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第一章

 第一章 聖女との出会い


 僕はディエゴが走らせている馬車に乗っていた。ディエゴは御者、顔負けの技術で馬を操っている。

 さすが、元、王立騎士団の副団長か。馬の扱いには慣れているようだな。

 僕は御者台に乗ると、周囲の風景を眺める。道の両側には緑の芝生がどこまでも広がっていた。

 中には田畑もあり、農民たちが汗水、垂らして畑を耕している。元気そうな声を上げる牛などもいた。

 その、のどかな風景を見て、僕は平和だなと思った。とても、大勢の村人が殺された後とは思えない。

 とにかく、ここら辺まではグレイアム家が治める土地なのだ。でも、石畳が見える道からは違う領主が治めている土地になる。

 僕も自分の領地から出たことはないので、ちょっと心配だ。


「良い天気ですね。アルダンティア王国は寒さが厳しい分、夏になると涼しくて、過ごしやすくなるんです。でも、この地域の夏はやっぱり暑いですね」


 ディエゴは眩しそうに空を見上げる。爛々と輝く太陽からは夏の日差しが降り注いでいた。


「そうだね。ここら辺はアルダンティア王国の中でも、南東の方だから。でも、更に東にある土地は四季に富んでいると聞いてるけど」


 若い頃は色んな地域を冒険した父さんから、そう聞いたことがある。


「はい。俺も東に行くのはエシュロニア王国との戦争、以来です。エシュロニアではあまりの蒸し暑さに参ったものですが」


 北西の大陸にあるアルダンティア王国と、南東の大陸にあるエシュロニア王国は過去に何度か戦争になったことがある。

 ただ、決着は付かずに今は和平条約も結ばれていた。


「そっか。僕もエシュロニア王国には行ってみたいな。エシュロニア王国の王都の地下には大迷宮もあると聞いてるし」


 エシュロニアの王都は砂漠に囲まれていると聞いている。冬でもアルダンティア王国のように雪は降らないらしいし。


「俺は迷宮より、地酒ですね。エシュロニアの酒は体に効くんですよ。飲むと喉がカーッと熱くなりますから」


 ディエゴは無類の酒好きなのだ。


「ふーん。それで、どれくらいでティアには追いつけるかな?」


 僕は抜けるような青空を見ながら尋ねた。


「ティアがいなくなって三日は経っていますからね。とりあえずノース橋は渡らなければならないでしょう」


 ディエゴの視線の先にはまだまだ道が続いている。


「その後は?」


「分かりません。ただ、今は道なりに向かうしかないと思います。後はその途中で聞き込みをするしかありませんね」


 ラヴォナートがどこに向かっているのか全く分からないのは痛いよな。


「そっか」


「坊ちゃん、はっきりと言っておきますが、できれば俺はあなたに戦って欲しくはありません。例え、俺と坊ちゃんが二人掛かり戦ったとしても、ラヴォナートに勝てるとは思えませんし」


 ディエゴは珍しく弱腰なことを口にした。とはいえ、ディエゴは慎重な男だし、敵の力を見誤ったりはしない。

 なのに、無茶を承知で僕に付いてきたのだ。もしかしたら、いざとなれば僕を戦いから遠ざけるつもりなのかもしれない。

 とにかく、ディエゴがなぜ騎士団を止めたのかは知らないが、僕の父さんにはよほどの恩義があるようだな。


「分かってる。でも、逃げるわけにはいかないんだ」


 僕は風を受けながら言葉を続ける。


「自分の心を納得させたいって言うのもあるけど、今、ラヴォナートから世界を救えるのは事情を知っている僕たちだけだ。だから、何もしないわけにはいかないよ」


 ここで逃げ出せば一生、後悔することになる。その後悔を引きずり続けながら生きることは僕には死ぬことよりも辛いことに思えた。


「そういう頭の固いところはグラッド様、譲りですね」


「かもね」


「まあ、だからこそ俺としても、坊ちゃんを一人にさせておくことはできなかったわけですが」


 ディエゴは僕にとって第二の父親と言っても良いからな。そんなディエゴがいてくれて本当に助かったと思っている。


「ディエゴには苦労をかけるよ」


 僕は労うように言った。


「いえいえ。とにかく、ラヴォナートは自らの本当の体を求めに行くはずです。もちろん、俺には奴の体のある場所なんて見当も付きませんが。それは奴とて同じなはず」


 ディエゴは馬の手綱を握る手に力を込めた。


「何とかして、ラヴォナートよりも先に体の在りかを突き止めることはできないのかな。そうすれば先回りもできるし」


 僕の言葉にディエゴは考え込むような顔をした。


「それは難しそうです。俺もグラッド様にラヴォナートの事は尋ねましたが、何も分からないと言われましたし」


 ディエゴは顔の表情を曇らせる。博識な父さんに分からないことが、僕たち分かるわけがないな。

 とにかく、現時点ではラヴォナートに関する情報があまりにも少なすぎる。それを知るためにもどこか、大きな図書館がある町に行った方が良いかもしれない。

 僕たちはノース橋を渡ると、更に馬車を走らせる。ここから先はティアがどこに向かったのか分からない。

 ただ、今はディエゴの言った通り、道なりに進むしかなかった。


「あれは?」


 僕の視界に黒ずんだ建物が映るようになる。


「あそこにはセントメール修道院があったはずです。建物が焼けていますし、何かあったのでしょうか?」


 ディエゴが馬車を勢いよく走らせると、燃え尽きた建物の前に、たくさんの修道女が屯しているのが見えてくる。

 僕は実に嫌な予感がした。


「どうしたんですか?」


 僕は馬車から、一際、目立つ金髪の女の子に声をかけた。

 彼女だけは地味な青の修道服ではなく、白を基調とした儀礼用の服を着ていた。それが彼女の印象を神聖なものにしている。


「あなた方は?」


 女の子は腰まで伸ばした長い金髪を風に靡かせる。良く見れば女の子は腰からレイピアのような剣も下げていた。

 もしかして、修道女ではないもっと地位が上な神官だろうか。


「旅の者だ」


 ディエゴは短く言った。


「見ての通り、修道院は何者かに燃やされてしまいました。何かにいた人たちも大勢、殺されたそうです」


 女の子は握り拳をブルブルと震わせた。

 修道院はかなり大きな建物だった。それがこんな風に燃え尽きるなんて、よほどの力が働いたに違いない。


「もしかして、ティアが…」


 僕は声を上擦らせる。この状況からすると、そうとしか考えられない。


「その様子だと何か知っているんですか?もし、そうならどんな小さなことでも構いませんから、私に教えてください」


 女の子は芯の強そうな目で尋ねてきた。


「いえ、この修道院に十四歳くらいの女の子が来ませんでしたか?紫色の肌に黒い羽が生えた女の子です」


 僕はビクビクしながら尋ねた。


「そんな子は知りません。私もたった今、近くの村で行われた婚礼から戻ってきたばかりですから」


 女の子は剣の柄に手を置くと、燃え尽きた修道院を一瞥した。すると、別の声が割って入る。


「私は知っています。その子が神官長を殺し、修道院を焼き払ったのです」


 女の子の後ろから現れたのは年配の修道女だった。


「どういうことですか、シスター・アンナ?」


 女の子が厳しい目つきをする。


「最初、修道院に栗色の髪をした可愛らしい女の子が訪ねてきたんです。それで、その女の子は食事をさせて欲しいと言ってきました」


 アンナと呼ばれた修道女は口の辺りに手を置いている。


「だから、私たちも快く食事を提供したんですが、後から現れた神官長はその子から邪悪な力を感じると言ったんです」


 アンナの唇がブルブルと震える。


「そしたら、いきなりその子の肌が紫色に変化して、黒い羽が生えたんです」


 アンナは両目を手で覆った。


「神官長は必死に戦ったのですが、その子に殺されてしまいました。それから、その子は修道女たちを次々と殺していくと、最後には修道院に火を放ったのです」


 アンナは泣きながら言った。


「そんな」


 女の子も肩をワナワナと振るわせる。


「間違いなく、ティアだな。こんな惨いことができるなんて、ラヴォナートはとんでもない奴だ」


 ディエゴが苦い顔をする。


「あなたたちはどうしてその子のことを知っていたんですか?この私を前にして、隠し事をするのはためになりませんよ」


 女の子は腰の剣に触ると、切り込むように尋ねてきた。


「実は…」


 僕は人事ではないと思い、ありのままの事実を告げた。


「そうでしたか。まさか、あの古代神ラヴォナートが復活したなんて」


 女の子は唇を噛み締めながら下を向いた。


「俺もあんたたちには申し訳ないと思っている。俺たちの村のせいで、何の関係もない修道院が襲われたのは事実だからな」


 ディエゴが心底、申し訳なさそうに頭を下げる。


「今更、そんなことを言っても仕方がありません。私も婚礼になど出席しないで、この修道院に残っていれば神官長を助けられたのかもしれないのに」


「そうか」


 ディエゴは沈痛な面持ちで言った。


「とにかく、ティアがどっちの方角に行ったのか知らないかな?僕たちはティアを追いかけなければならないんだ」


 そう言葉を差し挟んだのは僕だ。それに対し、女の子ではなくアンナが口を開く。


「それは分かりません。私たちも焼け落ちる修道院から逃げることで精一杯でしたし」


 と、アンナは答える。

 すると、女の子が追求するような質問をしてきた。


「でも、追いかけてどうするつもりですか?相手は何の罪もない人たちを殺し歩いている化け物なんですよ」


 女の子は憎しみのようなものを青い瞳に宿しながら言った。


「僕はできることなら、ティアを助けたい。でも、場合によってはティアを殺すことにもなるかもしれない」


 どちらに転ぶかはまだ分からない。


「その子はあなたにとって大事な人なんでしょう。しかも、まだ子供だというのに、それを殺せると言うのですか?」


 女の子の声に僕は自分の覚悟を試されているような感じがした。


「正直、それはその時になってみなきゃ分からない」


 僕は俯きながらも言葉を続ける。


「でも、ラヴォナートの完全な復活は絶対に食い止めなければならないんだ。もう、僕たちの村やこの修道院のような悲劇は起こすわけにはいかない」


 僕は迷いのない目でそう宣言する。それを聞き、女の子は穏やかに笑った。


「そうですね。ならば私もその旅に同行させてください。身寄りのない自分を育ててくれた神官長のカタキは取りたいですし」


 女の子は肩に掛かる金糸のような髪を払った。


「いけません、聖女様。神官長がいなくなった今こそ、あなたが率先して修道院を建て直さなければ」


 アンナが縋り付くように言った。


「確かに修道院を建て直すことは大事なことです。ですが、このままではラヴォナートは完全に復活してしまいます」


 女の子は血の通ったような声で言葉を続ける。


「そうなればこの世界も滅ぼされてしまうかもしれませんし、それを食い止めるのも聖女の役目ではないでしょうか」


 そう言って、女の子は投げかけるような視線をアンナに向ける。その言葉を受け、アンナも恐縮したような顔をした。


「君は何者なの?」


 僕が見る限り、女の子はただの者ではないように思えた。


「私はセフィア・セントメール。聖女セフィアと言えば分かって貰えるでしょうか」


 どっかで聞いたことがあるな。


「あんたがあの名高い聖女セフィアか。生まれながらにして、善神クリムナートの加護を受けていると聞いたが」


 ディエゴが驚嘆したように言った。


「はい。私も剣の扱いには自信がありますし、神聖魔法も使えます。ですから、あなたたちの足手まといにはなりませんよ」


 確かに女の子の立ち振る舞いには一分の隙もない。ディエゴとは別の意味で腕の立つ人物だと思った。


「なら、一緒に行こう。仲間は多い方が良いし、君のような人と力を合わせればラヴォナートも倒せるかもしれない」


 魔法の使い手なら大歓迎だ。


「ありがとうございます。あなたたちとこうして話すことができたのも、クリムナート様のお導きかもしれませんね」


 そう言って、セフィアは優雅に一礼した。


「聖女様」


 アンナが涙を拭いながら声を上げる。


「シスター・アンナ、後のことは頼みましたよ。私は必ずやラヴォナートを打ち倒し、この修道院に戻ってきます」


 そう決然と言うと、セフィアはズカズカと馬車に乗り込んだ。それから、ディエゴは再び馬を走らせる。


「さてと、これからどこに行こうか。はっきり言って、ここからはラヴォナートがどこに向かったのか全く分からないし」


 僕は荷台にいるセフィアに声をかけた。


「あなたたちはラヴォナートことについてどこまで知っているのですか?」


 セフィアは白磁の美貌を向けてくる。彼女の年齢は僕と同じくらいだろう。ただ、聖女としての立場のせいか、僕よりも大人びた空気を纏っている。


「僕は古代の神ということくらいしか知らないよ。そういう君の方こそどうなの?」


 僕は胡乱な目で尋ねた。


「私も過去に私たちが崇めるクリムナート様が、勇者と共にラヴォナートと戦ったと言うことしか知りません」


 僕はクリムナートという名前さえ知らなかった。


「それじゃあ、手がかりにはならないね。とにかく、本のたくさんあるところに行きたいな」


「なら、アルダンティア王国の王都に行くしかないでしょう。ただし、王都は全く逆の方向になりますが」


 王都には大図書館があると聞いている。


「さすがに、アルダンティア王国の王都には行けないかな」


 王都は逆方向の上に、相当、遠い場所にある。


「なら、道なりに東に進むしかありませんね。もし、修道院が焼けていなければ、大きな書庫がありましたし、ラヴォナートの事も調べることができたんですが」


「そっか」


「そういえば、ここから見えるラハーシャ山脈に伝説の魔導師フォルカス・アルタイラル様が隠遁していると聞きました」


 セフィアは愁眉を開くように言った。


「どんな人なの?」


「私も会ったことはないので、良く知りません。ですが、アルタイラル様は千里眼も持っていると聞きましたし、彼に聞けばラヴォナートの事も分かるかもしれませんね」


 千里眼なんてものがどこまで信用できるか分からないけど、ここは賭けてみるしかないだろう。


「なら、行ってみよう」


 僕がそう言うと、話を聞いていたディエゴは馬車をラハーシャ山脈へと向かわせた。



 第二章に続く。




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