沼3
「…………最悪」
翌朝、私は自室のベットの上で目を開くと、寝起き一番に口にした。
何が最悪かって?
それは、毎日の楽しみである釣りロケーションの沼が奪われた事だよ。
出来れば夢オチ期待したけど、今起きてみて思いだしてみても、あれは絶対夢じゃない。
町の中は、勇者万歳なムードでも、私的には勇者こんちくしょうムードだ。
台所まで歩いていき、コップに水を汲み、そのまま乾いた喉に流しこみ、一息ついた。
ーわかっている。
ー本当は、八つ当たりだって。
あの勇者パーティは、たまたま旅の途中で立ち寄った町で歓迎されて、町長から町人が困ってるって聞いたら親切心のつもりで沼を破壊してくれたのかもしれない、って。元から気味悪がられていた沼だもの。
だから、これは完全なる八つ当たりだ。
『こんな沼で釣りなんて知るか!』
『文句があるなら町長に言え!』
本来なら勇者は私にこんな台詞投げてきてもおかしくはなかっただろうに、私からの非難を大人しく受け止めていた。
それどころか、私に心から謝罪をしてきた。それだけで、やっぱりルーファス勇者は、噂どおりの紳士だと思う。
だけど心の狭い私は、出来れば、もう会いたくないと思うのが本音だった。
そして、そのまま私は家を飛び出した。
目的地は、いつものあの場所。
だけど、いつもと違い釣りざおは持っていないけど。
★☆
「…やっぱりダメか…」
私は落胆を隠せずに、落ち込む。
ここは森の奥の沼…のあった場所。ただいま穴地。
もしかした、一晩寝たら沼復活?
なんて甘い期待をして、確認しに来てみたが、世の中そんなに甘くない。
穴はぽっかり、沼なんてどこにも存在しない。
私の心にもぽっかりと穴が開いたような喪失感を味わっていると、不意に背後から忍び寄る人の気配を感じた。
振り返ると、昨日見たルーファス勇者だった。
なっ何で?
焦る私に、勇者は近付き、安堵した表情を見せる。
「良かった、また会えましたね」
「は…?はぁ…?」
一歩一歩と近づく勇者に、私はなぜか尻ごみをして下がってしまう。
「あの後、あなたは走り去ってしまったので…」
はははは。
そう言えば、昨日は一方的に暴言を浴びせた後、走り去ったんだった。
しかも言った台詞が『お前の母ちゃんデベソ』…なんて幼稚な捨て台詞。
「すぐに追いかければ良かったのですが…あまりの衝撃で…」
そこで勇者は私の側まで来て、そっと片足を折り跪くと、下から私を見上げる。
その新緑の瞳は輝いている。
この暗い森とは正反対に、生きる喜びの色を示している気がする。
「昨日言いましたよね?『今後の私の生活を保障しろーー!』と。あれから私は真剣に考えました」
忘れて下さい!あれは完全なる八つ当たり。
あなたみたいな、SSランクの勇者様が真剣に考える事じゃないから!
さっさと忘れて、とっとと、次の町なり行って下さい!
「私は責任を持って、あなたの今後を保障します。何不自由ない生活を約束します。だから…」
うろたえる私の右手を取り、その手に力をぐっと込めると同時に、
「これからも、無能な私の事を叱って…いえ、責めたてて下さい!」
は?!
…何これーーー!
そんなきらきらに瞳を輝かせながら、熱を込めた口調で言われても怖い!意味わかんない---!
「…キモッ!」
私は、ドン引きした結果、つい本音が口から飛び出す。
咄嗟の事で、オブラートに包んでいる暇はなかった。
あっ、と思ったけど、時すでに遅し。
…だから、褒めてないから!
どう見ても褒め言葉じゃないから!
頬を赤く染めて、嬉しそうに視線をそらしながらも、口元に笑みを浮かべて、そわそわし始めるのやめてくれる?
「それに…どうしてわかったのですか?」
「なっ、何を?」
「私の母であるグラン王妃がデベソだとー」
「………」
いや、それ、はるか昔から言われてる子供のケンカの決まり文句だから。そんな事実ちっとも知らないから。
なぜか、尊敬の眼差しで見上げてくる勇者を、もうどうしていいのかわからない。
「…ちなみに、私もデベソです」
「そんなんどうでもいいわ!」
「…初対面で私の全てを見抜いたあなたに運命を感じました…」
動揺している私と正反対に、落ち着いた様子で熱っぽい視線をよこす勇者に、熱でもあるんじゃないか?と心配してしまう。
そして、その熱が頭にまわって頭に花が咲いたのだろうか。
そんな風に考えていたら、勇者は私の下から掴んだ右手に、そっと唇を落とすと、
「私の姫…」
そっと呟いた。
ギャー!姫って誰やねん!私は、そのきらきら輝く勇者の顔を思わず足で踏みつけた。
あ
やばい。
とっさの衝動で見目麗しいそのお顔を踏みつけてしまった訳だが、この勇者はこう見えても、ドでかい沼を一瞬で壊滅させる程の力の持ち主。私なんて、勇者が本気になれば、一瞬でチリカス、モエカス、コゲカスにかえる事が出来るだろう。
一種の身の危険を感じて、踏みつけた足をそ~っと離す。
額に私の足形が残っている勇者の瞳は潤んで、口元は笑みを浮かべてなぜか幸せそうだ。
この勇者は、SSランクではなく、実はドのつくMランクではないだろうか。
嫌だ!そんなランクある訳ない!
けど、実際目の前にいる。コレ、どうしよう?