と来たら駄目だよ」


 そう言うと、女の子は寂しげな笑みを浮かべた。


                   ☆


 僕は宿屋へと戻って来ると、ラルフの部屋に向かう。ラヴォナートのことについて、少しクリフに聞きたかったからだ。

 なので、ノックもなしにラルフの部屋のドアを開けてしまった。すると、そこには金髪の上半身が裸の女の子がいた。

 胸は膨らんでいるし髪は肩の辺りを超える長さだったので、女の子には違いないのだが、その顔は間違いなくラルフだ。


「み、見たな」


 そう口にしたラルフは濡れたタオルで体を拭いていたようだった。


「君はもしかして、ラルフなの?」


 僕はドギマギしながら尋ねた。


「ああ」


 ラルフは赤い顔をしながら、視線を忙しなく動かした。


「もしかしてとは思っていたけど、やっぱり女の子だったんだ。どうりで肌とか綺麗すぎるわけだ」


 それを聞き、ラルフは透き通るような白い肌をした肩を抱いた。


「悪いか?」


 ラルフは羞恥心を滲ませながら尋ねてくる。


「別に悪くはないけど、どうして男の格好なんてしていたのさ?あんまり良い趣味とは言えないよ」


 一緒に大衆浴場に行かなかったことも今なら納得できる。


「分かってる。でも、理由は簡単だ。俺は自分で言うのも何だが、かなりの美少女だし、そのせいで昔から危ない目に遭ってきた」


 ラルフは自嘲するように言うと、言葉を続ける。


「だから、思い切って男の姿をすることにしたんだが、その内、どんどん有名になって女だってことを明かせなくなっちまったんだよ」


 ラルフは紐で、長くなっていた金髪を結い上げようとする。その仕草がまた色っぽかった。


「へー」


 男装の麗人というやつかな。


「言っておくが、このことは絶対に内緒だぞ。もし言ったら、地獄の果てまで追いかけて殺してやるからな」


 ラルフは呪いをかけるような目で言った。


「分かったよ。最後に聞きたいんだけど、君の本当の名前は何ていうの。ラルフって言うのは偽名なんでしょ」


 僕は何とはなしに尋ねていた。


「当たり前だろ。本当はラフィリスって言うんだよ。でも、その名前では呼んでくれるなよ」


 ラルフは小恥ずかしそうに言った。

 それを聞き、僕はラルフの胸から目を逸らすと、そのまま部屋を出る。それから、どっと疲れたので、そのまま自分の部屋に戻ると寝てしまった。



 第五章に続く。


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